わけありな教え子達が巣立ったので、一人で冒険者やってみた

名無しの夜

文字の大きさ
57 / 60

56 轟音

しおりを挟む
 一刀で斬り伏せる。そんな覚悟を持ってゼニーヌへと振り下ろした私の剣は横合いから現れた刀によって阻まれた。

「まずは俺の相手をしてもらおうか」
「ハァァアアア!!」
「む?」
「あら?」

 魔術紋から込み上げてくる力に任せてラウの剣を叩き折り、そのままゼニーヌの悪魔的な色香を放つ容貌へと刃を食い込ませる。

「うぁああああ!! ローズマリー!! なんてことを。ゼニーヌの顔に、顔にぃいいい!!」

 まるで自分が切られたと言わんばかりにラーズが絶叫を上げる。だが当のゼニーヌはーー

「すごいですね。私が操る肉体に傷をつけるなんて。デビルキラー、そしてその魔術紋。ただの人間にはすぎた代物ですよ」

 ニコリ、と脳天から入った刃が口元で止まっているにも関わらず、悪魔は何事もないかのように笑う。ラウが折れた剣で攻撃を仕掛けてきたので、私はそれを背後に飛んで回避した。

「その力、どこで手に入れた」
「気になりますか? 不意打ちでなければ、そしてこの力を使っていれば、ピピナは貴方ごときに決して負けないでしょうからね」
「小娘が」

 守護剣最強の一角から放たれる強力なプレッシャー。それは刀を折ったくらいでは油断を許さない鋭さを放っていた。

「ブライス卿、その状態でラウをどれだけ足止めできますか? その間に私がゼニーヌを……ブライス卿?」

 何故返事がないのか。正面の二人に最大限の警戒を向けたまま、背後のブライス卿を確認する。ブライス卿は床に両手をついて荒い呼吸を繰り返していた。戦闘中に見せるには、それはあまりにも致命的な姿だが、かくいう私も気を抜くとーー

「くっ。これは……」
「驚くことじゃないですよ。今私の権能をかなりの強さで発動しているんです。この空間で戦意なんて野蛮なものを維持できている姫様が、いえ、その剣が特別なんです」
「ゼニーヌ様。ゼニーヌ様ぁああ~」

 ラーズが情けのない顔で悪魔の足元にしがみつく。人の浅ましさを詰め込んだかのような幼馴染の姿を前に、怒りを通り越して哀れみすら覚えた。

「ふふ。そんな顔しちゃラーズさんが可哀想ですよ。彼は人間にしては結構頑張ったんですよ。とても紳士で高潔な精神を持っている人でした。もっとも、ふふ。そんな人だからこそ、一度堕ちると歯止めが効かないんですけどね。我を忘れて私を襲った後の彼の顔、姫様にも見せてあげたかったですよ」
「……悪魔」

 人の精神を堕落させ、肉体という領土を奪う簒奪者。このような存在を決して許してはならない。

「王家に伝わる剣よ、魔を払う力を我に」

 デビルキラーが今まで最大の光を放つ。限界を超えた力をもって、肉欲に囚われそうになる弱い心を振り払う。

「ゼニーヌ、観念しなさい」
「観念? まったく、姫様ったら。私の話聞いていました?」

 瞬間、ゼニーヌが私の視界から消えた。腹部に衝撃。それを意識した時には既に私の体は壁に叩きつけられていた。

「がはっ!?」
「私は悪魔の王なんですよ? 大公どころか伯爵級にも勝てやしない人間風情が私に敵うと、そんな傲慢な考え、どうして持てるんですか?」

 全身に衝撃。何をされているのか全くわからない。分からないが、状況から考えるにどうやら私は殴られているようだ。痛みはない。いや、感じる暇がないのか。分かるのは体が揺れていることだけ、他には何も、自分が今、目を開けているのか、閉じているのかすら分からない。

「ああ。いけない。姫様の綺麗なお顔をこんなにしてしまったわ。待っててください。今治しますね」

 顔に不快な感触が走るのと同時に視界が元に戻った。

「ふふ。どうです? 私の唾液はよく効くでしょう」
「なっ!? 何をーーんん!?」

 ゼニーヌの異様に長い舌が私の口内に侵入してくる。同時に脳髄から股間にかけて甘い電流が駆け抜けた。

「んあっ!? あっ、ああああ!!」
「ああ。姫様ったら、なんていい声を出すのかしら」

 まずい。これはまずい。デビルキラーの力をもっとーー剣が? 剣がない!?

 なんてこと。剣が手元にない。先ほど拳の弾幕を浴びせられたことで離してしまったのだ。

「さぁ、チャンバラなんて幼稚で野蛮なことはやめて楽しいことをしましょう。ラーズさん、そこに落ちてるフローナさんを好きにしていいですよ。ラウさんはピピナさんを、ブライス卿は王妃様を好きにしちゃってください」
「ふざけないで! そんなこと私がゆるーーんんっ!?」

 またもゼニーヌに口を塞がれる。彼女の舌が私の中で蠢くたびに悪魔的な誘惑が私の理性を崩壊させようと官能を囁いてくる。

 どうして……どうしてこうなった? ブライス卿のいう通り一旦引くべきだったのか。いや、そもそもの話、彼と、クロウさんと別れたのが間違いだったのかもしれない。

「ああ。姫様、素敵。なんていい顔をするんですか。誰か好きな人を思い浮かべてますね? いいですね。私、そういうの大好物です」

 悪魔の手が紙切れのように私の鎧を剥いでいく。でも甘い毒に侵された体はそれに対抗することができない。焦点が定まらない視界の中、ラーズがフローナに跨って、ラウが動けないピピナの服を破り捨てる。悪夢のような光景の中、頬を伝う涙の感覚だけがリアルだった。

「た……けて、く……さん」
「んん? クロウ? クロウさん。それが姫様の好きな人の名前ですか? 確か同じ冒険者ですよね。安心してください。すぐに会わせてあげますよ。でもその前に姫様には城中の男の相手をしてーー」

 ドゴォオオン!!

 轟音。続いて天井の一部が崩れた。

「なんだ。思ったよりもやばかったのか」
「あ……あ、ああ」

 悪魔の毒で、もうろくに思考も纏まらない。ただその声を聞いた途端に込み上げてくるものがあった。

 私が本当にピンチの時、彼はいつだって来てくれる。初めて会った時からずっとそうだった。

 悪夢で冷え切った心を包み込むような安堵の中、私の意識はゆっくりと闇に包まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

処理中です...