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第5部
第79話
しおりを挟むかつて、半獣属の血を引く人間とのあいだに子をもうけた精霊が、この森に存在した。人間とも半獣ともちがう、不完全な精霊の子が誕生したことになるが、新たな個体の生活ぶりや、成長後の行方を知るものは、ひとりもいなかった。森の記憶は、重要な部分が消えている。まるで、誰かが意図して断片を抜きとったかのように、真相を語るものは、長らくあらわれていない。
うす暗い閉鎖林を北に進むハイロとノネコを、背後から見つめる影があった。鼻が利く半獣属に気取られない理由は、影の存在が、人外の精霊だからである。地面まで届く長い髪は黒色で、うす茶色の肌をしていた。翡翠石のように輝く瞳に映りこむハイロの姿は、人型ではなく、2本足で歩く灰色大熊だった。その精霊は、先祖がえりした半獣属と出逢ったことはない。だが、そのまなざしは真実を見透かす力があった。
『……好いたる者が在りながら、あれほど健康的な肉体を持て余すとは、つまらんな。いっそのこと、われが、あいつの理性を毀してやろうか』
黒髪の人外は、四大元素霊の根源より派生した、地の形態素である。ミュオンとは異なる精気の集合体につき、見た目の艶やかさが大胆(全裸)かつ、快楽を産出する行為を善しとみなす傾向にあった。人型の半獣属に興味を引かれた地の精霊の〈ジェミャ〉は、自らの雄性器官に指を絡めると、腰をふるわせて微笑した。精霊の多くは受け身であり、相手が性的欲望を満たすさまを愉しみながら、ゆるゆると精力を奪う。一気に吸い取らず、飽きるまで生かすことで、精霊側にも退屈せずに悦がれる利点があった。
『クククッ、ああ、いいぞ。わが身も興奮してきた。……あの灰色大熊は、われが弄んでやろう』
ハイロの雄々しい肉体に目をつけたジェミャは、性行為の邪魔となるノネコを排除するため、精気を放出して地割れを起こした。
「な、なんだい、地震!?」
突然、地面はバキバキッと音を立て、ハイロとノネコの足もとに亀裂が走った。数十センチほどの深さだが、とっさに後方へ飛び跳ねたノネコは、砂煙のせいでハイロの姿を見失ってしまう。
「こ、これは、自然現象ではないな。わたしとハイロさんを、引き離すことが目的だ!」
さきほどまでと異なる、ヒリヒリとした空気が流れてくる。的確に状況を見極めたノネコは、ハイロの身を案じた。
★つづく
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