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第1話 愛されないあたしはどうすれば、いいの?
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(三人称視点)
ネドヴェト侯爵家には一輪の赤い薔薇が咲いている。
赤い薔薇の正体はある一人の令嬢のことである。
燃え上がる炎のように艶やかな赤毛の髪を風に靡かせ、軽やかに舞う様子はさながら、薔薇の花びらが風に舞っているかのようだ。
花が綻ぶように華やかな笑みを浮かべ、常に明るく前を向いている少女のことを嫌う者は誰もいない。
彼女は特別に器量よしではない。
姉よりも低い鼻を気にしているどこにでもいる普通の女の子である。
そんな彼女のことを誰もが愛していた。
天真爛漫という言葉があれほど、似合う子はいない。
そう言われていた。
少女の名はアマーリエ・ネドヴェト。
ネドヴェト侯爵家の四姉妹の末っ子だ。
「ロベルト様。クッキーを焼いたのですけど、よろしかったら……」
「エミー。よろしいも何もないよね?」
「えへへ。ごめんなさい」
その日のアマーリエはいつもと変わらない様子だった。
にこやかな笑顔を絶やさず、想い人である第二王子に自慢のクッキーを食べさせようといらぬ努力をしている。
アマーリエはロベルトが返事をする前に彼の口に強引にクッキーを押し付けていた。
これもいつものことだ。
ロベルトは口と態度では嫌がりながらもしっかりと味わってから、「全く。君にも困ったものだ」と苦笑しながらも完食するので、一同の間に和やかな雰囲気が漂うのもいつものことだった。
クッキーに限らず、毎朝のように繰り広げられている光景。
彼らにとっての日常である。
周囲の者は微笑ましそうにその光景を見つめている。
そんな日常がずっと続いていく。
誰もがそう信じて疑っていなかった。
その日までは……。
「エミー。こういうことはもうやめてくれないか?」
「え?」
顔を俯かせたロベルトはアマーリエと目も合わさず、そう宣言した。
あまりにも一方的な宣言である。
その頬が心無し、熱を帯びたように朱色に染まっていたのだが、アマーリエはそのことに全く、気付いていない。
王家に生まれたロベルトとネドヴェト侯爵家に生まれたアマーリエの二人は又従兄妹――ロベルトの祖父コンラートとアマーリエの祖母カテジナが兄妹――であり、幼馴染である。
ロベルトは王妃テレザの子ではない。
公妾パネンカ侯爵夫人モニカの子である。
母モニカはロベルトの出産と引き換えに命を失っている。
実家という後ろ盾がない何の力もなく、王位継承権も与えられない名だけの第二王子。
母と同じように儚いことになったとしても誰も疑問に思わない絶体絶命の危機にあったロベルトを救ったのが、ネドヴェト侯爵家だった。
ネドヴェト侯爵夫人ミリアムとモニカはアカデミー時代から、気の置けない友人関係にあった。
新たな命と引き換えに命を失った大事な友人を悼み、その命を何としても守ろうと誓ったのである。
ロベルトはネドヴェト侯爵家の庇護を受けることになった。
三女のエヴェリーナが生れて間もない頃だったのも影響している。
侯爵家の敷地内にロベルトが快適に過ごせるようにと建てられた別宅があったが、極自然にロベルトは本宅で姉妹と実の姉兄のように育てられることになった。
アマーリエにとって、ロベルトは生まれた時から知っている実の兄のような存在である。
ロベルトにとってもそれは同様だった。
気心の知れた仲だと信じ、関係が壊れるなど思いもしていなかったのだ。
だが、後にロベルトはアマーリエについて、実際にはあまりにも多くのことを知らずにいたのだと思い知る。
ロベルトが逃げるようにその場を去ると周囲の者もそれに付き従って姿を消すと、アマーリエは一人置き去りにされた。
凍り付いたように固まったまま、動かない彼女の様子を不思議に思い、首を捻りながらもこれもいつものことだろう、と言わんばかりに……。
「愛されないあたしはどうすれば、いいの?」
一人取り残されたアマーリエの呟きは風に消され、誰の耳にも届かなかった。
ネドヴェト侯爵家には一輪の赤い薔薇が咲いている。
赤い薔薇の正体はある一人の令嬢のことである。
燃え上がる炎のように艶やかな赤毛の髪を風に靡かせ、軽やかに舞う様子はさながら、薔薇の花びらが風に舞っているかのようだ。
花が綻ぶように華やかな笑みを浮かべ、常に明るく前を向いている少女のことを嫌う者は誰もいない。
彼女は特別に器量よしではない。
姉よりも低い鼻を気にしているどこにでもいる普通の女の子である。
そんな彼女のことを誰もが愛していた。
天真爛漫という言葉があれほど、似合う子はいない。
そう言われていた。
少女の名はアマーリエ・ネドヴェト。
ネドヴェト侯爵家の四姉妹の末っ子だ。
「ロベルト様。クッキーを焼いたのですけど、よろしかったら……」
「エミー。よろしいも何もないよね?」
「えへへ。ごめんなさい」
その日のアマーリエはいつもと変わらない様子だった。
にこやかな笑顔を絶やさず、想い人である第二王子に自慢のクッキーを食べさせようといらぬ努力をしている。
アマーリエはロベルトが返事をする前に彼の口に強引にクッキーを押し付けていた。
これもいつものことだ。
ロベルトは口と態度では嫌がりながらもしっかりと味わってから、「全く。君にも困ったものだ」と苦笑しながらも完食するので、一同の間に和やかな雰囲気が漂うのもいつものことだった。
クッキーに限らず、毎朝のように繰り広げられている光景。
彼らにとっての日常である。
周囲の者は微笑ましそうにその光景を見つめている。
そんな日常がずっと続いていく。
誰もがそう信じて疑っていなかった。
その日までは……。
「エミー。こういうことはもうやめてくれないか?」
「え?」
顔を俯かせたロベルトはアマーリエと目も合わさず、そう宣言した。
あまりにも一方的な宣言である。
その頬が心無し、熱を帯びたように朱色に染まっていたのだが、アマーリエはそのことに全く、気付いていない。
王家に生まれたロベルトとネドヴェト侯爵家に生まれたアマーリエの二人は又従兄妹――ロベルトの祖父コンラートとアマーリエの祖母カテジナが兄妹――であり、幼馴染である。
ロベルトは王妃テレザの子ではない。
公妾パネンカ侯爵夫人モニカの子である。
母モニカはロベルトの出産と引き換えに命を失っている。
実家という後ろ盾がない何の力もなく、王位継承権も与えられない名だけの第二王子。
母と同じように儚いことになったとしても誰も疑問に思わない絶体絶命の危機にあったロベルトを救ったのが、ネドヴェト侯爵家だった。
ネドヴェト侯爵夫人ミリアムとモニカはアカデミー時代から、気の置けない友人関係にあった。
新たな命と引き換えに命を失った大事な友人を悼み、その命を何としても守ろうと誓ったのである。
ロベルトはネドヴェト侯爵家の庇護を受けることになった。
三女のエヴェリーナが生れて間もない頃だったのも影響している。
侯爵家の敷地内にロベルトが快適に過ごせるようにと建てられた別宅があったが、極自然にロベルトは本宅で姉妹と実の姉兄のように育てられることになった。
アマーリエにとって、ロベルトは生まれた時から知っている実の兄のような存在である。
ロベルトにとってもそれは同様だった。
気心の知れた仲だと信じ、関係が壊れるなど思いもしていなかったのだ。
だが、後にロベルトはアマーリエについて、実際にはあまりにも多くのことを知らずにいたのだと思い知る。
ロベルトが逃げるようにその場を去ると周囲の者もそれに付き従って姿を消すと、アマーリエは一人置き去りにされた。
凍り付いたように固まったまま、動かない彼女の様子を不思議に思い、首を捻りながらもこれもいつものことだろう、と言わんばかりに……。
「愛されないあたしはどうすれば、いいの?」
一人取り残されたアマーリエの呟きは風に消され、誰の耳にも届かなかった。
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