幻獣を従える者

暇野無学

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039 騒動の始まり

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 〈どけどけ!〉
 〈きさまぁー、何をやっている!〉
 〈大人しくしろ!〉

 「大人しくしていますよ。殴りかかって来たのは此奴等で、俺は自分の身を守っただけです」

 「警備隊詰め所まで来い!」

 「来いと言われたら行きますが、何故其奴等は捕まえようとしないんですか?」

 「余計な事を言うな! お前の使役獣が暴れているのを見たぞ!」
 「王都で使役獣を暴れさせるなど有ってはならない事だ」

 「其奴等が俺の使役獣を蹴ったからですよ。反撃は許されていますよ。言っておきますが、其奴等を逃がしたら首が飛ぶだけじゃすまないですよ」

 「巫山戯た事を抜かすな! 警備隊詰め所まで来い!」

 取り囲み警棒で突いてきたので打ち払う。

 「此奴、抵抗する気だぞ」

 《グレイ、此奴等の尻に一発入れてやれ!》

 《えー、忙しいのにぃー》

 ちょっ、怪我をさせるのは不味いと思って手加減しているのに、必死で飛びかかって来る警備兵を薙ぎ払いグレイを見ると、グレイも逃げ回っている。
 チンピラ以外には噛みついていないが、結界を張れよ。

 《グレイ、結界を張って身を守れ》

 〈何だこれは?〉

 警備兵が驚いて声をあげた為に攻撃が緩んだので身分証を取り出す。
 周囲に居る警備兵の足を薙ぎ払い、偉そうに俺に喚いていた奴の顔に身分証を叩き付ける。

 「目が付いているのなら、これを見ろ!」

 〈バッチーン〉 〈バッチーン〉と俺の周辺で音がする度に悲鳴が上がっていて攻撃が止んだ。
 俺に身分証を叩き付けられた男が、鼻血を流しながら身分証を見て目を見開いている。

 「何か判るよな」

 「嘘だ! お前の様な小僧が持てる物じゃない!」

 「良く見ろよ」

 身分証を裏返して俺の線描が浮かぶ方を見せてやる。
 此処で失敗に気付いた、王国の紋章が付いた方だった。
 忙しかったし公爵様と王国の身分証はギルドのとは別に持っていたのだが、公爵様の物を見せたつもりが王国の身分証だった。
 そりゃー信用しないよな。

 「そこのお前! 動くな!」

 怒声に振り向けば、もっと偉そうな奴と続々と現れる警備隊の皆様。
 不味ったねぇ、グレイのシェルターの中に入れてもらい一休みする。
 その間にシェルターの周囲は警備隊によって囲まれてしまった。
 身分証を見せた男が上官らしき男に何やら必死で訴えているが、鼻血を滴しながらなので様にならない。

 「お前は偽造身分証を持っているそうだな。偽造身分証の所持は大罪だぞ!」

 どいつもこいつも、怒鳴らないと話が出来ないのかよ。
 シェルターを挟んで王国の身分証と冒険者ギルドの身分証を並べて見せてやる。

 「よく見比べろ」

 俺に言われて二つの身分証を見比べているので、ゆっくりとひっくり返して線描の顔と名前が見える様にする。
 目を近づけて見比べていたが眉が跳ね上がった。

 「名前はランディスに間違いないのだな?」

 「そうだが、本物だと理解出来たかな」

 「其奴はタイガーキャットか?」

 身分証と俺とを見比べていたが、俺の瞳に気付いた様で息をのみ硬直していたが、いきなり直立不動の姿勢で敬礼した。

 「ランディス殿、申し訳ありませんが何故この様な騒ぎに?」

 「チンピラが難癖を付けてきて、いきなり殴りかかって来たのさ。反撃して取り押さえようとしたら巡回の警備兵が来たのだが、十人以上の其奴等じゃなく俺を取り押さえようとするので拒否したのだが、攻撃してきたので反撃しただけさ。ところで、その辺にチンピラが転がっているはずだが逃がしてないよな」

 「調べさせます」

 多数の警備兵でごった返すなか「最初に此処に来た奴は誰だ!」と怒鳴っている。
 暫くあれだこれだと揉めていたが、最初に来た警備兵の責任者が呼ばれて来たが歩き方がおかしい。
 そうだった。此奴の尻はグレイのお仕置きを受けているはずだった。
 俺の顔を見て青い顔になり震えている。
 シェルターを解除してもらい「俺を襲ってきた奴等が倒れていた筈だが」と尋ねるとあからさまに挙動不審になる。

 「ランディス殿に返事をしろ!」

 青くなったり赤くなったり忙しそうだが、逃がしたのなら許す気はないよ。

 「えーと、あんたの名は」

 「はっ、王都南地区警備隊中隊長のウオルフで有ります」

 「ウオルフさん。問題が起きた以上ヒューヘン宰相に報告をする事になる。、俺は冒険者ギルドで肉を受け取り市場に来たのだが、程なくしてチンピラの集団が現れて肉を寄越せと喚きだしたのが始まりだ。拒否すると殴りかかって来たので叩き伏せると、警備兵の一団が現れたが彼等には何も言わずに俺を警備隊詰め所まで来いと言って拘束しようとした。ちょっと手際が良すぎると思いませんか」

 「はぁ・・・」

 「問題のお肉ってのはグリーンスネイクの肉でして、知り合いに聞いたところ高値で売買される代物だそうです。それを冒険者ギルドで受け取って市場まで来ると、直ぐに肉を寄越せとチンピラが現れた。争いになると警備隊が来たがチンピラは放置して俺を捕まえようとする。騒ぎが収まればチンピラ達の姿がない」

 言葉を切り、首を捻ってウオルフ中隊長の顔を覗き込む。
 言っている意味を理解した様で、憤怒の表情で冷や汗タラタラの男を睨んでいる。

 「後はお任せしますよ」

 「承知致しました!」

 買い物どころじゃなくなったのでこそこそと市場から逃げ出し、アッシュの待つドームに戻る。
 一応ヒューヘン宰相に騒ぎの経緯を記した書面を認め、南門の警備兵に託した。

 しかし、皮が高値で肉が美味しいってだけでチンピラを寄越すかねぇ、それに情報が早すぎるだろう。

 * * * * * * *

 警備隊からもたらされた書状はヒューヘン宰相宛てとなっているので、遅滞なく補佐官のところへ届けられた。
 補佐官は差出人の名を見て一瞬首を捻ったが、王国の身分証を預けた少年だと思い出して即座にヒューヘン宰相に知らせた。

 宰相は何事かと書状を読み進めたが、王都の市場での騒ぎの経緯と騒ぎを起こした事を詫びるもので、警備隊に任せておけば良かろうと後は補佐官に任せた。
 補佐官はその内警備隊から詳細な報告があるだろうと、詳しい報告を待つ事にした。

 一方王都警備隊中隊長ウオルフは大隊長に事の経緯を報告して指示を仰いだが「ランディスとは、タイガーキャットを連れ歩いているあれか」と言って苦い顔になり「まぁ冒険者と領民では、領民を守る事を優先したのだろう。以後気をつける様に注意しておけ」と言って手を振った。

 ウオルフ中隊長は、王国の身分証を持つランディスの言葉を思い出したが、上役には報告したし俺にはこれ以上の権限は無いと大隊長室を後にした。
 だが報告書だけは出しておく必要が有ると、自分のディスクにどかりと座ると仕事に取りかかった。

 * * * * * * *

 昼前にサイモン達が来たので、一塊を渡す序でに市場での一件を話して注意を促しておく。

 その翌日南門外のドームに新たな客が現れたが、土魔法で作られたドームの中にアッシュがいるとは思ってなかったのか、のそりと踏み込んで来て固まっている。
 人の気配が近寄ってくるので知り合いと思い油断していたが、見た事もない奴だが身形は良い。

 「何か御用ですか」

 「それっ、噛みついたりしないだろうな」

 「失礼な人ですねぇ。野営用のドームですが何にも言わずに踏み込んで来てそれですか」

 「ランディスだな。トマーソン子爵様の使いだが、その方が持つグリーンスネイクの肉を買い上げたいと仰せなので、子爵様のお屋敷まで付いて参れ」

 なんと、此処にも食い意地の張った奴がいたのか。
 と言うか、グリーンスネイクの肉ってそんなに有名なのか?

 「・・・聞いているのか!」

 「聞こえていますので怒鳴らないで下さい。買い上げたいと仰いますがお値段次第ですね」

 「お前は、子爵様に注文を付けるつもりか!」

 「注文も何も、私は冒険者ですよ、獲物の肉が欲しいのなら相応の値を示してくれなければ売れませんよ」

 「子爵様の呼び出しを断るのか!」

 「はいお断りします、理由は貴方です。怒鳴らないで下さいって言っているのに、偉そうに怒鳴るのでね。見ての通り耳の良いのが二人いますが、貴方の怒鳴り声にご機嫌が悪くなっています」

 俺の言葉と共にアッシュがのそりと立ち上がり、男に向かって一歩踏み出す。

 「なな、何だ、獣の癖に」

 〈パシン〉と軽い音がすると〈ギャアー〉と悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出した。

 《あらあら、人族にしては足が速いのね》

 男が逃げた先には馬車が止まっていて護衛も二名付いていたが、逃げてきた男に急かされている。
 男が馬車に乗ったのを確認すると〈バリバリバリドーン〉と、馬車の至近距離に雷が落ちた。
 それに驚いたのか、馬車が蹴り飛ばされた様に走り出したが南門は目の前だ。

 驚いたのは南門を守っていた警備兵達だ。
 タイガーキャットを連れた少年は公爵家の身分証を持っているが、王国の身分証も持っているので決して粗略な扱いはするなと、上司から厳命されている。

 彼等が野営するドームに子爵家の用人らしき男が訪れたので注目していたが、その男が必死で走って戻ると馬車に飛び乗った。
 その瞬間〈バリバリバリドーン〉と落雷音が響き渡り、驚いた馬が暴走を始めた。

 そして馬車の向かう先は自分達の持ち場である南門だ。
 みるみる迫ってくる馬車から逃げようとしたが、貴族専用通路も一般通路も塞がっている。

 「暴走だー、逃げろ!」
 「糞ッ」
 「何処の馬鹿だ!」

 落雷音に恐慌を起こした馬も前が塞がっているところに突っ込みはしなかったが、空いている反対通路方向に急旋回した。
 馬はまだ良い、急旋回に馬車がついてこられずに片輪を浮かせると〈ウワー〉〈ドーン、ガリガリバッキーン〉悲鳴と轟音を立てて横転した。
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