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(36)ギーズのいない朝
しおりを挟む朝、目が覚めるとギーズがいなかった。
僕はいつも通りの時間に起きたはずなんだけど、どうやらもう出勤してしまったようだ。
忙しいからいつもより早く出掛けたのかと思ったのに、食卓には朝食の用意ができていた。
ポットに茶葉が入っていてお湯を注ぐだけでお茶が飲めるようになっているし、パンを切れば食事の支度が完了する。
スープは少し冷め始めているけどまだ飲み頃だし、燻製肉は美味しそうに炙られている。さらに卵と煮豆を炒り和えた料理の皿もある。
ポットを持って台所に行ってみると、ヤカンのお湯はまだ熱かった。もう一度炭火にかければお茶の適温になるだろう。でも僕は熱すぎないのが好みだから、このままでもいい。時間を長めにおけば大丈夫だ。
ふと作業台の上を見ると、干し魚を水に戻して豆と一緒に煮た料理が小鍋にできていた。夕食用だろうか。
少しだけ味見したいな。これにパンを合わせると、充実した昼食になりそうだ。
お湯を入れたポットを持って用心深く食卓に戻る。
無事にテーブルに置いたところで、さっきは気付かなかったお皿の影に、紙が一枚置かれていた。
急いで手に取ると、ギーズからの置き手紙だった。
「……今日は遅くなるから、夕食を食べて先に休んでいろ、か」
少し歪んでいて、どこか硬い文字。
間違いなくギーズの筆跡だ。
どうやら、いつもより早い時間から朝だけでなく、夜の食事の分まで支度をしてくれたようだけど……。
「うーん……やっぱり、怒らせてしまったのかな」
僕は置き手紙を見つめ、ほんのりと反省した。
朝食を終えて、部屋を簡単に片付ける。
片付けといっても、昨日掃除に来てもらったばかりだし、ギーズは散らかす人ではない。
でも、このくらいきれいな状態の方が掃除の練習にもなるから簡単な拭き掃除をしながら、家具や本棚を少しずつ片付ける。
本は二冊増えていたけど、差し込む場所を吟味するだけでスッキリしてしまう。
家具の上にクロンの弟たちがくれた木の実があったりするけれど、それも程よい時期がきたらロアナさんがこっそり持ち去っているから、溜まって困ることもない。
棚の上を拭いて、床を箒で掃いて、掃除に使った道具を片付けて。それだけであっという間に昼近くになっていた。
そろそろお昼ごはんかな、と考えていると、玄関の前あたりが騒がしくなった。
どうやら、ロアナさんが来ているらしい。
それに、たぶん幼い弟たちも。
でも、いつもならすぐに入ってくるのに、どうしたのだろう。
僕は首を傾げながら玄関の扉を開けた。
「だから、今日はダメだって言っているでしょう! 大丈夫なようなら、後で呼んであげるから!」
「えー、でも、セレン兄ちゃんにこれを見せたいんだよ!」
「俺たちの力作なんだよ! 明日だとこの花がしおれてしまって……あ、セレン兄ちゃん!」
扉を開けた僕に気付いて、幼い男の子が僕に突進してきた。
しっかり身構えたつもりだったが、子供の体重を支えられずにぐらりと体が傾いてしまう。でも倒れる前に、もう一人の男の子が回り込んで反対側から飛びついてくれたから、うまくバランスを取ることができた。
うん、さり気なく配慮ができるいい子たちだ。
「こんにちは。みなさん。今日もお会いできて嬉しいな」
「ま、まあ、すみません! 今日は様子を見に来ただけですので……その、何かお困りのことはありませんか?」
ロアナさんはそう言いながら、僕の全身をさっと見たようだった。二人の男の子たちに突進を受けた姿のままの僕を見つめ、顔や首周りを真剣に見ていたようだった。
何か、あったと思ったのかな?
「……その、ご体調が良くないとか、そう言うことはないようですね?」
「体調はいいですよ」
「急なお洗濯物などは……」
「昨日してもらったばかりですから、特には」
「そうですか。それならばいいのですが。……私、気を回しすぎたのかしら?」
ロアナさんは口の中で何かつぶやいている。
でも、すぐに気を取り直したようで、手に下げていたバスケットを持ち上げて見せた。
「お昼ごはんをお持ちしました。うちの子達も来てしまいましたし、もしよかったらご一緒していいですか?」
「もちろんですよ。さあ、中に入ってください」
ここは僕の家ではないけれど、留守を預かっているのは僕だから、こういう言い方も許されるはずだ。
僕が家の中を示すと、男の子たちはパッと離れて走っていった。
でも、男の子たちは二人だけ。
クロンの弟はもう一人いるのに、どうしたのだろう。
「トール君は別の仕事をしているのかな」
「その、トールは……入ってきていいそうだから、いらっしゃい!」
ロアナさんはくるりと振り返り、門の方へと声をかけた。
すると、そろそろと細身の少年が姿を表した。
目を逸らしていたけど、僕をチラリと見て首を傾げていた。
「トール君?」
「……おかしい。変化がない」
「こら、失礼な勘ぐりはやめなさい!」
「最初に言い出したのは母さんじゃないか。でも、よかった。俺、この家に来れなくなるかと思った」
トール君はほっとした顔をして僕に笑顔を向けた。
よくわからないな。
後で、もう少し話を聞いてみよう。
首を傾げなら、でも僕はロアナさん一家と一緒に昼食を取ることにした。
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