幻獣を従える者

暇野無学

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109 痩せたゴブリン

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 彼等が去った場所に俺がグレイに連れられてジャンプし、即座にグレイの姿が消え、次いでアッシュを連れて俺の隣りに現れる。
 その間にブラックが俺の前に歩いてきて的に向かい、アイスランスを五連続で射ち出して標的を撃ち抜き、次いで落雷の五連発。

 ブラックの連続攻撃に驚きの声があがるが、会場全体が煩くて良く聞こえない。
 ブラックが下がると、アッシュが前に出て雷撃の五連発に放つと、グレイがアッシュの横に並ぶ。
 ストーンランスから始まり雷撃、ファイヤーボールと間断なく攻撃が続いた。
 攻撃が終わると、俺が陛下に向かって会釈し上空を指差す。

 《忘れてないよな。魔力は四つまでで思いっきり上に打ち上げるんだぞ》

 《あい、ランディ》

 返事と共に、ソフトボール大のファイヤーボールが上空に打ち上げられた。
 高く高く上がったファイヤーボールが〈ドオォォーン〉と轟音を発して爆発すると、爆風が地上に届く。

 今度こそ見物席は大騒ぎになったが、威力を抑えているので大して影響はない筈だ。
 陛下の姿を確認すると、ホールデンス公爵様が続けろと合図を送ってくる。
 大して爆風の影響が無い様なのでグレイに合図をすると、再びファイヤーボールが空の高みへと登っていき爆発する。
 五連続のファイヤーボールを射ち終わると、陛下に一礼する。
 同時にグレイがアッシュを元の升席に連れ戻し、再び現れるとブラックのバンダナから下がる紐を咥えて姿が消える。
 最後に俺が陛下の隣りの升席に戻ると、周囲から万雷の拍手と歓声に迎えられた。

 * * * * * * *

 「随分威力を抑えているな」

 「陛下、訓練場で見せた様な威力では死人が出ますので、十分注意してくれる様に頼みましたので」
 「それでも各国の大使達を驚かせるには十分な威力ですぞ」

 「マンフレート、其方の配下二人も、彼から幻獣を譲り受けていると申したな」

 「はい。先に出場した者は、私がグレイン侯爵・・・当時冒険者でしたので、彼に魔法を使うウルフの討伐依頼をしていました。彼女達が森にいたときに偶然彼と出会い、討伐したばかりのウルフを譲ってもらったそうです。後者はタイラント公爵家で騎士団長を務めていた男です。彼の事件の時に彼と出会い、彼の紹介で私の領地に移り住んだ者です。その後彼から冒険者の手ほどきを受けたそうですが、戻って来た時にはグレイフォックスを従えていました」

 「それも彼から譲り受けたのか?」

 「冒険者としての訓練中に偶然捕まえたそうで、彼もテイマースキルを持っていたので譲られたそうです」

 「やはり彼は、幻獣を従える者・・・か」

 「それに関しまして、彼は最近テイマースキルを有する者に野獣をテイムさせているそうです」

 「幻獣をか?」

 「いえ、普通の野獣ですが、幻獣を譲った冒険者達を使って訓練まで手伝っています」
 「私の所にもその報告が届いています。尤もテイマースキル持ちを探す様に、先程の二人に頼んでいます」

 「何をするつもりなのだ?」

 「どうも野獣が増えているとの噂を気にしていている様です。彼の領地周辺の安全に不安があるようです」
 「一人前の冒険者を育てるのには長い年月が必要ですが、使役獣を従えた冒険者は比較的短い間に戦力となります」

 「それを配下には組み込んでいないのか」

 「そのまま冒険者を続けさせております。彼にはそのような配下は必要無いでしょう」

 「以前野獣が増えすぎて、討伐に難儀したのは何時だった?」

 「30年以上前の事で小規模なものです。大規模なものは100年から120年に一度と言われておりますので、それ程心配することはないかと」

 「前回の大規模発生は何時だったのだ」

 「60年程前で、フルンベルト伯爵領プラシドの街周辺が被害を受けました」

 「陛下、魔法大会閉会のご挨拶を」

 話込む三人に、侍従がそっと声を掛けて話は終わった。

 国王陛下達王族の隣の升席とはいえ、響めきが収まらない場所では三者の言葉はアッシュの耳にも届かなかったが、ホールデンス公爵様から夜会の席へ幻獣三頭と共に出席を頼まれてしまった。

 魔法大会が終われば、俺は夜会には出ずに逃げると思っているのだろう「今年の魔法大会はお主の使役獣の披露目の意味もあるので逃げるなよ」と釘を刺されてしまった。
 確かに暮れの晩餐会には出席したが、多くの貴族や派遣大使には俺達の力を見せていない。
 魔法大会と夜会は、ホールデンス王国の武威を示す良い機会なのだろう。

 * * * * * * *

 侍従に案内されて夜会が行われる大広間に向かったが、晩餐会の時とは別な部屋に招き入れられて・・・国王陛下と王妃が待っていた。

 国王夫妻なので軽く頭を下げ「陛下、夜会と伺っておりますが」と尋ねる。

 壁際に控える近衛騎士達の気配が変わるが、アッシュとグレイが低く唸りながら睨むと顔を引き攣らせて冷や汗を流している。

 「そう皮肉を申すな。今年の魔法大会はお主と、お主の従える幻獣が主役だ。それ故に全ての幻獣とヒューヘンが伝えたのに断りおって」

 「三頭も居れば十分じゃないですか」

 「在野の者達もあの魔法を見て、侯爵位が飾りでないと知った事だろう」

 「そうでしょうか」

 「随分力を抜いていたが、最後のファイヤーボールを見て何も感じなければ、口で幾ら説明しても判らない間抜けという事だ。それはそうと、女神教教団の教皇の顔色が悪かったが・・・」

 この野郎。監視を貼り付けているのだから知らぬはずがないのに、惚けやがって。

 「ウィリエンス・オルト・ホールデンス国王陛下です」と国王の入場を伝える声が会場に響くと、会場の騒めきが消えた。
 王妃を伴い歩み出した国王の後ろを、五歩の間を開けて付いていく。

 侍従に教えられた様に、国王陛下の斜め後ろをアッシュを右に、グレイとブラックを左に従えて会場に踏み入ると、会場の視線が突き刺さる。
 好意的な視線が少ないねぇ。

 各国の派遣大使達の国王夫妻への挨拶が終わると、ニルバート教皇が国王陛下に夜会の招待に対する礼を言っているが、目がキョロキョロと落ち着かない。
 陛下より、俺とグレイやアッシュに気を取られているのが丸わかりだが、それを見て陛下の口角があがる。

 夜会への出席要請は此が本命か。

 王家、国家にとって女神教教団の教皇や大教主達は軽く扱える存在ではない。
 その女神教教団の教皇猊下が、俺を見て冷や汗を流し落ち着かない態度。
 ホールデンス王国は、女神教が手を出せない相手を配下に持っていると示している。
 同時にタイラント公爵やマルセンス侯爵と懇意であった者達も、陛下に付き従う俺を見て下手に動けば潰すと、国王の無言の圧力を受ける。

 俺にちょっかい掛けて滅んでいった奴等は、公表されていないが相当数になるのだろう。
 処分を免れた縁者も多いはずなので、視線がキツくなるのも当然か。
 まっ、攻撃されなければどうでもよい相手なので、静かにしていて欲しいものだ。

 高位貴族から順に国王夫妻にたいして挨拶が始まるが、長く退屈な夜になりそうな予感がする。

 《ランディ、飽きた》

 《俺もつまらないのだが、もう少し辛抱してくれ》

 《目付きの悪い奴が来るわよ》

 アッシュの視線の先には魔法大会の時に王族席に居た、干からびたゴブリンが取り巻きを連れてやって来る。

 「グレイン侯爵殿、ハランツ・ザインツァだ。伯爵位を賜っている。スペンス・オルテン・ホールデンス殿下であられる。ご挨拶・・・」

 アッシュに正面から睨み付けられて、言葉が途切れて震えだした伯爵。
 スペンス・オルテン・ホールデンス、ミドルネームが付きでファミリーネームがホールデンスって事は嫡流でほんまもんの王家の一員か。
 何の魂胆でのこのこやって来たのか知らないが、魔法大会の時の目付きは気に入らないね。

 震える男を押しのけて殿下と呼ばれた男の前に立つが、此奴もアッシュの眼光に震えている。

 「殿下・・・ランディス・グレインです。冒険者から成り上がった礼儀知らずですので、以後捨て置かれます様に」

 「なっ・・・」

 取り巻き達の顔色が変わるが、アッシュとグレイの鋭い眼光を受けて言葉が出ない様だ。
 その間にブラックが彼等の背後に回り、何時でも尻バッチンを射てる様に身構えている。
 流石に満座の中では不味いので、ブラックに命令するまで攻撃禁止を言っておく。

 「ランディス、震えているではないか。余り虐めてくれるなよ」

 「公爵様、いきなり王家の方を紹介され、緊張して言葉を間違えました」

 「スペンス殿下、少し酒が過ぎている様ですので、夜風に当たり頭を冷やされては如何ですか」

 取り巻きの一人に殿下を連れて行けと目で促し、振り返ったホールデンス公爵が苦笑している。

 「あれで王家の直系のようですが」

 「タイラント公爵、今は子爵だがね。公爵当時の彼に何かと便宜を図ってもらっていたので、君が彼を子爵に引きずり落としたと恨んでいるのだよ」

 「つまり、タイラントにしか担がれないほどの間抜けって事ですか」

 「王位継承権第三位の肩書きが無ければ、誰も近寄らない相手だよ」

 「それでも取り巻きが居るのなら、何か利用価値が在るのでは」

 「お飾りの閑職を与えられているので、その配下に使ってもらおうとの魂胆か、王位継承権の看板を利用する輩だろう。お主に取り入った方が出世が望めそうなのにな」

 「俺の所に来ても相手にしないし、下手な事をすれば野獣の餌にしちゃいますよ」

 公爵様が大笑いしている傍らで、ヘイラート様の顔が引き攣っている。

 「ランディス・グレイン侯爵様、遅くなりましたが侯爵位授爵お目出度う御座います」

 「ヘイラート様、群がってくる虫除けの爵位ですので、様は必要在りません」

 「私は公爵家嫡男と謂えども無位無冠の立場でですので、貴方を呼び捨てには出来ません。一つ二つお尋ねしたいのですが、宜しいでしょうか」

 「大っぴらに出来ない事ですか?」

 「一つは・・・何故崩れたのか。噂が乱れ飛んでおりますが、皆口が固くて」

 にっこり笑ってグレイの頭を撫でると、察した様で軽く頭を下げて話題を変えた。
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