19 / 50
(18)俺が笑っているのか?
しおりを挟む僕が座ると、ギーズも座ってテーブルに置いた大きな袋からいろいろ取り出し始めた。
特に特色のない文房具だ。ペンとか、インクとか、メモ用の手帳や未使用のノートもある。でもどこかで見たことがあるような、思わず手に取りたくなるような好ましさがあると言うか……。
いや、これ、僕の机の中にあったものだ。
慌ててギーズに目を向けると、別の袋から小さな小箱を取り出して僕の前に置いた。
「今日、ノーラから俺の職場に届いた。とりあえず持ち出せた分だけだそうだ。明日以降も機会があれば少しずつ持ち出すと言っていた」
「そうか。それはありがたいな」
僕は小箱も開けた。
中にあるのは、小さな襟飾りだ。
ああ、懐かしいな。
これは僕が王宮に初めて上がった時に使ったものだ。屋敷に商人を呼んで、たくさん並んでいた中から父上が直接選んでくれた。
子供用だから宝石も小さいけど、売ればそれなりの金額になるはずだ。
「よかった。これで生活費の足しになる」
そうつぶやいたら、ギーズが愕然とした顔で立ち上がった。
どうしたのかと見上げると、ひどく青ざめていた。
「……セレン、この家は居心地が悪いか?」
「大丈夫? 顔色が……え? いや、とても快適だよ」
「では、やはりベッドが臭かったか?」
「別に何も変な臭いはなかったけど。でも、昨夜は心地よく眠れたから、君の匂いのおかげかもしれない。うん、そう言えば昔の夢を見た気がする」
そうだ。
僕が一番幸せだった頃の夢を見ていた。
伯爵家の敷地の隅にある離れ小屋で、リザとミアと、それにギーズと一緒にくっついて眠っていた。
いつも誰かの体温を感じていて、でも寒くて目が覚める時はミアに布団を取られていた。
小さな菜園の向こうには背の高い木が並んでいて、その隙間から大きな屋敷が見えていた。でもその美しい屋敷に縁があるとは思わなくて、ミアと一緒に雑草を抜いて、ギーズが運んできてくれたバケツから水をくんで野菜の周りにかけていた。
早く終わらせないと、リザ母さんにさぼって遊んでいたことがばれてしまう。そう思って急いで水をくもうとしているのに、手の力がミアより弱かった僕は、お椀に少しずつしかくめなくて。
泣きそうになっていたら、ギーズが僕がちょっとだけ水をかけた場所にたっぷりと水をかけてくれたんだった。
昨夜の夢の中では、どうだっただろうか。
寝起きが悪くなかったから、夢の中でも手伝ってくれたはずだ。
久しぶりに見たな。
きっとギーズの匂いがどこかに残っていたからだろう。
僕が懐かしく思っていると、ギーズが顔を逸らして座った。口元に手を当てていて、壁を睨む目は何故か落ち着かない様子だった。
何に動揺しているのだろう。
そう首を傾げ、僕は気付いてしまった。
ギーズは笑っている。落ち着かない様子なのに、なんだか優しい表情になっていた。
「ギーズ、笑っている?」
「……俺が笑っているのか?」
「笑っているよ」
「そうか。……いや、お前の表情が和らいでいるから。最近のお前は、笑っていても張り付いたような顔だったから」
……そうかな。
うん、そうかもしれない。
貴族として生きていこうとしていたから、気が抜けなかった。
でも。
なぜそんなことを知っているんだろう。ギーズとは長く会っていなかったはずなんだけど。
そう思っていたら、ギーズは急に慌てた。
「いや、すまない。時々、様子を見に行っていたんだ。お袋が気にかけていて……いや、俺も気になっていたからなんだが」
ああ、なるほど。リザに頼まれていたんだ。
「そういえば、いつも手紙で本を読んでばかりはダメだと書いていたな。もしかして、何か伝えていた?」
「…………まあ、多少は」
迫力のある顔を、気まずそうに逸らしている。
隠し事がばれた時、ギーズがこういう顔をしていたのをよく見ていた。
大きな体を縮めているのも、なんだか昔を思い出してしまう。
うん、別に悪い気はしない。
リザは僕の母親代わりで、図書院の書庫にこもりっきりだったのは事実だ。二十歳になってもまだ「本に熱中してばかりいないで、食事はきちんと取れ」と手紙で叱られて、それが図星で慌てたことが何度あったことか。
そんな心配をしてくれて、きっちり叱ってくれるのは、リザだけだ。
「……いや、ギーズもいたな」
「ん?」
「リザ以外に、ギーズも僕を叱ってくれるなと思って」
「そんなに俺は叱ってばかりだったか?」
「叱ってくれるけど、甘えさせてくれるよね。こうして、匿ってくれているし」
僕がそういうと、ギーズは顔を上げた。
「……俺は」
小さくつぶやく。
でも、首を振って口を閉じ、短い髪を乱暴に掻き乱してから立ち上がった。
「今日は早く帰れたから、これから飯を作る。お前はテーブルの上を片付けておいてくれ」
「え、ギーズは料理ができるの?」
「お前の家の料理人のようなものは期待するな。お袋が作っていた程度になるぞ」
「十分だよ! あ、これ、どこに置けばいいかな」
「俺の部屋に運んでおけ。あの部屋はしばらくお前に使ってもらうから」
「え、でも」
「すぐにできるから、さっさと片付けろよ」
それだけ言って、ギーズはもう歩き出す。
歩きながら騎士団のマントを外し、剣を外し、制服の上着を脱いでシャツ姿になる。それらを部屋の隅にあったカゴに乱暴に放り込み、台所へと消えてしまった。
仕方なく、僕は片付けを始めた。
ギーズが本当にリザの手料理を習得しているのなら、急がなければならない。リザは「簡単にできるごはん」を作るのに長けていたから。
僕の片付け速度では、本当に間に合わなくなりそうだ。
ペンやノートを集めようとして、両手が塞がってはドアが開けられないと気付いて、慌ててギーズの部屋の扉を開けに行った。
444
あなたにおすすめの小説
第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
偽物勇者は愛を乞う
きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。
六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。
偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。
寄るな。触るな。近付くな。
きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。
頭を打って?
病気で生死を彷徨って?
いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。
見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。
シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。
しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。
ーーーーーーーーーーー
初めての投稿です。
結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。
※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい
発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』
そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。
そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。
あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。
「あ、こいつが主人公だ」
超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー
僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!
迷路を跳ぶ狐
BL
*あらすじを改稿し、タグを編集する予定です m(_ _)m後からの改稿、追加で申し訳ございません (>_<)
社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。
だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。
それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。
けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。
一体なんの話だよ!!
否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。
ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。
寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……
全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。
食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていたのだが……
*残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる