幻獣を従える者

暇野無学

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146 晩餐会でのお願い

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 晩餐会が始まるまで歓談の場となる大広間に「ランディス・グレイン侯爵様」と侍従の声が響くと、大広間の騒めきが消えていく。

 侯爵位を示す刺繍や簡素な飾りの服を纏ったランディスが、グレイとブラックを従えて広間に踏み入ると、驚きの騒めきが広がっていく。

 「報告では、片手片足を失ったと聞いていたのだが・・・」
 「あの噂は本当だったんだ」
 「素晴らしい。手足を失ってから一年半ほどだぞ!」

 「でも元は冒険者でしょう。魔法を使う獣を従えているだけなのに侯爵なんて・・・」
 「おお、嫌だこと」
 「そうですわね。陛下も何をお考えになられて・・・」

 「まるで何事も無かったようじゃ無いか」
 「従えているタイガーキャットが、治癒魔法を使うらしいではないか」
 「聞いたか、彼から幻獣を譲られた冒険者の中には、治癒魔法や空間収納魔法を使い熟す幻獣もいるそうだ」
 「その者共を配下に加えれば・・・」
 「それが、あの小僧は其奴等に身分証を与えている様で、呼び出しにも応じ無い不敬な奴等で・・・」

 おいおい、彼等に手を出したら後悔させてやるからな。
 好意を持たれていないのは充分承知しているが、喧しいことだ。

 満面の笑みで、俺に向かって来るのはツアイス伯爵じゃないの

 「グレイン侯爵様、噂では聞いていましたが回復なされてお目出度う御座います」

 「ああ、ツアイス殿、あの時は世話になった。領地は落ち着いたかな」

 「はい、あれから二頭ばかりドラゴンが出ましたが、無事に討伐出来ました。それ以来野獣の数も減り続けています」

 ホールデンス公爵の来場を告げる声に振り向くと、会場を見回す公爵様と目が合うと、軽く頷いている。
 公爵様に挨拶しようと群がる人々を掻き分けて、俺の方に向かって来るではないか。
 逃げ出す訳にもいかず、素知らぬ顔でツアイス伯爵と話しているのに、気にした風もなく近寄ってくる。

 「グレイン侯爵、挨拶もなく領地を素通りするとは薄情だぞ。ゴールデンゴートとシャムに蛇の肉を有り難う。大怪我を負ったと聞いたが綺麗に治ったようだな」

 そう言いながらグレイとブラックを見て頷いている。

 「あれはヨハンとアルカン達の獲物ですので、礼は彼等に言って下さい」

 グラスを持って固まっているツアイス伯爵を、公爵様に紹介する。

 「おお、大怪我を負ったランディスが世話になったそうだな。評判の悪い男だが、敵対しなければ気の良い男なので仲良くやってくれ」

 そう言って周りを見回してから「駆け引きや貴族の嫌らしさを持って近づく者も多いので、用心せよ」とツアイスに言っている。

 このおっさんご機嫌で喋るものだから、公爵の後をついてきた貴族や御婦人達の好奇の視線が突き刺さる。

 「公爵殿、そう大きな声で言われては、伯爵も困るではないか」

 「これは陛下、気付きもせず失礼致しました」

 「ツアイス伯爵、此の度は大儀であった」

 おっさんの大声で陛下の来場が判らなかったが、気にした風もなく呑気に話しかけてくる陛下に、ツアイス伯爵が慌てて頭を下げ挨拶をしている。

 「所でグレイン侯爵よ、少しばかり蛇の肉を融通してくれないか」

 「こんな場でお肉の催促ですか」

 「おお、何故か儂の所には直接届かないのでな。メルセンデス王家三女の、婚礼祝いに贈る品に加えたいのだ」

 「後ほど執事から、ヒューヘン宰相に届けさせましょう」

 お前の送り込んでいる、執事という名の管理人に持って行かせると答えると、鷹揚に頷いて離れて行く。

 「国王陛下が肉の催促に来るなんて、変わった国ですね」

 周囲に居た貴族やご婦人方が硬直しているが、公爵様は爆笑しちゃったよ。

 * * * * * * *

 晩餐会の挨拶の冒頭、陛下がドラゴン討伐の最中に起きた事故により、俺に多大な被害を与えたことを詫びて、居並ぶ貴族や来賓の各国大使達を驚かせた。

 王国魔法部隊指揮官の反逆とも取れる攻撃で、俺が瀕死の怪我を負ったことを、誰もが噂で知っていた。
 大広間での陛下と俺の遣り取りを見ていた者達が喋った為に、陛下と俺との間で和解がなっていると知っているので、驚きは長く続かなかった。

 俺も陛下の言葉に、苦笑しながらも好意的な会釈をして済ませた。
 アッシュの姿は無いが、グレイとブラックが変わらず俺の護衛に付き王城内を闊歩している。
 王国と俺の変わらぬ関係を示すもので、誰もそれには言及しなかった。

 * * * * * * *

 晩餐会の終わりに近く、酒のグラスを片手に国王陛下がホールデンス公爵と何やら話している場にお邪魔する。

 「陛下、宜しいでしょうか」

 「おう、グレイン侯爵、其方の申した様になったので、監視を付けて僻地に送っておいたぞ」

 「それに関してですが、もう定期的に王城に顔を出す必要はないと思います。今後は王都に来たときに顔を出しますので、それでお許し願えませんか」

 「怪我は治っているのでは?」

 「私が領地に居れば、王国に所属していると示す必要はないと思います。それに大繁殖の際に、使役獣、幻獣がもっと多く居れば被害も少なくてすむと感じました」

 「ふむ、何をするつもりだ?」

 「ドラゴン討伐に関して、顔見知りの冒険者達に野獣や幻獣を譲り渡しました。それが噂になり、グレインには幻獣や使役獣を求めて多くの冒険者が集まってきています」

 「その者達に、幻獣を与えるつもりなのか」

 「陛下、大繁殖の時に百頭以上の野獣の群れを討伐しても、幻獣は数頭です。その数頭の中から攻撃魔法や結界魔法を授かっているのは一頭か二頭です。それを使役獣として思い通りに動かす訓練から始めなければなりません。思い通りに動かし野獣と闘わせるだけでも大変です。ましてや幻獣なら魔法の使いどころも教えなければなりません」

 「だが其方はそれが出来るし、幻獣も容易く支配しているではないか」

 「それは多くの幻獣が居るから出来るのです。幻獣を求めるのなら、テイマースキル以外に土魔法か結界魔法に、鑑定と治癒魔法は最低でも必要です。それに自分の身を守ってくれる優秀なパーティーや使役獣もです。私はテイマー達に、使役獣を手に入れる方法を広めるつもりです。その中で運の良い者だけが、幻獣を手に入れるでしょう」

 「判った、其方の好きにするが良い」

 「有り難う御座います」

 「時には美味い肉を頼むぞ」

 ちょ、そこでお肉を要求するのかよ。
 面倒事が一つ減り自由が増えるのだ、気が向いたらホールデンス公爵様に渡しておくか。

 * * * * * * *

 オルブァに蛇の肉六個を渡すと、代わりに王都屋敷の維持管理の収支報告書を手渡された。
 久し振りに自分の居間に籠もり、報告書と睨めっこをして過ごす事になった。

 何だかんだで、グレインに戻ってきたのは四月の末日だった。
 ハリスンに迎えられ居間で寛いでいると、紙の束を持ったジェイコがやって来た。

 紙の束は使役獣を求める冒険者達から、何が何でも幻獣が欲しい奴まで20数名。
 ×印の付いているパーティーやテイマーには、この街からご退場願うことになる予定だ。
 一通り紙の束に目を通したが、疑問に思う用紙が数枚あり、会ってみなければ判らないので冒険者ギルドに出掛ける事にした。

 * * * * * * *

 早朝の冒険者ギルド、シルバーとレッドが入り口横の待機所に懐かしい奴が座っていた。

 《グレータ、元気だったか》

 《・・・ランディ?》

 《そうだ、ケイシーと仲良くしているか?》

 《ケイシー、優しい好き》

 ちょいとグレータの頭を撫でてから中に入り、食堂を確認する。

 奥の席で立あがったケイシーと、むすっとした顔の男がやって来る。

 「お久し振りですランディス様」
 「挨拶が遅くなり申し訳ありません。ケイシーの父モルドです。グレータを世話していただき有り難う御座います」

 「ランディスだ。冒険者の姿なので丁寧な言葉は必要無いよ。使役獣の事で迷惑を掛けているようだな」

 「へい、時々訳の判らねぇ事を言ってくる奴がいます。デイルから侯爵様の言葉を聞き助かっています」

 そう言って、チラリと座っていたテーブルの近くに目を走らせた。
 ケイシー達が座っていたテーブルより少し奥のテーブルから立あがり、俺達の方へ歩いて来る奴等がいる。

 「あれもか?」

 「はい、お屋敷にも行ったそうですが、会えなかった様で何かと煩い奴等です」

 「判った。後は任せておけ」

 「モルド、噂の侯爵様なんだろう。紹介してくれよ」

 「俺も初めて会ったんだ。用があるのなら自分で名乗れ」

 「ケッ、相変わらず、愛想も糞もねぇ奴だな。俺達は幻獣が欲しくてニールセンから来た疾風の剣だ。あんたはニールセンでも噂だったが、生憎顔を合わせる事が出来なかった。大繁殖の時にあんたが幻獣を譲っていると聞いて、急いで行ったんだが会えなくてよ」

 「話が長いな。用件は何だ?」

 おっ、額に青筋が浮かんだぞ。
 疾風の剣か、エドガの知らせでは碌な奴等でないとなっていたが、確かにな。

 「言っただろう。あんたは多数の幻獣を従えているんだ、俺達にも幻獣を譲ってくれないか」

 チラチラとグレイとブラックに目を走らせながら、にやけ顔で言いやがる。
 後ろに居る奴等も、一癖半くらいには根性がねじ曲がっていそうな奴等ばかりだ。

 「お前がテイマーか?」

 「此奴がテイマーだが、役に立ちそうな野獣が見つからないので困っているんだ」

 「良いだろう。使役獣を与えるかどうかは後だ。飯を食ってたんだろう、俺も飯を食ってから、草原でお前達の能力を見せてもらおうか」

 「ありがてぇ。さっさと飯をかっくらって草原に行くぞ」

 仲間に顎をしゃくって元のテーブルに戻って行く馬鹿達。

 「良いんですか、ランディス様」

 「問題ない。それより今日一日、金貨一枚支払うので付き合ってくれないか」

 「はい。喜んでお付き合いします」

 モルドやケイシーの表情から、此の後の事に興味を持っているのが判る。
 エールを注文している間に、念話でシルバーとレッドを屋敷に走らせた。
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