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第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!
第81話 ギルドの刺客と、魔王、自撮りと戦う
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【異世界・マカイ亭】
「いやー、シェフ、すごかったですね!」 昼のピークが過ぎ、リリアはカウンターを拭きながら、まだ興奮冷めやらぬ様子で陽人に話しかけた。 「あんなに偉そうな人、私、初めて見ましたよ! でも、シェフのデザート食べたら、黙って帰っちゃった! きっと、美味しすぎて言葉も出なかったんですよ!」 「は、はいぃ! 聖者シェフ様の『秩序を乱す』美味さに、魂を抜かれたんです!」 「お前ら、ちょっと落ち着け……」
陽人は、二人の(特にギギの盛大な勘違いを含んだ)賛辞に、乾いた笑いを返すしかなかった。 (……どう見ても、魂を抜かれたんじゃなくて、怒りに燃えてた顔だっただろ) あの料理ギルドの男の、最後の視線。それは明らかに「異端者め、覚えていろ」という色をしていた。オルロフ公爵という強力な盾は手に入れたが、同時に、王都の料理界全体という、巨大で面倒な敵を作ってしまった可能性が高い。
「……バルガス」 陽人が、黙々と巨大な寸胴鍋を磨いている背中に声をかける。 「……なんだ」 「いや……なんでもない。今日も頼りにしてる」 「……ウス」 (……まあ、悩んでも仕方ないか)
陽人は、目の前の現実――山のような仕込み――に意識を戻した。新たな敵が来ようが、聖者と祀り上げられようが、腹は減る。客は来る。ならば、料理人は、ただ最高の料理を作り続けるだけだ。
「よし! 第二弾も好評だったし、第三弾、考えるぞ! 今度のテーマは……そうだ、『癒し』だ!」 「いやし、ですか?」 「ああ! ギルドの連中も、隣の子爵も、あまりにイライラしすぎてる! きっと、癒しが足りてないんだ! 食えば全ての怒りがどうでもよくなるような、究極の癒しメニューを作ってやる!」 「さ、さすがシェフ! 発想が聖者です!」 「ひぃぃ! 究極の癒し……! きっと、天国のお花畑の味がするんです!」
陽人の、若干ヤケクソ気味な宣言が、リリアとギギの純粋な(?)賞賛によって、またしても聖者の神託へと変換されていく。 陽人は、頭をガシガシとかきながら、新たなレシピ開発という名の、終わらない戦いへと没頭していくのだった。
【日本・横浜】
魔王ゼファーは、四畳半の畳の上で、己の知性の限界に直面していた。 彼の前には、中古スマホショップで「契約」の対価として手に入れた、一台のスマートフォン(中古のiPhone)が鎮座している。
「……解せぬ」 ゼファーは、威厳のある声で呟いた。その指は、画面の上を不器に滑り、意図しないアプリ(標準搭載の『株価』)を起動させてしまっている。 「ギギよ。この『日経平均』とは、いかなる魔獣だ? 我が財産(日給)に、どのような影響を及ぼす?」 「ひぃぃ! ま、魔王様! その数字、真っ赤です! きっと、何かの呪いです! 触れてはいけません!」
ゼファーは、ギギの悲鳴をBGMに、必死で画面と格闘していた。オヤカタに教わった「フリック入力」なるものが、彼にはどうにも理解できない。 「なぜだ! 我が意図通りに『あ』が入力できぬ! 『い』! 『い』! 『う』! ええい、我は『あ』を求めておるのだ!」 渾身の力で画面をタップするせいで、スマホが「カカカカッ!」と悲鳴のような音を立てている。
「魔王様! 昨日図書館で借りてきた『スマホ入門』の書によれば、『優しく撫でるように』と…!」 「撫でるだと!? このような魔導具、力で屈服させるのが道理であろう!」
ゼファーが、己の戦闘理論とスマホ理論のギャップに苦悩していると、誤って、一つの見慣れないアイコン――『カメラ』――に触れてしまった。 瞬間、液晶画面に映し出されたのは、眉間にシワを寄せ、スマホにガンを飛ばしている、己の顔のドアップだった。
「なっ……!?」
ゼファーは、驚きのあまり、スマホを取り落としそうになった。 「ば、馬鹿な!? 我が魂が、この板に封印されただと!?」 それは、彼が生まれて初めて体験する、「自撮り(インカメラ)」だった。 「ひぃぃ! 魔王様の、お顔が、二つに!?」 ギギもパニックを起こし、ゼファーの背後に隠れる。
ゼファーは、震える手でスマホを拾い上げ、もう一度カメラを覗き込んだ。画面の中の自分も、同じように深刻な顔でこちらを見ている。 (……これが、陽人の世界の『鏡』か? だが、動くぞ…? いや、違う。これは、この瞬間の我を『記録』する魔術……!)
統治者としての好奇心が、恐怖を上回った。彼は、おそるおそる、画面の隅にあったシャッターボタンらしきものを押してみた。 カシャッ、という軽い音。
「……む?」 彼は、今度は『写真』というアイコンを開いてみた。 そこには、先ほどの、驚愕に目を見開いた自分の顔が、完璧に保存されていた。
「……おお」 ゼファーは、思わず感嘆の声を漏らした。 (……なんと。時を、切り取る力だと……?) これは、歴史の記録を根底から覆す、恐るべき技術だ。魔界の宮廷絵師が、一月かけて描く肖像画よりも、正確で、瞬時に。
「魔王様! 私も! 私も、封印してください!」 ギギが、いつの間にか恐怖を克服し、キラキラした目でゼファーの隣に顔を出してきた。 「ふん。よかろう」 カシャッ。 画面には、強面の魔王と、その肩口からひょっこり顔を出す、怯えと好奇心が混じったゴブリンの、奇妙なツーショットが記録された。
「……ふふ」 「は、はいぃ!」 「ふ、ふはははは!」 ゼファーは、そのあまりにシュールな絵面に、思わず、久しく忘れていた大笑いを漏らした。 「こ、これは傑作だ! 我が威厳が、この小動物(ギギ)によって台無しではないか!」 「ひぃぃ! ご、ごめんなさい! でも、魔王様と一緒ですぅ!」
その時、ゼファーの笑い声がピタリと止まった。 彼の視線は、ニュースアプリが自動で表示した、一つの見出しに釘付けになっていた。
『速報:横浜港 局地的大雨警報 発令。河川の氾濫に厳重警戒』
「……かわの、はんらん?」 ゼファーは、その単語を、訝しげに繰り返した。 オヤカタと「ばーべきゅー」の儀式を執り行った、あの穏やかな河原。あれが、氾濫する?
「ギギよ。……これは、新たな『試練』の予兆かもしれんな」 ゼファーは、スマホがもたらす「便利さ」と、同時に「脅威(情報)」の奔流に、静かに身構えるのだった。
「いやー、シェフ、すごかったですね!」 昼のピークが過ぎ、リリアはカウンターを拭きながら、まだ興奮冷めやらぬ様子で陽人に話しかけた。 「あんなに偉そうな人、私、初めて見ましたよ! でも、シェフのデザート食べたら、黙って帰っちゃった! きっと、美味しすぎて言葉も出なかったんですよ!」 「は、はいぃ! 聖者シェフ様の『秩序を乱す』美味さに、魂を抜かれたんです!」 「お前ら、ちょっと落ち着け……」
陽人は、二人の(特にギギの盛大な勘違いを含んだ)賛辞に、乾いた笑いを返すしかなかった。 (……どう見ても、魂を抜かれたんじゃなくて、怒りに燃えてた顔だっただろ) あの料理ギルドの男の、最後の視線。それは明らかに「異端者め、覚えていろ」という色をしていた。オルロフ公爵という強力な盾は手に入れたが、同時に、王都の料理界全体という、巨大で面倒な敵を作ってしまった可能性が高い。
「……バルガス」 陽人が、黙々と巨大な寸胴鍋を磨いている背中に声をかける。 「……なんだ」 「いや……なんでもない。今日も頼りにしてる」 「……ウス」 (……まあ、悩んでも仕方ないか)
陽人は、目の前の現実――山のような仕込み――に意識を戻した。新たな敵が来ようが、聖者と祀り上げられようが、腹は減る。客は来る。ならば、料理人は、ただ最高の料理を作り続けるだけだ。
「よし! 第二弾も好評だったし、第三弾、考えるぞ! 今度のテーマは……そうだ、『癒し』だ!」 「いやし、ですか?」 「ああ! ギルドの連中も、隣の子爵も、あまりにイライラしすぎてる! きっと、癒しが足りてないんだ! 食えば全ての怒りがどうでもよくなるような、究極の癒しメニューを作ってやる!」 「さ、さすがシェフ! 発想が聖者です!」 「ひぃぃ! 究極の癒し……! きっと、天国のお花畑の味がするんです!」
陽人の、若干ヤケクソ気味な宣言が、リリアとギギの純粋な(?)賞賛によって、またしても聖者の神託へと変換されていく。 陽人は、頭をガシガシとかきながら、新たなレシピ開発という名の、終わらない戦いへと没頭していくのだった。
【日本・横浜】
魔王ゼファーは、四畳半の畳の上で、己の知性の限界に直面していた。 彼の前には、中古スマホショップで「契約」の対価として手に入れた、一台のスマートフォン(中古のiPhone)が鎮座している。
「……解せぬ」 ゼファーは、威厳のある声で呟いた。その指は、画面の上を不器に滑り、意図しないアプリ(標準搭載の『株価』)を起動させてしまっている。 「ギギよ。この『日経平均』とは、いかなる魔獣だ? 我が財産(日給)に、どのような影響を及ぼす?」 「ひぃぃ! ま、魔王様! その数字、真っ赤です! きっと、何かの呪いです! 触れてはいけません!」
ゼファーは、ギギの悲鳴をBGMに、必死で画面と格闘していた。オヤカタに教わった「フリック入力」なるものが、彼にはどうにも理解できない。 「なぜだ! 我が意図通りに『あ』が入力できぬ! 『い』! 『い』! 『う』! ええい、我は『あ』を求めておるのだ!」 渾身の力で画面をタップするせいで、スマホが「カカカカッ!」と悲鳴のような音を立てている。
「魔王様! 昨日図書館で借りてきた『スマホ入門』の書によれば、『優しく撫でるように』と…!」 「撫でるだと!? このような魔導具、力で屈服させるのが道理であろう!」
ゼファーが、己の戦闘理論とスマホ理論のギャップに苦悩していると、誤って、一つの見慣れないアイコン――『カメラ』――に触れてしまった。 瞬間、液晶画面に映し出されたのは、眉間にシワを寄せ、スマホにガンを飛ばしている、己の顔のドアップだった。
「なっ……!?」
ゼファーは、驚きのあまり、スマホを取り落としそうになった。 「ば、馬鹿な!? 我が魂が、この板に封印されただと!?」 それは、彼が生まれて初めて体験する、「自撮り(インカメラ)」だった。 「ひぃぃ! 魔王様の、お顔が、二つに!?」 ギギもパニックを起こし、ゼファーの背後に隠れる。
ゼファーは、震える手でスマホを拾い上げ、もう一度カメラを覗き込んだ。画面の中の自分も、同じように深刻な顔でこちらを見ている。 (……これが、陽人の世界の『鏡』か? だが、動くぞ…? いや、違う。これは、この瞬間の我を『記録』する魔術……!)
統治者としての好奇心が、恐怖を上回った。彼は、おそるおそる、画面の隅にあったシャッターボタンらしきものを押してみた。 カシャッ、という軽い音。
「……む?」 彼は、今度は『写真』というアイコンを開いてみた。 そこには、先ほどの、驚愕に目を見開いた自分の顔が、完璧に保存されていた。
「……おお」 ゼファーは、思わず感嘆の声を漏らした。 (……なんと。時を、切り取る力だと……?) これは、歴史の記録を根底から覆す、恐るべき技術だ。魔界の宮廷絵師が、一月かけて描く肖像画よりも、正確で、瞬時に。
「魔王様! 私も! 私も、封印してください!」 ギギが、いつの間にか恐怖を克服し、キラキラした目でゼファーの隣に顔を出してきた。 「ふん。よかろう」 カシャッ。 画面には、強面の魔王と、その肩口からひょっこり顔を出す、怯えと好奇心が混じったゴブリンの、奇妙なツーショットが記録された。
「……ふふ」 「は、はいぃ!」 「ふ、ふはははは!」 ゼファーは、そのあまりにシュールな絵面に、思わず、久しく忘れていた大笑いを漏らした。 「こ、これは傑作だ! 我が威厳が、この小動物(ギギ)によって台無しではないか!」 「ひぃぃ! ご、ごめんなさい! でも、魔王様と一緒ですぅ!」
その時、ゼファーの笑い声がピタリと止まった。 彼の視線は、ニュースアプリが自動で表示した、一つの見出しに釘付けになっていた。
『速報:横浜港 局地的大雨警報 発令。河川の氾濫に厳重警戒』
「……かわの、はんらん?」 ゼファーは、その単語を、訝しげに繰り返した。 オヤカタと「ばーべきゅー」の儀式を執り行った、あの穏やかな河原。あれが、氾濫する?
「ギギよ。……これは、新たな『試練』の予兆かもしれんな」 ゼファーは、スマホがもたらす「便利さ」と、同時に「脅威(情報)」の奔流に、静かに身構えるのだった。
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