聖女様の仰せのままに

黒幸

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婚約破棄騒動1

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 先達の轍を踏むまいとざまぁをされないように極力、慎重に行動していたサクリア。
 しかし、慣れとは恐ろしいものである。
 とにかく持ち上げられ、慣れてしまったのだ。
 美夏として生きていた頃、スクールカースト上位の取り巻きに過ぎない彼女が味わうことのなった愉悦を感じた。
 そして、誰も咎めない。
 サクリアが何をしても許されてしまうのだ。

 やがて、サクリアの感覚は麻痺していく。
 全てにおいて。
 善悪の判断基準は著しく、狂っている。
 自己中心的で他者の心を全く、慮ることがない。
 かつて空気を読むことに専念していた美夏の頃には考えられないことだった。

「へえ。そうきたのか。面白いとは言えないね」
「はい。全く、面白くありません」

 アルセーヌは王城の一室――アルセーヌの私室でエヴラールと秘密裏の話し合いを設けた。
 聖女候補サクリア・オネットの所業への対策という名目だった。
 対策といっても彼らにできることはそれほど、なかった。
 心に閂を掛け、「聖女様の仰せのままに」と全てを肯定することしかできない。

 神の下命を無視する愚か者などいなかった。
 どれだけ神が恐ろしいのかを知っているからだ。
 もっとも愚か者がいたとしても人知れず、に過ぎない。
 影は酷薄な存在である。
 彼らに目を付けられたら、逃げられる者などいない。
 文字通り、塵一つ残さずこの世から消し去られた。

「しかし、婚約破棄とはね。彼女の考えることは予想の上を越えてくる」
「俺……いや、私はブリジットと婚約破棄しませんよ。したくありません」
「だがそれはできないよ? 分かっているよね、エヴラール」
「…………」

 アルセーヌから発せられる無言の圧にエヴラールは何も言えなかった。
 エヴラールも頭では理解している。
 しかし、心が拒絶反応を示した。
 断じて否と叫びたいのを何とか、踏み止まっているのだった。
 彼は伊達にカントナの銀狼と呼ばれている訳ではない。
 誰にでも噛みつく狂犬ではなく、あくまで猛き獣なのだ。

「分かっているとも、エヴラール。君の想いはよく分かる。だから、約束しよう。君とリザラズ嬢の婚儀は王家が保証する」

 アルセーヌは断言した。
 彼の目に迷いや逡巡は一切、ない。
 独断ではなく、総意によるものであると感じたエヴラールは血が滲むほど、下唇を強く嚙みながらようやく、是と答えるのだった。
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