猫の魔術師〜その猫がいずれ最強になるまでの話〜

翡翠由

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新たな仕事

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 最初、レインが対戦することになった相手は名前が名簿の一番初めに乗っているアーシャという少女だった。

「よろしくお願いいたします!」

「あ、うん。よろしくね」

「はい!」

 一応全員分の自己紹介はちゃんと聞いた。名前は憶えているが、いまだ顔はおぼろでしか浮かんでこない。自己紹介の時、レインは「レインです」の一言で済ませてしまったのだが、普通の生徒は好きな事柄や好きな食べ物的なものを二つほど答えていた。

 茶色の髪はショートで少し癖が強い。もみあげの部分は長く、決行特徴的な髪型ではあるので覚えやすかった。目は力強く前を見ており、キラキラと輝いているような気がする。

 バーンズ伯爵家の次女、好きな事は鍛錬をすること(魔術と肉体鍛錬どちらも)、好きな食べ物は鳥の胸肉と自己紹介で話していた。

 明らかに武闘派な彼女は目に見えて筋骨隆々というわけではないが、がっしりとした肩幅と細いながらも引き締まった腕がそれを物語っている。

「君は、僕にもまともに返事を返してくれるんだね」

 Sクラスのメンツは比較的優しかったんだ、とレインは昨日思い知った。廊下を出て歩いていると、他のクラスの生徒と思われる人たちから後ろ指を指されていたのだ。

 それと比べると、Sクラスは向上心が強く、自分自身の力で追い越すという気概を感じられる。姑息なことはしなさそうな印象だ。ベリルは……よくわからないけども。

「同じ学び舎で学ぶ者同士、そこに生まれは関係ないと自分は存じます!」

「そうか、ありがとうね」

 お互いも挨拶を済ませたところで、レインは魔力を練ろうとし、やめた。魔術は使ってはいけないという話なのを忘れていた。

「では、いいですね?」

 二人の準備が整ったことを学校長は確認し開始の合図を発する。

「はじめ!」

 声が耳に到達した瞬間、最初に動き出したのはアーシャの方だった。魔術ではない、地面を蹴って一気にレインとの距離を詰める。

「自分は、手加減されるのは嫌いであります。なので、私も拳で戦いたい!」

「そう、じゃあ受けて立つよ」

 懐にまで入ったアーシャは素早くコンパクトな動きでレインの右脇腹を狙う。レインはそれを左手で止めた。

 次にやってくる足蹴。それを逆に利用し、足で挟み込んでバランスを崩させる。

「くっ」

 体勢を崩したアーシャは一度レインの手を払いのけて後方へと下がる。

「逃がさないよ」

 逆に距離を詰めたレインの拳がアーシャの顔面を捉えた。

「おお!」

 アーシャの咆哮のような声が響き、アーシャが首を上に向けて拳を交わす。その体勢のまま体を後ろに倒して、手を地面について支えながら足を大きく上へと振り上げる。レインの顔をアーシャの足が掠めた。

「ほう……」

 アーシャは身体が柔軟だ。ブリッジの姿勢から繰り出された攻撃は弱冠十二歳とは思えない。

「捕まえた」

「あっ!」

 掠めた足を瞬発力で捕まえ、そのまま上へと思いっきり放り投げた。

「うあああああ!?」

「ありゃ?」

 レインの力が加わりすぎてしまったのか、アーシャの身体は十メートル近い上空を舞うことになった。いくら鍛えているアーシャとはいえ、まだまだ子供だ。身体は軽くレインの予想以上に吹き飛ばしてしまった。

「のわあああああ!?」

「ほいっ」

 ストン、とレインの腕の中にアーシャが落ちてきた。

「大丈夫?」

「あ……はい、大丈夫です」

 お姫様抱っこの状態のまま、レインは当惑する。ずっとアーシャにぼーっと見つめられていたからだ。

「えっと……まだやる?」

「あ、もう実力の差は分かりました。私が降参します」

 その発言により、学校長の結界が一時的に解除された。結界の外から中へ入るには一度解除するしかないそうだ。

「終わりましたね?勝者は、レイン!」

 歓声は沸かない。ほんの一瞬の攻防、肉弾戦を見慣れていない生徒たちにとってはどちらが優勢に戦えていたのかすらわからなかっただろうな。

 ふとリシルの方を見やる。すると、すごい形相でハンカチを噛んでいた。

「羨ましい……」

「……………」

 なんだか怖そうなので、目が合う前に視線を逸らした。

 腕の中から降りたアーシャは恭しく頭を下げた。

「ありがとうございました!」

「こちらこそ」

「また今度、良ければ近接戦に付き合ってください!」

「あ、うん。都合があったらいいよ」

 絶対あの子魔術よりも肉弾の方が好きじゃん。

 魔術の才能がどうかは分からなかったけど、レインの見た感じ運動神経はそれなりに備わっていたようだ。

 これは……うちのメイドに見せて鍛えてあげたいな。

 そうして、レインの最初の一戦目は終わった。

 その後は何名かが指名されて、指名した人と一緒に試合を行なっていた。試合は学校長に安全に管理された結界の中で行われているためか、適度な緊張感を保ちながら模擬戦を行うことができているようだ。

 正味、レインは魔術が使えないというだけでテンションはダダ下がりなのだが、学校長が張った結界は面白かった。構築速度は通常の結界とは比較にならないほど高速でありながら、その演算に無駄は感じられない。

 魔術理論を用いて現在行える最大限強化結界が常に無詠唱かつ高速で発現させられるのは敵ならばかなりの脅威だろう。

 そして、また一つ試合が終わった。

 勝者が決定し、敗者は地面に這いつくばっていた。屈辱的な様子で歯を食いしばりながら、相手を睨み殺さんばかりの勢いを感じさせる。

「ん?」

 レインは一瞬、違和感を覚えた。

 なんだか、目が血走っている。明らかに何か様子がおかしかった。

「あれ……?」

 レインは魔術じゃない『何か』の気配を感じた。よくわからない、何かに飲まれているような……ただ、飲まれているような感覚は『仕事中』よりも薄かった。逆に言えば、仕事……『異常現象』を調査しているときに感じる魔力の独特な流れが感じられた方がおかしいというべきか。

 その瞬間、地面に這っていた生徒が相手に向かって手を伸ばし、魔術を行使したのだ。

「なっ!?」

 完全に油断していた勝者の生徒はあまりの衝撃に動揺を隠しきれない様子で、狼狽えていた。行使された魔術は雷属性の魔術であった。それは、詠唱が短くかつ高威力であることが特徴の攻撃全振りの属性である。

 ただの一年生に、突発的に放たれた雷属性の魔術を避ける術はなかった。

 だが、レインは違う。

 瞬時に、レインの『二つ目』の魔力体がその生徒の眼前に現れ、レインが隠れ潜んでいた『一つ目』の魔力体は崩壊する。こうすることで、人はあたかもレインがワープしたかのように錯覚する。擬似的な幻覚と、ワープ術の完成だ。

 ただし、難点として挙げられるのは魔力体を消した地点にレインが潜んでいる水が残り、その場に水溜りとして残ってしまうし、二つ目の魔力体は遠隔で操作する必要があった。

 そして、雷の魔術はレインの直撃しようとし……

「レイン君!?」

 リシルが驚きながら駆け寄ってきた。

「どうやって……って、それより怪我してない?」

 人が見れば雷魔術がレインに直撃したように見えたことだろう。だが、レインはそうじゃないことを自分が一番感じていた。

「いや、僕には当たってない」

 チラリと学校長の方を見る。目を細めながら結界を作り出した印を崩し、結界を消しているところであった。

 学校長はレインが瞬時に移動するそれよりも前に結界をすでに設置し、防いでいたのだ。要するにレインが飛び出す必要はなかった。レインは魔力体の身体で怪我をしないため、身体に直撃させることで防ごうとしていたが、さすがにそれだと学校長の体裁が悪かったのだろうか?

 とにかく一つ言えるのは、レインの判断と魔術構築の速度よりも、学校長の判断からの行動のほうが早かったことだ。

「後で職員室に来るように」

 そう、学校長に言われた生徒は、がっくしと項垂れていた。

「……………」

 あの生徒は明らかに様子がおかしかった。血走っていた目……もはや真っ赤だったその目はすでに落ち着きを取り戻したのか白目に戻っていた。だが、人は多少ムカついた程度でそこまで血走ることはないだろう。

 そして、レインの目から見て今のは明らかに『異常現象』の類であった。

「……仕事か」

「レイン君?何か言った?」

「え、何も言ってないよ」

「そっか、危ないからこっちへおいで」

 リシルに抱き寄せられながら、レインは早速特級魔術師に昇格してからの最初の仕事に取り掛かることを考え始めていた。
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