異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

文字の大きさ
91 / 97
第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!

第90話 聖者の炊き出し裁判と、魔王の覇道(オムライス)理論

しおりを挟む
【日本・横浜】

 魔王ゼファーは、己の理論が、今、黄金色の輝きをもって証明される瞬間を待っていた。 四畳半の安アパート。その小さな台所(キッチン)は、彼の魔術工房(ラボラトリー)と化している。

「――見よ、ギギ! 我が叡智の結晶!」 ゼファーは、フライパンを神業のごとき手さばき(この数週間で異常に進化した)で操り、完璧な半熟に仕上げた黄金のオムレツを、チキンライスの上に滑らせた。

「は、はいぃぃっ! ま、眩しいです! 太陽のようですぅ!」 ギギは、畳の上で正座し、主君の神聖なる儀式を固唾をのんで見守っている。

「ふん。だが、まだだ」 ゼファーは、ケチャップ(という名の魔界の血盟)のチューブを手に取った。 「あの巫女(おくさま)は、兎(うさぎ)という軟弱な生物を描いた。だが、我が民(ギギ)に与える『加護』は、それではない。食らう者に、絶対的な『意志』と『誇り』を与える、これをおいて他にない!」

 ゼファーの指先が、ケチャップを自在に操る。 完成した皿を、ギギの前に、ドン、と置いた。 「食すがよい。我が『覇道オムライス』を!」

 そこには、ケチャップで描かれた、恐ろしく精巧で、威圧感満点の**『魔王軍の軍旗の紋章』**が、赫(あか)く輝いていた。

「ひぃぃぃぃ! も、もったいなくて食べられません! 食べたら、僕、魔王様の兵士として、あの『ごみぶんべつ』の戦場(いくさば)で、命を捧げねばならない気がしますぅ!」 「何をためらうか! 食え! それこそが、我が『意志(おまじない)』の力よ!」

 ギギは、震えるスプーンで、紋章を崩さないよう、恐る恐るオムライスを口に運んだ。 瞬間、ギギの小さな瞳がカッ!と見開かれた。 (お、美味しい……! 卵はふわふわで、ご飯はパラパラで……なのに!) ギギは、一口食べるごとに、まるで魔王様に忠誠を誓わされているかのような、厳かな気持ちになっていく。

「ま、魔王様!」 ギギは、スプーンを握りしめ、ビシッ!と立ち上がった。 「はいぃ! ぼ、僕、分かりました! このオムライスを完食した暁には、あの『ねずみ色のスライム(こんびにごきぶり)』すら、素手で討伐できる気がします!」 「うむ!」ゼファーは、深く、満足げに頷いた。「それこそが、我が『覇道理論』の真髄よ! 料理とは、栄養(からだ)を満たすと同時に、魂(こころ)をも支配する、究極の統治術なのだ!」

 ゼファーは、自らの哲学が完成したことに、密かな高揚感を覚えていた。 (陽人よ。貴様の『愛情』理論、確かによい。だが、王が民に与えるのは、それだけではない。『誇り』と『力』を与えることこそ、真の『食』だ)

 彼が、自らの理論の完璧さに悦に入っていると、ふと、ギギがスマホ(中古)の画面を覗き込み、首を傾げた。 「魔王様……? この『よーつーべ』に、魔王様(おくさま)以外の料理人も、たくさんおります……。この人たちは、『せかいのりょうり』と申しておりますが……?」

「む? 世界?」 ゼファーは、スマホの画面を覗き込んだ。 そこには、彼が知る日本料理(和食)や、あの『らたとぅーゆ』以外にも、無数の料理動画が並んでいた。インド、中国、イタリア……。 そして、彼の目は、ある一つの動画(サムネイル)に釘付けになった。

『戦火のシリア:市民が作る、一皿のケバブ』 『飢餓に苦しむアフリカの村へ、食料支援届く』

「……なんだ、これは」 ゼファーの顔から、笑みが消えた。 画面に映し出されていたのは、彼が知る「平和な日本」ではなかった。紛争、貧困、そして……「飢え」。 それは、彼が魔界で、当たり前のように見てきた光景。いや、自らが作り出してきた光景そのものだった。

「ま、魔王様……? あの人たち、ご飯、食べられてないみたいです……」 ギギが、不安げに呟く。 ゼファーは、無言で動画を見続けた。 (……この世界は。陽人の故郷は、全てが『平和』なのではないのか……?)

 オヤカタの現場。市役所。デパ地下。彼がこれまで見てきた、豊かで、秩序だった世界。 それは、この世界の「全て」ではなかったのだ。 彼が学んだ「法」も「契約」も、この映像の中の混沌の前では、無力に見えた。

「……ギギよ」 ゼファーは、重い声で言った。 「……我は、また、勘違いをしていたようだ。この世界の『平和』とは、我々が今享受している、このアパートの四畳半(へいわ)のことだけを、指すのではないらしい」 ゼファーの脳裏に、自らが統治していた魔界の民の顔が浮かんだ。彼らは、腹を満たしていたか? 笑っていたか?

(……陽人が目指していた『和平』とは。俺が目指すべき『統治』とは……) 魔王は、「覇道オムライス」の皿を前に、自らの哲学が、まだ、あまりにも未熟であったことを、静かに悟るのだった。

【異世界・マカイ亭】

「――というわけで! 明日! 王宮広場にて、『聖者の炊き出し裁判』が、執り行われることになりました! もちろん、食材は全て、ハルト殿の自腹です!」

 衛兵が告げた絶望的な事実に、マカイ亭の厨房は、一瞬、時が止まった。 リリアが持っていたお玉が、カラン、と乾いた音を立てて床に落ちる。

「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 陽人とリリアとギギの、人生最大ボリュームの悲鳴が、店内に響き渡った。

「す、数千人分!? しかも明日!? 自腹!?」 陽人は、衛兵の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。 「む、無理だ! 無理に決まってるだろ! うち、そんな大金ないぞ! 聖者フィーバーのお供え物(しょくざい)はタダでもらったけど、それ以外は、日々の売上でカツカツの下町食堂なんだぞ!」 「そ、そうですよ! 先月の私の給料、ちょっと待ってもらったばっかりじゃないですか!」 「ひぃぃ! じ、自腹……! ぼ、僕ら、臓器を売ることになりますぅ! ゴブリンの臓器なんて、二束三文ですぅ!」

 三人がパニックに陥る中、衛兵は「そ、それを私に言われましても…」と困惑するばかり。 その時、厨房の奥から、冷静な声が響いた。

「……面白い」 「え?」 陽人が振り返ると、そこには、いつの間にか店を訪れていた、王都料理ギルドの、あの眉毛の長いギルドマスターが、腕を組んで立っていた。

「ギルドマスター!? い、いつの間に!?」 「今しがたな。……ふん。ボルドアの奴め、えげつない手を打ってきたわい。これは『魔女裁判』ですらなく、ただの『経済的処刑』だ」 「笑い事じゃないですよ!」

「だが」とギルドマスターは続けた。「……あの男、一つ、読み間違えておるな」 「え?」 ギルドマスターは、店の外――今や「供物(そなえもの)」で埋め尽くされている、聖地マカイ亭の前庭――を、顎でしゃくった。

「……あれは、なんだ?」 「へ? ああ、皆さんからの、お供え物……ですけど……」 陽人が、その意図を測りかねて答えると、ギルドマスターは、ニヤリと、年季の入った笑みを浮かべた。

「『聖者の炊き出し裁判』。自腹で、な。……ボルドアは、貴様が資金も食材も調達できず、民衆の前で『無能な偽聖者』の烙印を押されることを狙っておる。……だが、もし」 ギルドマスターの目が、ギラリと光る。 「もし、その『炊き出し』の食材が、全て、民衆(しんじゃ)からの『寄付(おそなえもの)』で賄われていたとしたら、どうなる?」

「!」 陽人の脳が、稲妻に打たれた。 (そうだ……! 自腹どころか、仕入れ値ゼロ……!)

 リリアも、その意味に気づき、手を叩いた。 「……それって! ボルドア子爵の悪意(いやがらせ)を、私たちの『人徳(じんのち)』で、真正面から叩き潰すってことですか!?」 「その通りだ、看板娘!」 ギルドマスターは、高らかに笑った。 「ボルドアは、最高の舞台を用意してくれたわい! 聖者が、民から集めた『感謝(そざい)』を、奇跡の料理(スープ)にして、再び民に『還元』する! これ以上の『聖者の物語』があるか!」 「ひぃぃ! ま、マッチポンプです!」

 陽人の顔に、絶望から一転、不敵な笑みが戻ってきた。 (……ボルドア。あんた、最悪のタイミングで、最高のパスを出しやがったな)

「よし、お前ら!」陽人は、厨房に積まれた「お供え物」の山を指差した。「作戦変更だ! 今夜は寝るな! この、山盛りの高級食材全部、明日の朝までに、世界で一番うまいスープに叩き込むぞ!」 「「「はいっ!(ウス!)」」」

 ボルドアの陰謀は、皮肉にも、陽人の「聖者」としての地位を、王都広場で、数千人の前で、決定的なものにしようとしていた。 マカイ亭、人生最大の炊き出し(という名の聖戦)が、今、始まる!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

処理中です...