異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒

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第9部

第159話

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 なにかが近づいてくる。ハイロとノネコの鋭敏えいびんな嗅覚をもってしても、向かってくるにおい、、、の正体を予想できず、眉を寄せた。それもそのはずで、彼らの前に姿をあらわしたのは、ミュオンの分化を見届けてきたばかりのオオカミ(の幻影まぼろし)だった。

「あれは、大神ではないのかい?」とノネコ。「ああ、どうやら生きて、、、いないようだがな」とハイロがつぶやく。ようやく、状況が呑みこめた灰色大熊は、ノネコを背後にして立ち、オオカミと正面から向き合った。半獣属の姿とはいえ、ハイロと大神の格の違いは歴然で、クマ泣かせの異名は伊達ではない。オオカミのたてがみが風にゆれるたび、妙な緊張感が漂った。

「……ハイロさん、気をつけて」

 からだの小さいノネコを守るように身構えるハイロは、オオカミが放つ神気にれ、息苦しさを覚えた。なにかを伝えにきたはずのオオカミだったが、沈黙を保ち、距離を縮めてくる。ヒタヒタと近づく足音は、やがてピタッと静止した。わずか数メートルの場所に、オオカミが立っている。ハイロに一撃でも喰らわせる気なのか、見据える金眼の奥には強い意志が宿っている。

「おれたちに、なにか用か」

 互いに口を閉ざしていては、膠着状態がつづくばかりである。ハイロは、先にことばを発して沈黙を破った。すると、ザワッと周囲の木々が葉をゆらし、甦った水の精霊が飛んでくる。ふわりと地面に爪先をたて、ハイロとオオカミのあいだに割ってはいる。精霊は衣服を身につけていないため、青白い肌が際立って目についた。ハイロとノネコは、瞬時にミュオンの分化した姿であると察したが、素直によろこべない状況につき、はやる感情を抑制した。

「これはまた、なんと美しい精霊でしょうか。……しかし、なかなか目のやり場に困りますね。そう思いませんか、ハイロさん」

「……そうだな」

 水の精霊は、生まれたままの肉体を隠そうとせず、ハイロとノネコを正面から見据えた。ミュオンの裸身はだかならば見慣れているハイロだが、生命の欠片を生みだした細い腰や腹部へ視線を落とし、眉をひそめた。無表情の精霊は、けむりのようにゆらめき、どこということもなく、あたりへ目線を外した。

「……行くところがないのか」

 ハイロの問いに、水の精霊はかすかに目を細めた。背中の羽をフッと消して、腰に手を当て、片足に重心を寄せる。数十秒ほど考えこみ、それから、『人間?』と、つぶやいた。初めて聞く声だが、ミュオンとまったく変わらない。ノネコは「人間?」と復唱し、ハッとなる。水の精霊は、この先の小屋にいる、亮介とリヒトのにおいに気づき、視線を遠くへ向けている。ミュオンを連れて帰ることが、なにを意味するのか。ここは、慎重に対処すべき状況である。ハイロとノネコは、ミュオンから目を離さず、思考をめぐらせた。

 満ちたりていた時間は短い。春風や真夏の太陽に包まれ、あたたまっていた心や身体は、沈黙の泉水に冷やされ、共に暮らした日々を忘却の深淵しんえんに沈める。灰色大熊やノネコと再会した水の精霊は、なにひとつ過去を思いだせず、彼らに興味もなかった。

「いっしょに来るか、ミュオン」

 長い沈黙のあと、ハイロが手を差しのべると、オオカミの幻影はシュウッと泡のように消え去った。ハイロに名前を呼ばれた精霊の眼はこごえ、涙があふれそうに光ったが、泣く理由を思いだせないミュオンは、白い雲を見あげた。愛のない夜明けは、とうに過ぎている。意を決したハイロは、素直な気持ちを告げた。

「おれの名前はハイロという。この手を信じて取ってほしい」


★つづく



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