不登校男子、顔出しナシでバズった結果→元委員長Vと恋愛コラボするハメに

ハリネズミの肉球

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【第3章】 ――もう一度、“青春”を取り戻すために。三人目との出会い

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「文化祭Vフェスへの招待状:新ステージへの序章」

 朝、と言っても正確には昼に近い時間。
 俺――蒼井悠真(あおい・ゆうま)はいつものようにベッドの中でごろりと転がり、スマホの画面を眺めていた。学校の一限目なんてとっくに終わり、もう昼休みが近い頃合いだろう。
 不登校生活もそれなりに続いているが、最近は“声”でつながる配信世界のおかげか、以前ほどの罪悪感や孤独感は感じなくなっていた。むしろ、いつ起きても「配信でやりたいことがたくさんあるんだよな」と思えるようになったのは大きな変化だ。
 そんな俺のスマホに飛び込んできたのは、一通のメッセージ。差出人は“大手V事務所のスタッフ”を名乗る人物だった。

《突然のご連絡失礼します。現在、オンライン文化祭Vフェスなるイベントを企画しており、ぜひユウマ様とMIZUKI様に“スペシャルコラボユニット”としてご出演いただきたいのですが……》

 読み進めるにつれ、心臓の鼓動が早まっていく。俺とMIZUKIがユニットとして正式に出演してほしい、そのためのゲスト枠を用意すると書かれている。いわば“公式的なコラボ出演”のオファーだ。
 以前も「オンラインVフェスに出てみないか?」という話がちらっとあったが、今回のは“文化祭”という冠がついており、若年層ユーザーが中心の大規模企画らしい。
 SNSを見ると、告知段階ですでに話題沸騰で、いくつもの有名Vが出演を公表している。そんななか、“謎の新人”と言われる俺とMIZUKIに声がかかるなんて、正直「嘘でしょ?」と半信半疑だった。

「……どうしよう。こんなの、めちゃくちゃ大きなステージじゃん」

 思わずベッドから跳ね起きる。一方で、嬉しさと同じくらいの不安が胸を襲う。大舞台へ出れば出るほど、過去のいじめや“顔バレ”のリスクが高まるし、MIZUKIだって“元委員長”としての素性を隠している。
 悩んでも仕方ない。とりあえず本人――MIZUKIに連絡を取ろうとスマホを握る。

《さっきDMきたんだけど、文化祭Vフェスへの出演依頼って……これ、どう思う?》

 そう打ち込んで送信すると、意外にも即返信が返ってきた。

《実は私の方にも連絡来てた。事務所の人が興味もってくれたみたい。正直、すごく悩むけど……でも、私やっぱり出たいかも。ユウマくんは?》

 彼女も同じ気持ちらしい。ワクワクと不安が入り混じって、胸がざわめく。その一瞬で、俺は確信した。
 “こんなチャンス、そうそうない。逃げてばかりだったら、あの頃の自分と何も変わらない”――そう、もう逃げるのはやめたい。

《分かった。……やろう。怖いけど、たぶんこれを逃したら後悔する気がするから》

 返事を送ると、彼女はスタンプで「OK!」と応じてきた。そのやり取りだけでも、心の奥がじんわりと熱くなる。俺たちは、まだ不器用で仮面を脱ぎきれていないけれど、一緒に前へ進もうとしている。
 この“オンライン文化祭Vフェス”が、俺たちにとってどんな転機になるのか――予想がつかない。だが、一人じゃないから進める。そんな心強さに、ほんの少しだけ背中を押される気がした。

――――――――――――――――――――――――――――――

「懐かしき名前──桐ヶ谷 陸との再会」

 そんなビッグチャンスが舞い込んだ矢先、俺はもう一つの“再会”を経験することになった。きっかけはMIZUKI――いや、瑞希(ほぼそう確信しているけど、まだ表向きは違う名前)の何気ない一言だった。

「ねえ、ユウマくん。“踊ってみた”とかやろうと思ったことない?」

 コラボ配信の打ち合わせ通話をしていた深夜、MIZUKIがふと提案したのだ。オンラインフェスで目立つには、歌やトークだけじゃなく、パフォーマンスも必要かもしれないと。
 俺は正直、ダンスなんてからきしだ。顔も出せないし、そもそも身体を動かすのは苦手だ。しかし、MIZUKIは小さく笑いながら言った。

「実は、小学校の頃の知り合いで、ダンスが得意な子がいるの。通信制に通ってるからあまり会えてないけど、今も踊るの好きって聞いてて……」

 その名前を聞いたとき、一気に胸が騒いだ。
 ――桐ヶ谷 陸(きりがや りく)。小学生の頃、水泳でもサッカーでもなんでもこなす運動神経の塊だった男。明るい性格で人気者だったが、どこか影のある目をしていた記憶がある。
 中学に入る前に転校し、その後は音沙汰なし。彼が通信制高校に通っているのは噂程度には聞いていたが、まさか瑞希が連絡を取っているとは思わなかった。

「陸……懐かしい。あいつ、元気にしてんのかな」

「うん、多分。連絡してみようか? もしOKなら、私たちの“踊ってみた”部分をバックアップしてくれるかもしれない。そうすればVフェスでももっと華やかになるんじゃない?」

 確かに心強い提案だ。歌やトークだけだと限界があるし、何より陸が加われば青春っぽさが一気に増す気がする。

「……いいかも。それに、あいつに久々に会ってみたい。俺、昔は正直ちょっと羨ましかったんだよな。何でも器用にできるし、友達も多くて……」

 自分が“美少女みたいな顔”とからかわれて萎縮していた頃、陸は男らしくどんどん前へ出ていくタイプだった。性格もポジティブで、クラスのムードメーカー。それがどこか眩しくて、羨望や嫉妬に近い感情を抱いていたのを思い出す。
 それでも、陸が何か悩みを抱えているような雰囲気を察していたのも事実。怪我でスポーツ推薦を失った、家庭の事情がどうこう――断片的に噂で聞いたが、詳細は知らないままだ。
 MIZUKIは「うん、じゃあ私から連絡してみるね」と言って、すぐに動いてくれた。数日後、彼女が「陸、少し乗り気みたい」と教えてくれたときは、思わず頬が緩むのを感じた。

「これで、陸まで加わったら……なんか、昔の俺たちに戻るみたいだな。いや、今は“俺たち”って言うほど仲良くなかったかもしれないけど……でも、小学生の頃は何度か遊んだよな……」

 思い返せば、俺・瑞希・陸の3人が並んでいた時期もあった。あの頃はまだ、“顔”を馬鹿にされることもそこまでひどくなかったし、瑞希も“委員長”として背負うものなんてなかった。
 もしまた3人が集まるなら、それは奇跡のような再会だ。Vフェスのステージに向けて、何か大きな力を発揮できる気がする――そんな期待が胸を弾ませる。
 そして、数日後の夕方。俺のスマホに着信があった。ディスプレイに表示された名前は「桐ヶ谷陸」。

「よお、久しぶり……ああ、声変わってないっつーか、相変わらず中性的だな、お前」

 出るなり、軽口を叩いて笑う声。聞き慣れた、でもどこか大人びた響きに、一瞬で小学生の頃の記憶がフラッシュバックする。
 思わずドキリとするが、陸はガハハと笑いながら続けた。

「とはいえ、すげーわ。配信でバズってるって聞いてよ。しかも“元委員長”のMIZUKIとコラボしてるとか、世の中わかんねーもんだな」

「お前こそ、久々すぎだろ。通信制って聞いてたけど、ダンスは続けてんだな」

「ま、細々とやってる。バイトしながらな。……で、例のVフェスでなんか手伝えって話だろ? お前らと踊るわけじゃないが、振り付けとか構成とか考えるんだろ?」

 相変わらずの軽快なテンポに、俺は緊張がほぐれるような懐かしさを感じた。彼がいるだけで、空気が変わる。その明るさの裏にどんな葛藤があるのかは、まだ詳しく聞けないけれど。
 とにかく、これで“陸が参戦”はほぼ確定だ。俺と瑞希(MIZUKI)と陸、3人でVフェスに向けた“ユニット”を組む。

「お前らの“声”に合わせて、俺が動きで魅せる……そういう構図かもな。なんか面白そうじゃね?」

 電話越しに陸がそう言った瞬間、なぜか胸が熱くなる。こんなふうに“チーム”を結成するなんて、まさに部活や青春の延長みたいじゃないか。ずっと閉ざしていた学園生活の夢が、少しだけ形を変えて戻ってきたようだ。

――――――――――――――――――――――――――――――

「躊躇う想い──瑞希が語れない理由」

 そんな風にして、3人の連携が水面下で始まりかけた頃。
 瑞希――MIZUKIの方は、まだ心の奥底で“ある迷い”を抱えていた。俺や陸には言えない、ずっと抱え込んだままの秘密。
 「自分が篠原瑞希だ」という事実。そのうえで、中学時代に“何もできなかった”後悔。それをどう伝えればいいのかわからないまま、彼女は毎晩のように配信や打ち合わせ通話をこなし、時に夜遅くまで勉強や課題に追われていた。
 高校では、周囲から“真面目で優等生”と認識されている。ここでも気づけば“委員長キャラ”の延長戦みたいになってしまい、誰にも弱音を吐けない。学校の友人もいるにはいるが、みんな表面的な付き合いばかり。
 そんな中で、唯一ホッとできるのが“Vtuber MIZUKI”としての時間。そこでは“清楚系お姉さん”として振る舞いながらも、少しずつ自分の本音を出してきた。
 けれど――悠真と再会してから、彼女の心はさらに複雑に絡まっていた。

「私、いつになったら、ちゃんと言えるんだろう。……あんたを助けられなかったことを、ずっと悔やんでたって」

 自室の窓辺に腰かけ、夜の闇を見つめながら瑞希はそっとつぶやく。
 同じ学校に行っているなら、直接会おうと思えば可能だろうが、悠真が不登校である以上、彼が学校に来る可能性は限りなく低い。そもそも瑞希も、自分が“あの瑞希”だと名乗り出る覚悟がまだ決まりきっていない。
 それでも彼の配信を観ていると、“顔”のトラウマを抱えながらも少しずつ前に進もうとしている姿がわかって、胸が痛いほど愛おしい。彼の声はあの頃よりずっと成長して、でもどこか繊細な響きを持っている。
 陸という存在の参戦も、瑞希にとっては大きな事件だ。小学生の頃、3人で遊んだ記憶はほんの断片しかないが、陸が家の事情や怪我で悩んでいたのをどこかで聞いたことがある。その過去を思うと、彼もまた“傷”を背負っているのではと気になってしまう。

「……私は、また誰かを救えないんじゃないかって、怖い。あのときみたいに、見て見ぬふりをしてしまうんじゃないかって……」

 そう口にした途端、胸がぎゅっと痛む。あの時、クラスメイトの悪ふざけがエスカレートしていくのを、瑞希は注意しなかった。自分が委員長として皆をまとめる立場にあったからこそ、波風を立てたくなくて、それが悠真の背中を押してしまったのかもしれない。
 今さらどうしようもない過去。でも、もう同じ過ちは繰り返したくない。だからこそ、陸がいてくれるなら、今度は“仲間”として本気で守り合えるかもしれない。
 そう思う一方、悠真に「私が瑞希だよ」と告げるだけで、彼の心にどんな衝撃を与えるかが分からず、言い出せない。
 悶々としたまま眠れない夜が続く。けれど、Vフェスのステージは刻一刻と近づいているし、チームとしての練習や作戦会議も増えていく。
 “あの時の自分”を過去に置き去りにできるのは、いつなのか。あるいは、もう一度あの時と向き合わなければ先に進めないのか――そんな問いが、瑞希の中で答えを出せないまま、日に日に大きくなっていく。

――――――――――――――――――――――――――――――

「青春のかけらを拾い集める──3人の始動」

 そんな悩みや迷いを抱えつつも、俺たち3人――悠真(ユウマ)、瑞希(MIZUKI)、そして陸は、オンライン上で通話を繋ぎ、グループとして動き出した。
 最初の課題は“Vフェスで何をやるか”。雑談や歌だけではインパクトに欠けるし、かと言って大掛かりなライブ演出は顔出しNGの俺には難しい。そこで陸が提案したのは「オリジナル曲とダンスを組み合わせたステージにする」というものだった。

「お前らが歌って、俺が踊る。“画面越し”でもインパクト出るはずだろ。背景は叔父さんが作ってくれるんだっけ? なら空間演出も工夫できそうじゃね?」

 陸の言葉はいつも簡潔で力強い。Vフェスはオンライン配信だから、実際にステージに立つわけではないが、カメラと合成用背景によって“ライブ感”を作ることは可能だ。
 俺たちが歌う映像と、陸が踊る映像、叔父が撮影してくれた“ドールハウス背景”などを組み合わせて一つの世界観を作る。さらに、リアルタイムで雑談やMCパートを挟むという構成だ。
 そこで問題になるのが、俺が“顔を出さずに歌う”ためにはどうすればいいか、という点。単純にアバターで歌うだけでは物足りないが、顔バレのリスクは絶対避けたい。
 すると、陸がすぐにアイデアを出してくれた。

「マスクやサングラスでも被ればいい、って話じゃなくて? もちろん配信だし、VRアバターを動かす方法もあるんだろ。でもそれだと“お前らの生”が伝わりづらい」

「たしかに……でも、俺、実際に踊ったりステージに立ったりはできないし。まして顔は絶対NGで……」

「じゃあ、顔を隠す“被り物”ってのは? 手作りでキャラ感あるやつを作れば、それ自体が個性になる。ま、昔の特撮ヒーローみたいに顔を全面マスクで覆っちゃえば、正体バレないし、ライブ感も出るかもしれねーじゃん」

 意外とアリかもしれない。そう思って瑞希のほうを伺うと、彼女は電話越しに小さく笑う。

「陸らしい発想……でも、面白いかも。やり過ぎるとコスプレ大会みたいになるけど、そこを“かわいい”とか“カッコいい”とか洗練させれば、ネット映えするよね。私がやってる清楚系の雰囲気にも合わせられるようにすればいいし」

 こうして雑談しながら生まれるアイデアが、さながら部活のミーティングのようで楽しい。
 小学生の頃、3人が並んで昼休みに遊びのルールを決めていた光景を思い出す。あの頃はまだ、笑い合って過ごせていた。今もこうして笑えるのが、なんだか不思議な気分だ。
 瑞希は言う。「じゃあ、陸が衣装やマスクのアドバイス、悠真は歌詞やメロディの考案。私はそれを総合的にまとめて演出……って感じかな」
 自分たちで曲を作るなんて思いもしなかったが、実は俺はちょっとした詞やメロディを考えるのが好きだった。配信のBGMを自作したいと思ったこともある。

「とは言え、作曲ソフトの使い方とか、そこから伴奏を作ってアレンジしてもらうとか、いろいろ大変そうだな……」

「大丈夫だろ。俺が知り合いにちょっと詳しいヤツいるから、手伝ってもらえるかも」

 陸が軽快に言う。やはりコミュ力が高い彼らしい。こういう人脈の広さは大きな武器になるだろう。
 こうして3人は、それぞれの得意分野を持ち寄って“Vフェスでの大舞台”を作り上げる。まるで小さなプロダクションチームみたいに、毎日のように通話やデータ共有で試行錯誤する日々が始まった。
 俺は配信活動で培った“声”の表現、瑞希は“リーダーシップ”と“人に伝わる演出”、陸は“ダンスと天才的な身体表現”。顔や仮面こそバラバラだが、この3人なら“青春のかけら”をもう一度拾い集められるんじゃないかと、強く感じるのだ。

――――――――――――――――――――――――――――――

「ネットに渦巻く噂の影──顔バレの恐怖」

 だが、そんな順調に見える日々の裏側で、ネットは着実にざわつき始めていた。
 とある匿名掲示板には、こんなスレッドが立っていた。

《【噂】ユウマ=中学時代に顔晒しでイジられた“あの男子”? 真相を探るスレ》

 本文には、「女の子みたいな顔の男子が、Vtuberデビューしてるらしい」「顔出ししない理由がある」「MIZUKIも学級委員キャラだったとか」「2人とも高校生で、リアルでは隠してるらしい」と、憶測が羅列されている。
 まだ確定的な情報は上がっていないが、書き込みの一つひとつが俺たちの“仮面”に迫るようで冷や汗が出る。中には写真らしきものをチラつかせるやつもおり、「昔のクラスメイトが出てくれば一発でバレる」と煽り立てる投稿も見受けられた。
 同時に、瑞希側にも“あの委員長っぽい女が実は高校生らしい”といった書き込みが散見される。MIZUKIが在籍している高校名まで推測するような文章もあり、何かの拍子で本人特定に繋がりかねない危うさをはらんでいた。

「まずいな……これ以上エスカレートしたら、本当に身バレして炎上コースかも」

 深夜、スマホで掲示板を見てしまった俺は、胸がざわついて眠れなくなった。配信で得た自信が、この一瞬で崩れ去りそうになる。
 だが、ここで逃げたら“あの頃”と同じだ。嫌がらせやからかいを前に、何もできず学校に行かなくなった過去を繰り返すだけ。
 そう思うと、自然とスマホを握りしめて誰かに助言を求めたくなる。まず頭に浮かんだのは、MIZUKIと陸の姿。
 ――しかし、この時間帯。躊躇した末に通話アプリを開くが、2人ともステータスはオフラインになっている。特に陸はバイトもしているし、夜中は疲れて眠っているかもしれない。瑞希も高校の課題や学業があるだろう。
 結局、誰にも連絡できないまま夜が更けていく。布団の中で身を丸め、深く息を吐く。眠ろうと目を閉じるが、不安で頭がぐるぐる回ってしまう。

「……もしバレたら、どうなるんだろう。ネットで晒されて“美少女みたい”って笑われて……もう一度、学校に行けなくなるような事態になったら……」

 想像するだけで呼吸が苦しくなる。Vフェスのような大舞台が迫っているせいで、余計に“万が一”が怖い。
 でも、そんな時こそ思い出すのは、MIZUKIのあの言葉。「顔がなくても、あなたの声は本物だし、十分魅力的だよ」と言ってくれた、あの優しいトーン。
 もし身バレしそうになったら、彼女なら支えてくれるだろうか。陸なら一緒に戦ってくれるだろうか――勝手な期待かもしれないが、今はそれにすがるしかない。

「逃げちゃダメだ……でも、逃げてもいい。……いや、もう逃げない。逃げたくない」

 アニメ名言をパロディで呟きながら、俺は必死に自分を落ち着かせる。
 この夜はきっと長い。明日起きたらまた“配信の準備”や“3人での曲づくり”が待っている。それを一つずつ積み重ねながら、俺は前に進むしかない。ネットの噂なんかに潰されてたまるか――そう自分に言い聞かせ、なんとか目を閉じた。

――――――――――――――――――――――――――――――

「もう一度、外の世界へ──試される絆」

 翌週の土曜午後。俺は陸の提案で“屋外”に出ることになった。と言っても、顔を晒して人通りの多い繁華街に行くわけではない。川沿いの公園の一角で、軽い打ち合わせをするというのだ。

「そこならあんまり人いないし、俺がダンスの実演とかもできるからさ。実際に会うのが無理なら、遠巻きに見てくれてもいいけど……どうする?」

 そう陸から言われたとき、俺は正直かなり迷った。でも、引きこもってばかりじゃ何も始まらないと思い、覚悟を決めてみる。
 もちろん“フル顔バレ”は絶対避けたい。マスクに帽子、フードを深めに被って、とにかく人相がわからないようにする。誰かに見られても、俺だと認識されないレベルの怪しい男になり下がる予定だ。
 そして当日。陸から「ちょっと早めに着いたけど、どこにいる?」というメッセージが届き、ビクビクしながら公園の奥に足を運ぶ。
 薄曇りの空。川沿いにはジョギングする人や家族連れがちらほら。俺は顔を伏せるようにして、陸と落ち合う場所を探す。
 そこに立っていたのは、予想以上に背が伸びた金髪の少年だった。浅黒い肌、動きやすそうなパーカーにジョガーパンツ。相変わらずスポーティーだが、顔つきには大人びた影が伺える。
 遠目に見つめていると、彼は俺に気づいて大きく手を振った。

「おい、そっち、そっち! フードの変人、もしかして悠真か?」

 周囲に響きそうな大声に、思わず「やめろ」と小声で返す。俺は慌てて近寄り、視線を下げたまま言う。

「馬鹿、デカい声出すなって……。マスクしてるとはいえ恥ずかしいんだから」

「へっ、悪い悪い。でもお前、変な格好してんなー。まあ、久々に会ったけどすぐわかったわ、その雰囲気」

 陸はまったく悪びれた様子もなくゲラゲラ笑う。それが余計に救われる気持ちになるのは不思議だ。厳重装備の俺を見ても、馬鹿にする感じはない。ただ「相変わらずお前はお前だな」みたいな受け止め方をしてくれている。
 そこから少し離れた芝生エリアで、陸は「こんな感じで踊ろうと思ってる」と即興で動きを見せてくれた。腰のキレや足さばきのスムーズさに、思わず目を見張る。さすが昔から運動神経が良かっただけのことはある。

「お前、ほんと凄いな……。まだ練習してんのか?」

「練習っていうか、これしか取り柄がなくなったからな。昔はスポーツ推薦で行くはずが怪我して……まあ、そういう話はいいんだ。今は通信制行きながらバイトで稼いでる。ダンスは自己流だけど、やっぱ俺の一番の武器だから」

 陸は照れくさそうに言いながらも、誇らしげな目をしている。やっぱり努力家なのだろう。俺みたいにトラウマで引きこもっているわけではなくても、彼にも彼なりの苦しさがあったに違いない。
 そんな思いを巡らせていると、陸が不意に低い声で言った。

「……お前、久々に外出たんだろ? ま、こんな公園程度かもしれないけど、どうだ? 怖いか?」

 ドキリとする。たしかに周りに人がいるのは落ち着かないし、顔を見られてないか気になってしょうがない。けれど、陸の存在のおかげで思ったより耐えられているのも事実。

「少し怖いけど……思ったより大丈夫。なんか、誰も俺のことなんて気にしてない感じだし」

「そりゃそうだ。みんな自分のことで忙しい。……お前、昔から“目立っちゃう”ことが苦手だったよな。それはお前のせいじゃねーし、気にすんな」

 陸が短く言い切る。そのあっさりした言葉に、救われるような気がした。何度も顔をからかわれた過去を持つ俺にとって、「気にすんな」の一言は魔法みたいに効くときがある。
 ふとスマホが震えて、「お疲れー。2人とも会ってる?」と瑞希からメッセージが来た。彼女は今日は来られないらしいが、後で通話で報告してほしいとのことだ。

「……あいつも頑張ってるからな。委員長キャラってのは、マジで大変そうだし」

「お前、MIZUKIのこと何か知ってんのか? まだあいつ、何も言わないんだよな……」

 思わず本音がこぼれそうになる。陸は「ま、色々あんだろ」と肩をすくめるだけだったが、その横顔にはどこか憂いを帯びたものがある。
 もしかしたら、陸も“瑞希=MIZUKI”だと察しているのかもしれない。あるいは過去の人間関係をうっすら覚えていて、同じように話しづらい事情があるのか。
 それでも、今はこうして外の世界で話せている。その事実だけで、俺の心は少しずつ外へ向き始めているのを実感する。

「よし、じゃあ本格的に踊る振り付けは、お前が仕上げたらデータで送ってくれ。俺らが映像で合わせられるように練習してみるよ」

「オーケー。じゃあ俺も、早めにバイト減らして時間確保しねーと。フェスまでそんなに日数ないだろ?」

 こうして2人で簡単にスケジュールを確認し合う。短い時間の滞在だったが、久々に顔を合わせ(正確には俺は“顔を隠して”だけど)、かつてのクラスメイトだった陸と再連携できたのは大きい。
 帰り際、陸がぽんと俺の肩を叩き、「無理すんなよ」と笑う。俺は慌てて彼の手を振り払うが、そこには嫌悪感はなかった。むしろ、懐かしさと安心感が混ざり合う。
 そう、もう一度、外の世界へ出るために――俺たちは再び集まり始めている。
 不安は消えない。ネットの噂は怖いし、いつ“顔バレ”や“正体バレ”が起きてもおかしくない。けれど、仲間がいるから踏み出せる一歩が確かにある。
 “3人で一緒に青春をやり直そう”なんて、言葉にするのは気恥ずかしい。でも、それに近い想いを胸の奥で強く温めながら、俺は夕暮れの公園をあとにする。
 さあ、これからが本番だ。Vフェスに向けた猛練習や楽曲制作が待っているし、恋のもどかしさや外野の噂とも戦わなければならない。
 逃げていたら始まらない。今はそう信じて、少しだけ足取りを軽くして帰路に就く。マスク越しに感じる風は思ったより冷たいが、心には確かな熱がある。
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