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幕開け
第19話
しおりを挟むキスとは、一方的な感情で強行されては、勘違いや誤解をまねく行為である。
ハイロと土を耕していた亮介は、ミュオンから口唇をふさがれ、生まれて初めて男とキスをした。しかも長い。あまりにも予想外の展開につき、声をあげることさえできなかった。ミュオンにとっては、精気の回復に必要な結果だとしても、ハイロやキールとちがい、背中の羽さえなければ、人間と変わらない姿をしているため、気恥ずかしさが勝った亮介は、相手の顔を直視できず、とっさに俯向いた。
「やい、リョースケとミュオン。さっき、キスしてただろ。遠くから見えたぞ!」
湧水を汲んでもどったキールは、なんの遠慮もなしに言及してくる。
「精霊って、人間が好きなのか?」
『リョウスケくんは、とくべつです』
「リョースケの気持ちは、どうなんだ……って、な、なんだおまえ! 誰だ!?」
科白の途中で、キールは威嚇モードに変わった。さらに、「いつからそこにいた!?」と、不審者に向かって叫ぶ。ミュオンとのキスで思考が停止中だった亮介は、状況判断に遅れた。のろのろと顔をあげた視線の先に、ツンツン頭の番長が立っている。
「ハ……、ハイロさん……?」
夢でみた、体格のよい男が全裸で佇んでいた。本人にあせるようすはなく、洗濯して干してあったニッシュのタオルを腰に巻きつけると、手首や指の関節をパキッと鳴らした。
「ハイロだって? おいおい、どっからどう見ても、こいつは人間の男じゃないか。油断するなよ。やい、そこのおまえ、いつ、森に侵入した!?」
今にも飛びかかりそうな勢いのイタチだが、野生の特徴に気づいてハッと目を見張った。
「な、なんだ、このにおい……。これ、ハイロのおっさんと同じだぞ!? どうなってんだ? さっきからおっさんの姿も見えないし……、そこの人間は、いったい何者だ?」
頭が混乱するキールに向かって、男は「大熊だ」と名乗った。その低い声を耳にした亮介は、目の前の人物は、やはりハイロだと直感した。
「キール、半獣属は人間の姿になれたりするの?」
「ばか、そんなわけあるか。半獣は半獣のままだ。人間になんか、なりたくもないしな」
「でも、あのひとはハイロさんだ」
「においを真似して、おいらたちを安心させる手かもしれない。見るからに強面だし、なにをたくらんでいるか、まだわからないぞ」
イタチは警戒心が強い。人型になったハイロとの間に立って亮介を守ろうとしたが、『コホンッ』とミュオンが咳払いをして、険悪な雰囲気を打開した。
『キールよ、おちつきなさい。そこにいる人間は、まちがいなく大熊です。彼は、わたしが霊力を放出したさい、偶然近くにいました。よって、細胞が活性化し、先祖がえりを遂げたのでしょう』
「先祖がえり? 意味わかンねーよ。ハイロのおっさんは、このまま人間として生きていくってこと?」
『それは、わたしにも不明です。ひとまず、本人へ確認してみましょうか』
ミュオンは大熊を見据え、『ご感想は?』と訊く。筋肉質な腕や、たくましい胸板、鍛えたような胴まわりなど、細身のミュオンとはまるで異なる肉体に、いちいち目が留まる精霊は、わざとらしく顔をしかめ、不機嫌をあらわにした。どんなときも冷静に対処するハイロは、「それほど悪くない」と、いつもの無表情で答える。
『では、まずは着るものを用意しなければなりませんね。そのようないかめしい姿で、リョウスケくんのそばをうろつかれては、品性に欠けます』
(すごい。夢でみたとおりのハイロさんが、目の前にいる!!)
★つづく
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