6 / 88
1 急転直下
2-1
しおりを挟む
* * * *
遡ること一年前--。
星が瞬き始めた頃、杏奈は両親が経営する弁当屋までの道を全速力で走っていた。
駅の南口にある商店街とは違い、北口からだいぶ離れた製菓工場の隣にある、昔ながらの長屋の中の一画にある小さな弁当屋。工場で働く人や地元の人が買いに来てくれる、地域に根ざしたお店だった。
売り上げよりもお客様重視、利益なんて気にせず気ままに経営を続けてきたが、今日の母親からの電話で事態が急変したことを知った。
『もう弁当屋を続けられないかもしれない……』
「えっ……な、なんで⁈ お父さんに何かあったの?」
『そうじゃないの。実は--』
ただでさえ暑い七月。昼間の暑さは少し落ち着いたものの、じめっとした空気に汗が止まらなくなる。
通りを挟んで向こう側に長屋が見え、その中で唯一灯りがともっている左から二番の店が、杏奈の両親が経営する弁当屋だった。
閉店のための片付けをしていた母親が杏奈の姿に気付き、驚いたような表情に変わる。
「杏奈! どうしたの……」
「だって! あんな電話をもらったら居ても立っても居られないじゃない……というか水が飲みたい! 喉乾いちゃった」
息を切らしながらその場にしゃがみ込んでしまうと、店の中から父親がグラスに入った水を持って出てきた。
「ほら、水」
「ありがとう」
「中で飲みなさい。とりあえずお店閉めちゃうから」
「わかった」
杏奈がその場から立ち上がってガラス戸を引いて店内に入ると、母親はすぐさまシャッターを下ろしてドアの鍵を閉める。
店の厨房に入った杏奈は作業台のそばに立ち、明らかに動揺している様子の父親の顔を見た。
「母さん、杏奈に連絡したのか」
「だって……」
「いいじゃない。私は家族だよ。知る権利はあるでしょ?」
「だとしても……お前はもうこの家を出ているし、自分の生活があるだろう?」
「家は出ているけど戸籍はまだこの家にあるんだから、無関係ではありません!」
「そんなら減らず口を……」
「娘なんだから心配するのは当たり前じゃない!」
杏奈が怒りに任せてそう言い放つと、父親は観念したように息を吐いて下を向いた。
遡ること一年前--。
星が瞬き始めた頃、杏奈は両親が経営する弁当屋までの道を全速力で走っていた。
駅の南口にある商店街とは違い、北口からだいぶ離れた製菓工場の隣にある、昔ながらの長屋の中の一画にある小さな弁当屋。工場で働く人や地元の人が買いに来てくれる、地域に根ざしたお店だった。
売り上げよりもお客様重視、利益なんて気にせず気ままに経営を続けてきたが、今日の母親からの電話で事態が急変したことを知った。
『もう弁当屋を続けられないかもしれない……』
「えっ……な、なんで⁈ お父さんに何かあったの?」
『そうじゃないの。実は--』
ただでさえ暑い七月。昼間の暑さは少し落ち着いたものの、じめっとした空気に汗が止まらなくなる。
通りを挟んで向こう側に長屋が見え、その中で唯一灯りがともっている左から二番の店が、杏奈の両親が経営する弁当屋だった。
閉店のための片付けをしていた母親が杏奈の姿に気付き、驚いたような表情に変わる。
「杏奈! どうしたの……」
「だって! あんな電話をもらったら居ても立っても居られないじゃない……というか水が飲みたい! 喉乾いちゃった」
息を切らしながらその場にしゃがみ込んでしまうと、店の中から父親がグラスに入った水を持って出てきた。
「ほら、水」
「ありがとう」
「中で飲みなさい。とりあえずお店閉めちゃうから」
「わかった」
杏奈がその場から立ち上がってガラス戸を引いて店内に入ると、母親はすぐさまシャッターを下ろしてドアの鍵を閉める。
店の厨房に入った杏奈は作業台のそばに立ち、明らかに動揺している様子の父親の顔を見た。
「母さん、杏奈に連絡したのか」
「だって……」
「いいじゃない。私は家族だよ。知る権利はあるでしょ?」
「だとしても……お前はもうこの家を出ているし、自分の生活があるだろう?」
「家は出ているけど戸籍はまだこの家にあるんだから、無関係ではありません!」
「そんなら減らず口を……」
「娘なんだから心配するのは当たり前じゃない!」
杏奈が怒りに任せてそう言い放つと、父親は観念したように息を吐いて下を向いた。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる