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(20)その……ごめんなさい?
しおりを挟む急いで服を着て、髪を整え、チラリと鏡で確認してから玄関の扉を開けた。
ロアナさんと子供たちは外で待っていた。
申し訳ない。
でもロアナさんは「身支度を整える必要がないんですね」とつぶやいて驚いた顔をしていた。
……貴族育ちで、いかにも何もできない雰囲気だからだろうな。確かにできることは少ないけど。
でも、家に入ったロアナさんは、すぐに有能な元メイドぶりを発揮して、僕は一番年上の子と一緒に外に放り出されてしまった。
掃除はロアナさんと、下の子たちが担当するらしい。
で、二度目の追い出しを経験してしまった僕は、トール君と一緒に服を買いに行くことになった。いつまでも借り物は良くないからそれは嬉しい。
でも、幼い子供のように手を引かれながら歩くのは……いつも人の流れに逆らえずに遠回りしてしまう僕にはありがたいかもしれない。
次の休みの時には、ギーズと一緒に遠めの買い物に行くことになっているから、その時も手を引いてもらおう。
やがてトール君のおすすめの服屋にたどり着いた。
あらかじめ服の形に縫い上げたものが売っているらしい。
少し割高なようだけど、僕は裁縫なんてできないから仕方がない。
一番安いものをと頼んだら、店の主人が「任せてくれ!」と少し顔を赤らめながら張り切って見繕ってくれた。
金額をきいてお金を払おうとしたら、なぜかトール君が口をあんぐりと開けていた。もしかしたらふっかけられた、のかな?
でもいい服を選んでくれたし、トール君も止めなかったから、ぎりぎり適正の範囲なのだろう。
ギーズの家に戻ると、もう掃除は終わっていた。
さすが手早い。
洗濯もしてくれたようだ。家を閉め出された時に着ていた服もきれいになっていた。これでしばらくは服に困らない。
でも、僕も洗濯ができるようになりたいな。
そうつぶやいたら、ロアナさんに真顔で止められた。手荒れをしてしまうらしい。手荒れはどうでもいいけど、まぁ僕は不器用だからね。
でも何もしないのも申し訳ないから、僕でもできることはないかと相談してみた。
ロアナさんは真剣な顔で悩んでいた。
無理を言ってしまったと後悔し始めたころに、やっと頷いた。
「では、日常的な、簡単なお掃除を教えましょう。私たちやギーズさんがいない時に、お茶をこぼしたりすることもあるかもしれませんし」
ありがたい。
すでにきれいになっていたけれど、練習のために僕は小さな弟たちと一緒に箒を使い、雑巾も絞ってみた。
残念ながら、僕の握力が弱いからうまく絞れないこともはっきりしてしまったけど、乾いた雑巾と併用すればなんとかなることもわかった。
コーチ役のトール君はどんどん絶望的な顔になっていたけど、まあ、ちょっとした掃除ならなんとかなるだろうと慰めてくれた。
優しい子だな。
そうこうしている間に、ロアナさんは料理をしていて、夕食の支度もしてくれた。これは本当は頼まれていないことらしい。
「ずっと貴族のお屋敷で過ごしていた方が、毎日屋台で済ますわけにはいかないでしょう?」
「助かります。でも、昨夜はギーズがごはんを作ってくれたんですよ」
「……えっ?」
お皿に出来上がった料理を盛り付けていたロアナさんは、手を止めてびっくりした顔をする。幼い弟たちも目をまん丸にしてしまった。
そんなに驚くようなことかな。
「えっと、ギーズは家のことはなんでもできますよ。忙しい母親の代わりに家事をしていたこともあるから」
「そ、そうなんですか。あらあら、掃除を任されているから、てっきり家事は全くできないと思い込んでいたわ」
「……マジかよ。あのおっさんが包丁持つのかよ」
「こわいっ! エプロンとかつけるの?」
「うん、包丁は持つけど……エプロンはつけないかな?」
何というか……子供たちの反応は面白いなぁ……。
僕は思わず笑ってしまった。
と、開け放った窓から、馬のいななきが聞こえた。
「うわっ! おっさんが帰ってきたっ!」
「こら! ギーズさんと呼びなさい!」
ロアナは慌てて子供たちを叱っている。
その騒がしい声を聞きながら、僕は玄関へと急いだ。
扉を開けると、ちょうどギーズがこちらに歩いてくるところだった。今日は鍵を探させてしまう前に間に合った。
「おかえり、ギーズ。今日も早く帰ってきてくれたんだね!」
そう笑いかけると、ギーズは一瞬足を止めた。
何だかまぶしそうな顔をして、でもすぐに歩きを再開して僕の前に立った。
華やかな黒狼騎士団の制服を着て、美しいのにしっかり使い込んだ剣を腰に帯びて。高いところにある顔は少し疲れがあったけど、僕に笑いかけてくれた。
「……ただいま、セレン」
低く、でもとても優しい声だった。
それから、ギーズはためらいながら手を僕の方へと伸ばした。
どうしたのかと思って見ていたら、僕の頭にそっと触れて、何かをつまみ取った。
「何かついていた?」
「ゴミのようだな。いや、これは箒の穂先か?」
「あ、そうかもしれない。今日は掃除の練習をしていたから」
「掃除の練習?」
「うん、クロンの弟たちに教えてもらっていたんだ。ロアナさんほどきれいにはできないけど、多分簡単な掃除ならできると思うよ」
「そうか」
ギーズはまた笑った。
揶揄うような、でも優しい笑顔だ。
子供だった頃の僕を褒めてくれた時の顔で、懐かしくてつい見つめてしまう。
そんな僕をギーズもじっと見ていた。
もう一度僕の頭に触れ、それからわずかに指を髪の中に潜らせて……突然、ハッとしたように手を離した。
「ギーズ?」
でもギーズは僕を見ていなかった。
僕の後ろの方を……家の中を見ていた。
きゃーと騒がしい子供の声がして、バタバタと走って逃げるような音もした。
振り返ると、玄関から続く廊下にちょっと困った顔をしたロアナさんと、顔を引き攣らせたトール君がいて、さらに奥の居間の入り口から子供たちが顔をのぞかせていた。
「えっと、ギーズさんがこんなに早く帰ってくるとは思わなかったから、セレンさん用にお食事の準備をしていたんです。それで、その……ごめんなさい?」
ロアナさんが目を逸らしながら、謝罪の言葉を口にした。
僕が良くわからなくて首を傾げたら、ギーズも誰もいない方に目を逸らして咳払いをした。
大きな傷跡のある顔は、なぜか僅かに赤かった。
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