聖女様の仰せのままに

黒幸

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視える王子

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 アルセーヌ・ヴェンゲルは王国の第二王子として、この世に誕生した。
 王国はさして国力が高い訳ではなく、珍しい特産品がある訳でもない。
 ただ、神々に愛された不可侵の国であるだけだ。

 王国で生まれた王族や高位貴族は何らかの不思議な力を宿していることが多い。
 これは神による祝福とも呪いとも言われていた。
 なぜなら、力を持つことで必ずしも幸せになるどころか、不幸の沼に陥ることも多々あったからだ。

 アルセーヌもある力を授かり、生まれた。
 視える力である。
 魂の本質を見通し、色を認識できるのだ。
 それだけでは毒とも薬ともならない力だったが、アルセーヌの兄マキシムが持つ知識る力と組み合わされば、非常に有用な能力だった。
 もっともアルセーヌは本質を色で見て、善悪を判断できるくらいの判断力を有していた。
 前もって、付き合う人間を選別できる程度には利用できたのだ。

 しかし、力は呪いであるという言葉通り、アルセーヌもその例に漏れていない。
 彼は視えた色で殊更に美しく、真っ白な魂に惚れこみ、執着した。
 それはあまりに病的で病んでいるとしか言えないものだ。

 真白き魂の持ち主がサクリア・オネット伯爵令嬢だった。
 一目見て、その魂の美しさに惚れこんだアルセーヌは三日三晩、オネット家に通い続けた。
 その熱意に絆されたのか、サクリアもアルセーヌへと傾倒するようになり、まさに婚約の正式発表が待たれるだけとなった時、事件が起きた。
 サクリアが謎の病に倒れ、人事不省に陥ったのである。
 看病の甲斐も無く、サクリアは意識を取り戻すことなく、天の国へと旅立ったとされた。
 誰言おうアルセーヌがそう宣言した。
 彼が愛した白い魂は失われてしまったのである。

 アルセーヌの嘆きは深く、食事もとらず、睡眠もとらず、見るからに衰弱していった。
 しかし、七日後のことである。
 身罷ったとアルセーヌが宣言したサクリアが息を吹き返した。
 意識不明の状態から奇跡的に戻ったのだ。
 だがアルセーヌは興味を示さない。

「そうか。そういうことか。こうしてはいられない」

 そして、アルセーヌは動いた。
 もはや生ける屍となった男はそこにいない。
 だが彼が向かったのはオネット伯爵家ではなく、野心を持たず、ただ人柄がいいだけで決して、これまで表舞台に上がらなかったプラティニ侯爵家の屋敷だった。

 アルセーヌがプラティニ家の屋敷を訪ねた晩、不意の訪問者が彼の元を訪れた。
 どこから迷い込んだのか、黒猫である。
 黄金色に爛々と怪しく輝く瞳とビロードのように美しい毛並みを持つきれいな黒猫だった。

「ボクは気が進まなかったんだけどね。白いのがうるさくってさ」

 黒猫はさも当然と言わんばかりに人の言葉を発した。

「女神様であらせますか!? 何なりと仰せのままに」
「よい。よい。楽にせよ。ボクは格式ばったのだ~い嫌いなのさ」

 黒猫はぺろぺろと手の手入れを始めるが、畏まったアルセーヌは微動だにしない。
 二柱の女神は鷹揚にして、寛容。
 広い心を持ち、慈愛に満ちていながら、時にして酷薄であることを知っているからだ。

「あっちの子には気付いたみたいだね? それでいいよ。白いのはそう望んでいるよ。そうだね。それでいい」
「ははっ」

 うんうんと満足気に頷く黒猫は畏まったままのアルセーヌを意に介さず、酷薄な一面を見せる。

「でもさ。あっちの子は好きなようにさせてあげるんだ。そうだね。仰せのままがいいさ。黒いのがそうして欲しいんだってさ。分かるよね?」
「ははっ。仰せのままに」

 アルセーヌは心臓を鷲掴みにされたような大いなる恐怖を感じ、その背を冷や汗が伝った。
 気付くと既に黒猫の姿は煙が消えたように失せている。
 ほっと胸を撫で下ろしたアルセーヌだが、恐怖は彼の体から完全に消え去った訳ではない。
 神の言うとおりにしなければ、どうなるのか。
 神の不興を買ったばかりに国一つがなくなる。
 それどころか、大陸や島が消え去ったことさえあった。
 過去に起きた悍ましい悲劇を思い出し、ぞっとしたアルセーヌは対応を協議すべく、王太子である兄を訪ねることにした。
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