ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学

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62 ヘリサン・ドワール

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 通信魔法陣を使って、通信筒が何度かやり取りされるのをヘルザク司令官や副官と軍師は呆然と見ていた。
 
 「セナルカ王国の王城に案内します。そこで三カ国軍合同司令部で交渉して下さい」
 
 そう言って三人を転移魔法陣に立たせると、セナルカ王国王城の転移魔法陣へ送った。

 * * * * * * * *

 「マザルカ王国軍司令官ヘルザク様と、副官及び軍師の方ですね」
 
 突然目の前の景色が変わり、人の姿も兵士から王城勤めの従者の姿に変わりビックリして固まっていた。
 声をかけられ無言で頷く三人を気にもせず、王城内を案内し一室の前に立ち来客を告げる。
 近衛騎士が扉を開き三人を招き入れる。
 質素な部屋に大きな丸テーブルが一つ、奥に三人が座り壁際に騎士達が控える。
 
 「座ってくれ、話を聞こう」
 
 ヘルザクは腹を決めた、勝ち目が無いどころか下手をすれば国が滅ぶ。
 自分の一存で譲歩出来る事は譲歩し、三カ国軍の進攻を遅らせ王都に通報して迎撃準備をしなければならないと。
 
 「クリードに派遣されている、我が軍は降伏します」
 
 「逸れだけか? 侵略の意図を持って軍を配置し、相手が強いと判れば参りましたで済ますのか」
 
 中央に座る男が辛辣な言葉を投げかける。
 
 「降伏とは、マザルカ王国が降伏と思って良いのか。逸れともクリードに派遣されている軍が、王国の意思も確かめず降伏するのか」
 
 「クリード派遣軍の司令官としてです」

 「条件を言おう。クリード派遣軍の武装解除と、クリードが属するアンザス領を我が国の支配下に置く。お前に転移魔法陣を乗せた馬車を一台預けるので、逸れを持って王都に戻り我々の交渉人が王城を訪れると報告しろ」
 
 全ての条件を受け入れて了承し、会談は終わった。
 
 「馬車と共に送る人達には、如何なる危害も加えるな。破れば交渉は決裂したものと見做すからな」
 
 隣に座る若い男からそう告げられた。
 そのまま転移魔法陣でヤールに送られ、グロイド子爵にクリード地方の明け渡しと軍の武装解除を伝えて自軍に戻った。
 
 「司令官、宜しいのですか? 国王陛下はお許しに為りませんよ」

 副官が青い顔で問いかけて来る。

 「お前は何を見てきたんだ。あの砦の転移魔法陣から続々と出て来る兵士達、あれは兵士だけでなく糧秣や武器も運んで来ているぞ。砦の建設途中で工兵も見当たらなかったが建設能力を隠しているんだ。数日で10メートル近い高さの柵を巡らし2万を越える軍勢を一晩で送り込む。逸れが我々の軍の後ろに現れたらどうなるのか想像も出来ないのか」
 
 「早馬を送り事の詳細と、考えうる危険性について警告すべきです。預かる転移魔法陣を見れば少しは考えるでしょう。軍師としてあの相手には為す術がありません」
 
 「だが100人からの兵士を一度に送る転移魔法陣等と信じて貰えるか」
 
 「我が国には、あの転移魔法陣も転移通信魔法陣も無いからなぁ。預かる馬車に転移魔法陣が乗っているので、王城で三カ国合同軍の使者に披露して貰うさ」

 * * * * * * * *

 「まったく面倒事な事で」
 
 「だがあの男は、転移魔法陣から現れる兵士達を見てあっさり降伏を申し出た。判断力は称賛に値するね」
 
 「一人の兵も殺さずに済んだからな。マザルカの国王も、逸れくらいの判断力が在れば良いのだが」
 
 「ユーヤ様が乗り込めば」
 
 「駄目だめ、此はセナルカの問題で俺には直接関係ない。自分の事は自分で何とかするように。今回は相手を脅して引き下がらせるが、クリードを含むアンザス領の土地と掛かった費用の三倍は取るぞ。俺達に手を出せば、ただじゃ済まないと教えておかなきゃな」
 
 「そのアンザスはどうするのだ?」
 
 「勿論セナルカに組み込んで、マザルカ王国に対する防壁になって貰うさ。頑張れドワール」
 
 「えっ、ヤマト公国かテレンザ王国の領地に」
 
 「いらんいらん」
 
 「あんなもの貰っても邪魔なだけだし、セナルカと繋がっているのだから楽でしょ」
 
 アルカートとユーヤに即座に断られて、途方にくれるドワールだった。
 それでなくてもセナルカを立て直すのに必死なのに、お荷物が増えてしまった。

 * * * * * * * *

 マザルカ王国では、ヘルザク派遣軍司令官より転移魔法陣から現れる大軍の前に、戦う前に降伏したと連絡が来て大騒ぎになった。
 報告書に書かれていた、一夜にして巨大な砦が出現し地方の守備隊と思っていたものが4~5千の兵がいて、翌日には2万を越える軍勢になっていた。
 敵の砦に招かれて見たものは、転移魔法陣から続々と送られて来る兵士の群れだったと。
 隠されていたが、兵糧武器等も転移魔法陣を使って移動している様であった。
 我が軍の後方に転移されたら、全滅になるのは必死なので降伏したと書かれていた。
 
 転移魔法陣を見たことが無いマザルカ国王は、この報告に激怒した。
 しかし、剛勇で名高いヘルザク司令官が、即座に降伏するほどのセナルカ軍の不気味さに戦慄もした。
 そのヘルザク司令官が、相手方から転移魔法陣を預かり王城に持って来ると聞き、魔法使い達は大喜びをだった。
 転移魔法陣を解析し、自分達も転移魔法陣を使って今回の敗戦の仇討ちが出来ると喜んだ。
 
 一月近く掛かって王都に帰って来たヘルザク司令官は、そのまま王城に召喚された。
 大広間の中央に立たされ敗戦の責めを受けたが、宰相がそれを止め転移魔法陣の刻まれた円盤を持ち込ませた。
 共に預けられた通信筒転移魔法装置を隣に置き、送信用魔法陣の上に通信筒を置き魔石に魔力を込めさせた。

 返事は数分で帰って来たが、見守る国王や宰相達がビックリして固まっている。

 通信筒から返書を抜き取り、一読して国王陛下に内容を報告する。

 「陛下、間もなく三カ国合同軍の使者が訪れるそうです」

 暫く待っても何の変化も無く周囲が少しずつざわめき出した頃、突如転移魔法陣が揺らめき七色の光が複雑に現れては消える幻想的な光景の中、一匹の黒猫が現れた。
 
 大広間に居た国王以下重鎮達や居並ぶ貴族達も、余りに予想外の出来事に声も無く黒猫を見ていた。
 黒猫は魔法陣からトコトコと進み出ると、国王の正面に来て声なき声で一声鳴いた。
 同時に先程の魔法陣と同じ現象が黒猫を中心に始まった。
 黒猫を中心に半径3mの円が現れ複雑な模様が浮かび上がり消えるが、又円が現れては消えその度に複雑な文様が浮かび上がり消えていく。
 赤橙黃緑青藍紫と七色の光が不思議な文様を描き、現れては消えるそれは見るものを圧倒していた。
 やがてそれも終わり黒猫を残して文様が消えると、黒猫は持ち込まれた転移魔法陣に乗り、魔法陣と共に消えた。
 
 束の間の静寂の後、大広間は喧騒に包まれた。
 
 「なんだ今のは」
 「くっくろ、黒猫?」
 「あの魔法陣はなんだあれが転移魔法陣か」
 「だがヘルザク司令官の持って来た魔法陣も、先ほどの魔法陣も消えてしまったではないか」
 「どうなっているんだ!」
 「あんな魔法陣など、再現出来るか!」

 口々に叫ぶ魔法使い達は、ルーシュがユーヤに命じられて目に見えように魔法陣を設置したとは、思っても見なかった。
 ユーヤは砲艦外交ならぬ、転移魔法陣と魔法の力量差を見せつけて心を挫くつもりだった。
 そして最後の仕上げを、ヘリサン・ドワールに任せた。
 
 消えた筈の魔法陣が再び大広間の床に現れ、幻想的な光の中一人の男が現れた。
 男は悠然と辺りを見回し玉座に気付くと、玉座に向かって一礼した。
 
 「マザルカ王国国王陛下とお見受けする。セナルカ王国全権代理のヘリサン・ドワールと申します。先のマザルカ王国が我がセナルカ王国に進攻を謀らんと企てた事に対して、戦うか謝罪と賠償をして手打ちとするか協議に来ました」
 
 「己、我が国王陛下の御前で、雑言を抜かすな!」
 
 「つまり謝罪も賠償もしない。戦うのみと理解して宜しいのですかな」
 
 「お待ち下さい使者殿、確かに兵をセナルカの国境付近に配置した。が、それは訓練の一環で在って、他国に侵入すらしていない。何故謝罪と賠償等と申されるのか、その根拠を申されよ」
 
 「セナルカとマザルカの国境ヤールの川沿いに、マザルカ軍約8千名が陣を敷いた。それを見たヤールを領地に持つホーエン領領主エンダー・グロイド子爵が陣に赴き、そこなオーエン・ヘルザク司令官と面談をした時に聞かされた言葉ですよ。大軍を持って陣を敷き、侵攻を示唆したのです。我々は戦う意思を示したが、彼は懸命にも戦えば全滅すると理解し降伏を申し出ました。だがそれだけでは済まないのですよ。ヘルザク司令官の言葉はセナルカ・テレンザ・ヤマトの連合軍に伝えられ、即座の援軍派遣となりました。賢明なヘルザク司令官が降伏を申しでた時点で、2万5千の兵がヤールに集結していました。莫大な動員費用と国の隅々までその影響が出ています」
 
 「それはそちらの早とちりの結果で在って、我が国には何等関係ない」
 
 「そうですか。ヘルザク司令官はこう申されました『お国が何かと安定せず騒動が絶えないので、静めて差し上げようと出向いて来たのだが』と申されました。我々の要求は拒否されたと理解します。残念ですがマザルカ王国の都を明日から攻撃させて頂きます。この転移魔法陣を御覧頂けたと思いますが何処にでも設置出来ます・・・あの黒猫を使えばね」
 
 「それは脅しか!」
 
 「いえいえ、厳然たる事実ですよ。猫の子一匹、何処にでも現れますよ。国王陛下の寝室だろうと宰相閣下の執務室だろうとね。被害は王城内に止める様に致しますのでご安心を。失礼します」
 
 ドワールが頭を下げて去ろうとした時、国王が立ち上がった。
 
 「待ってくれ、ドワール殿。条件を聞こう」
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