35 / 56
第35話 ネドヴェトの黄薔薇②
しおりを挟む
(マルチナ視点)
「ペトルお兄様はマソプストの名を出したがらないの」
学園でペトルという名の教師は一人しかいない。
ペトル・ビカン。
整った顔立ちだが、厳しい先生。
夕焼けを思わせるオレンジブラウンの髪と切れ長の目に収まる翡翠の色をした瞳からは非常にきつい印象を受けた。
女生徒からは”あの俺様な感じが素敵”と人気があった。
私にはどこがいいのか、よく分からなかったけども。
少なくとも接する機会の多いエミーは嫌っているように見えた。
「ビカン先生のことかしら?」
「そうなの。お兄様は魔法学の権威ですし、歴史にも詳しいんですの。きっと力になってくれるわ。でも、家には帰ってきませんの」
そう言うとヴァニーはしゅんとなって、寂しそうな表情をする。
いつも朗らかな彼女を見ていたからでしょうか?
激しく胸を締め付けられるような錯覚を覚えるのはなぜでしょう。
あぁ、なんということでしょう。
私は酷い姉でした。
妹達が苦しんでいても手を差し伸べなかった。
気が付いているのに見て見ぬふりをしていた。
自分のことしか、考えていない愚かな姉だった。
「ヴァニー。何だか、面白いことになっているじゃないか」
「あら、お兄ちゃん。レディの部屋に窓から、入ってくるのはいけないことでしてよ?」
大窓が開け放たれる音と落ち着きのある低い男性の声が聞こえた。
気のせいではない。
ヴァニーはその人物のことを知っているのか、自然に会話をしているのだから。
でも、待って。
ヴァニーの部屋は二階にあって、外から簡単に侵入出来る場所にないわ。
「おじきが帰って来たのか、知りたかっただけだから、別にいいだろ」
旅装束と思われる黒い外套を羽織り、フードを深々と被っているのではっきりと顔が見えない。
マントだけではなく、チュニックもトラウザも身に付けている装束が黒で統一されているので余程、黒が好きなのだろう。
(ねぇ、ヴァニー。この方はどなたなの?)
(え、ええ? そうね。従兄や又従兄弟よりも遠い親戚といったところかしら)
(ヴァニーの親戚だったのね。それなら、安心だわ)
(そ、そう)
ヴァニーの手を握って、直接通話で目の前の不審人物について聞いて正解だった。
見た目もあって、ちょっと怖そうな人に見えたので下手に口を挟んだら、まずいと思ったのだ。
ヴァニーの親戚ということなら、身許のしっかりした人に違いない。
「お初にお目にかかります。マルチナ・ネドヴェトでございます。ヴァネサ・マソプスト令嬢とは親しくさせていただいております」
例え、相手が値踏みするように上から下まで観察してきても慌てることなく、心を落ち着かせよ。
常に淑女たれ。
私はそう教え込まれ、鍛えられた。
相手が不審者であろうとも丁寧に挨拶をしてから、カーテシーを決めるのはもはや、条件反射のようなものだ。
「そうか。ネドヴェトの黄薔薇ね。これは面白いことになったな」
「はい?」
「俺はトマ……トムだ。トムと呼び捨てでかまわんさ」
そう言うとフードを下ろしたトムは思っていた以上に若くて、顔立ちの整った人だった。
年齢は私とそんなに変わらないのかもしれない。
「トムだ」と自己紹介した時の笑みを浮かべた顔は少年のようにも見えたし、落ち着き払っている様子は青年のようにも見える。
ヴァニーに気安く、話しかけているから、やんごとなきところのお坊ちゃまなのかしら?
これが私とトムの出会いだった。
「ペトルお兄様はマソプストの名を出したがらないの」
学園でペトルという名の教師は一人しかいない。
ペトル・ビカン。
整った顔立ちだが、厳しい先生。
夕焼けを思わせるオレンジブラウンの髪と切れ長の目に収まる翡翠の色をした瞳からは非常にきつい印象を受けた。
女生徒からは”あの俺様な感じが素敵”と人気があった。
私にはどこがいいのか、よく分からなかったけども。
少なくとも接する機会の多いエミーは嫌っているように見えた。
「ビカン先生のことかしら?」
「そうなの。お兄様は魔法学の権威ですし、歴史にも詳しいんですの。きっと力になってくれるわ。でも、家には帰ってきませんの」
そう言うとヴァニーはしゅんとなって、寂しそうな表情をする。
いつも朗らかな彼女を見ていたからでしょうか?
激しく胸を締め付けられるような錯覚を覚えるのはなぜでしょう。
あぁ、なんということでしょう。
私は酷い姉でした。
妹達が苦しんでいても手を差し伸べなかった。
気が付いているのに見て見ぬふりをしていた。
自分のことしか、考えていない愚かな姉だった。
「ヴァニー。何だか、面白いことになっているじゃないか」
「あら、お兄ちゃん。レディの部屋に窓から、入ってくるのはいけないことでしてよ?」
大窓が開け放たれる音と落ち着きのある低い男性の声が聞こえた。
気のせいではない。
ヴァニーはその人物のことを知っているのか、自然に会話をしているのだから。
でも、待って。
ヴァニーの部屋は二階にあって、外から簡単に侵入出来る場所にないわ。
「おじきが帰って来たのか、知りたかっただけだから、別にいいだろ」
旅装束と思われる黒い外套を羽織り、フードを深々と被っているのではっきりと顔が見えない。
マントだけではなく、チュニックもトラウザも身に付けている装束が黒で統一されているので余程、黒が好きなのだろう。
(ねぇ、ヴァニー。この方はどなたなの?)
(え、ええ? そうね。従兄や又従兄弟よりも遠い親戚といったところかしら)
(ヴァニーの親戚だったのね。それなら、安心だわ)
(そ、そう)
ヴァニーの手を握って、直接通話で目の前の不審人物について聞いて正解だった。
見た目もあって、ちょっと怖そうな人に見えたので下手に口を挟んだら、まずいと思ったのだ。
ヴァニーの親戚ということなら、身許のしっかりした人に違いない。
「お初にお目にかかります。マルチナ・ネドヴェトでございます。ヴァネサ・マソプスト令嬢とは親しくさせていただいております」
例え、相手が値踏みするように上から下まで観察してきても慌てることなく、心を落ち着かせよ。
常に淑女たれ。
私はそう教え込まれ、鍛えられた。
相手が不審者であろうとも丁寧に挨拶をしてから、カーテシーを決めるのはもはや、条件反射のようなものだ。
「そうか。ネドヴェトの黄薔薇ね。これは面白いことになったな」
「はい?」
「俺はトマ……トムだ。トムと呼び捨てでかまわんさ」
そう言うとフードを下ろしたトムは思っていた以上に若くて、顔立ちの整った人だった。
年齢は私とそんなに変わらないのかもしれない。
「トムだ」と自己紹介した時の笑みを浮かべた顔は少年のようにも見えたし、落ち着き払っている様子は青年のようにも見える。
ヴァニーに気安く、話しかけているから、やんごとなきところのお坊ちゃまなのかしら?
これが私とトムの出会いだった。
102
あなたにおすすめの小説
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。
藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。
学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。
入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。
その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。
ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』
メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる