幻獣を従える者

暇野無学

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095 覚悟の問題

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 屋敷に戻ると、執事のハリスンが飛んで来た。

 「旦那様、王家より晩餐会の招待状が届いております。同封の書面には今年最後の晩餐会なので、必ず出席なさるようにとの事です」

 あちゃー、年末が近い事をすっかり忘れていた。
 これをブッチする訳にはいかないので晩餐会開催日を尋ねると12月の10日とのこと。

 「七日後ですので、急いで王都へ行かないと間に合いません」

 おいおい、もっと早く連絡して来いよ。

 「どれ位留守にしていた?」

 「一月近くになります」

 「明日の朝冒険者が尋ねてくるので、来たら直ぐに教えてくれ。用件を伝えたら出発する。それとその六人は暫く屋敷に泊まらせるので手配をしておいてくれ」

 * * * * * * *

 陽がすっかり昇った頃に、恐る恐るやって来たエドガ達は、通用門で用件を伝えると即座に中に引き摺り込まれた。
 連れて行かれた先は屋敷の裏で、ランディスと身形の良い男が待っていた。

 「エドガ、執事のハリスンだ。通ってきてもらおうと思っていたが、幻獣を手に入れたばかりなので屋敷に泊まってもらう。彼があんた達の面倒を見てくれる」

 「えっと、俺達は何をするんですか?」

 「昨日の続きだよ。シェルターとドームを作れる様になるまでは草原に出る事は禁止。シェルターが手早く作れる様になれば、ドームも作れる様になる。ドームの中で野営は出来ないだろうが、マジックポーチの中に入れている野営用の小屋を、安全に組み立てる事が出来る。それが出来る様になったら、ハリスンが此処を出て行く許可を出すので稼ぎに出れば良い。それと此を渡しておくので、どう使うのかは皆で相談しろ」

 治療代として巻き上げた金の残りをエドガに渡しておく。
 ハリスンがやきもきしているので、待機している馬車に乗り王都に向けて出発した。

 俺の乗る馬車の後ろにウルファとファングが従いその後ろを執事補佐で世話係のジェイコとメイド達が乗る馬車で、前後を護衛の騎士が守る。
 馬車の前後を守る騎士達は20名ずつだったのを6名ずつに減らした。
 ハリスンが「侯爵様としての対面がー」何て嘆いていたが、成り上がりの侯爵だし、護衛は本来必要無い。
 世話係のジェイコやメイド達の為に付けているだけた。

 アッシュは《直ぐに戻って来るのなら行かない》と言ってお留守番。
 グレイとブラックにフラッグは俺の馬車に同乗して寛いでいる。

 * * * * * * *

 王都迄三日半の馬車旅だが、ホテル泊まりになるのでうんざりする。
 手配するジェイコは大変だろうが、貴族の泊まるホテルはそれだけで格式が高く、到着するとホテルの支配人以下使用人達がズラリと並びご挨拶。
 余りの面倒くささに、次回からは自分達だけで移動し野営をする事に決めた。

 王都にはヒューヘン宰相が俺の屋敷を用意してくれているはずだし、王都での事はそちらに任せておけば良い。
 どうせ王城への行き帰りだけ、格好付けの護衛を付ければ良いのだ。

 王都に到着すると、ヒューヘン宰相差し回しの者が王都屋敷まで案内してくれたが、此処もデカい。
 出迎えてくれた執事のオルヴァが「ヒューヘン宰相様より、旦那様が到着次第王城へ来て欲しいと連絡を受けております」と急かされた。
 不自由なままでいて、厄介事がやって来たら吹き飛ばしていた方が楽だったかもしれないと考えてしまう。

 俺が王都に到着した事は案内してくれた者が報告している筈で、無視する訳にもいかない。
 仕方なく、ウルファとファングを残して王城に向かった。

 * * * * * * *

 与えられた控えの間に腰を下ろす暇もなく、迎えの者にヒューヘン宰相の執務室に案内された。

 「来て貰ったのは他でもない、君の親族とサランデス伯爵家に、クラウディオ王国派遣大使の使いの者が接触している。それとは別に女神教の教団も何か企んでいる様なので、十分注意してもらいたいのだ」

 「サランデス伯爵って、オリブィエ繋がりですか」

 「そうだ、君の母方繋がりだよ。以前君を訪ねていった者がいる様だが」

 あれね。未だ諦めていなかったのか。

 「クラウディオ王国は、未だ諦めていなかったのですか」

 「オレガリオ王国の方はイザーク砦の一件が伝わった様で動きが止まっているがね。それとメルセンデス王国も情報収集のために活発に動いている。おそらく三国とも晩餐会を利用して接触してくると思うので、お手柔らかに頼むよ」

 「メルセンデス王国は友好国と伺っていますが」

 「確かに友好国ではあるが、明日をも知れないのが外交で、如何なる相手であろうとも情報収集を怠ってはならないのだ」

 * * * * * * *

 晩餐会当日、グレイとブラックをお供に王城へ出向き、与えられた控えの間でのんびりと過ごしていたが、部屋付きの従者がサランデス伯爵の先触れの来訪を告げてきた。

 随分腰の軽い男の様で訪問の口上は侯爵位授爵を祝うご挨拶にだと。
 一度顔を拝んでおくかと思い、来訪を歓迎すると返事をしておく。

 程なくしてサランデス伯爵の訪問を受けたが、以前兄と名乗った奴等とは全然似ていない男だった。
 着飾った・・・太ったホーンラビットが八の字髭を生やしているといったかんじだ。

 「ランディス・グレイン侯爵殿、突然の訪問を許していただき有り難う。コンラート・サランデスだ、伯爵位を賜っている。君が侯爵位を賜り嬉しく思うぞ」

 そう言って満面の笑み・・・髭を生やした兎が歯を剥き出して抱擁しようと足を踏み出した。

 「有り難う御座いますと言いたいが、御用の向きを伺いたい」

 俺の冷たい声に踏み出した足が止まり、驚きの表情を浮かべると心外だと言わんばかりに両手を広げてみせる。

 「孫が、我が親族の中で最高位の侯爵を賜ったのだ、祝いの言葉を贈る為に訪れるのに理由がいるのか?」

 「生みの親の父親らしいが、生みの親に会った覚えもないしお前から祝いの言葉を受ける謂れもない」

 「では何故訪問を受け入れた!」

 「それは、お前の方が良く判っているんじゃないのか」

 太った兎の鼻がピクピクと動き、目が忙しなく周囲を見回している。

 「どう言う意味だ?」

 「クラウディオ王国派遣大使の使いの者と懇意なようですが、イザーク砦での一件を知らないのか」

 「知っているとも。我が国とは和解がなり、お前はその功績により侯爵位を賜ったのであろう。クラウディオ王国はホールデンス王国と和解はなったが、お前とも和解したいと願っている。私はその為の橋渡しを頼まれて、お前に会いに来たのだ」

 「一つ確認したいのだが、お前はホールデンス王国国王陛下の臣下であり伯爵だな!」

 「そ、そうだが・・・それが何か?」

 「高々伯爵風情が、王国の外交を国王陛下の許しも得ずに、勝手に裏で何をしている! その上伯爵が侯爵たる俺に、敵国との橋渡しだと、立場を弁えろ!」

 背後に控える従者に「ヒューヘン宰相に事の一部始終を伝えてこい」と言って放り出した。
 ヒューヘン宰相が用意してくれた侍従やメイド達だ、詳しく報告してくれるだろう。

 マルセンス侯爵、タイラント公爵に続きサランデス伯爵か、ホールデンス王国のお掃除係に任命された覚えはないのだが、王国の身分証を預かったのが運の尽きかな。

 宰相補佐官と共に現れた騎士達に連れられてサランデス伯爵が消えると、晩餐会への迎えが現れた。

 * * * * * * *

 下位貴族から大広間に集まると聞いていたので「ランディス・グレイン侯爵様」と告げる声に押されて大広間に足を踏み入れると、ざわついていた室内が静まりかえった。

 「あれが・・・」
 「見窄らしいお召し物です事」
 「野獣を連れているだけで侯爵か」
 「譜代の我々を差し置いて侯爵などとは」
 「流民風情が成り上がっても、貴族社会に踏み込んだことを後悔させてやるさ」

 よく聞こえているんだが、と言うか聞こえる様に言ってくれているのだろう。
 ご親切な事で。

 流民風情と言ってくれた男に向かい「貴族社会と偉そうに言うが、所詮親から引き継いだ爵位だろう。何の功績もなく先祖の功績を誇って偉そうにするなよ」と揶揄ってやる。

 真っ赤な顔になり、プルプルと震えているが何も言わない。

 「それを言うのなら、貴殿も幻獣を闘わせて後ろで見ていただけではないのか」

 「そうだが、何か文句があるのか? 少なくとも、俺は使役獣と共に戦場に立っていたぞ。闘いの場に赴く事もなく戦勝祝いの酒に酔いしれる馬鹿とは違う」

 「馬鹿とは何事だ! 我々を侮辱する気か!」

 「先程『貴族社会に踏み込んだことを後悔させてやる』と聞こえたものでね。どんな後悔をさせられるのか知りたくて揶揄っているのさ。侮辱されたと思うのなら、それを取り消させてみろよ。一対一でなら幻獣抜きで相手をしてやるぞ」

 馬鹿にしてきた奴等や、面白そうに眺めている奴等の顔をじっくりと見回すと、誰一人として睨み返してこない。

 「ランディス、その辺にしてやれ。そろそろ国王陛下がお見えになる、お主の場所は私の近くだ」

 ホールデンス公爵様に声をかけられて、高位貴族の場所へ案内された。

 よく通る声で「国王陛下です」との声に、王族用の扉から現れた国王陛下に向かい、一斉に頭を下げる貴族や御婦人達に倣って俺も頭を下げておく。
 国王陛下の挨拶の後暫しの歓談の時となり、軽い酒を楽しみながら談笑する人々を眺めていると、陛下から呼び出された。

 「代々続く家系の者はプライドだけは高いからな。余り虐めてやるなよ」

 「冒険者ですので、売られた喧嘩は見逃すことが出来ません。一度引いたら、舐められて下風に立つか死にます。国家も同じでは?」

 「その通りだが、貴族として生まれ敬われることに馴れてそれを疑問にも思わず、覚悟のない者が多いのも確かだ。そして其処を付け込まれる」

 「失礼します陛下。ランディス殿、クラウディオ王国の派遣大使が、貴殿に挨拶をしたいそうだ」

 ヒューヘン宰相が国王陛下に頭を下げた後、俺に向かってニヤリと笑うと陛下も僅かに口角を上げている。
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