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第一部 魔界専属料理人
第12話 従来派の蜂起と陽人の苦悩 後編
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リーダーの魔族が舌打ちする。だが、陽人を無視して攻撃を仕掛けようにも、魔王や幹部たちが一筋縄ではいかない。どうにも決め手に欠ける状況で、従来派は苛立ちを募らせるばかりだ。
「どうせすぐに始末するなら、俺の料理を捨てる前に一口だけ試してほしい。どれだけ馬鹿馬鹿しいと思われてもいい。……それでダメなら、どうぞご自由に」
陽人は手早く、持参してきた簡易的な調理セットを取り出す。もともと城内の厨房で用意するつもりだったが、ここまで来るといっそ現場で作ったほうが早い。先ほど下ごしらえしてきた肉と野菜が入った籠を取り出し、火を起こし始めた。
「い、いくらなんでも無謀だろ……」
騎士団の青年が呆然としている。四天王の一人も「まさかここで料理を始めるとは……」と目を丸くしている。しかし、陽人はすでに必死なのだ。思考を巡らせるより先に、手が勝手に動いている。
(これが最後の手段かもしれない。従来派だろうがなんだろうが、美味しいと思ってもらえれば、きっと何かが変わる……はず!)
周囲の魔族たちが訝しげに見守る中、陽人はフライパンを火にかざし、特製のソースを煮詰め始める。従来派のリーダーはバカにしたように鼻を鳴らしながらも、仲間を制止している。どうやら「敵が何をするか見定めたい」という思いもあるらしい。
しばしの間、静寂が流れた。冷たい風が荒野を吹き抜け、パチパチと焼ける音だけがやけに響く。
やがて、陽人の料理から立ち上る香ばしい匂いが、従来派の鼻をくすぐり始めた。
「くんくん……なんだ、この匂い……」
腹を空かせている兵士たちが思わず唾を飲み込む。リーダーは苦虫を噛み潰したような表情だが、明らかに好奇心は揺さぶられている。
「一口だけでいいので、食べてみてください。馬鹿らしいと思っても、それからでも遅くない」
陽人は恐る恐る皿を差し出す。リーダーの魔族はその皿を睨みつけ、無視を決め込むように見えた。しかし、周囲の兵士たちはその匂いに耐えられないのか、チラチラとリーダーの様子を伺っている。
「……チッ。お前ら、情けないぞ。匂いに誘われるとは……」
リーダーは舌打ちをするが、兵士の中には「そ、それでも一口くらい……」と呟く者まで出てきた。
「……っ。仕方ない。俺が先に食べる。毒でもあれば、それこそ証拠になるからな」
リーダーは意を決したように皿の肉片を一つつまみ、頑丈そうな牙で噛みしめる。
「…………」
無言が続く。周囲の兵士たちは息を呑んでリーダーの表情を窺う。陽人も心臓がバクバクと音を立てるのを感じていた。
「…………う、うまい」
低く唸るような声がリーダーの喉から出た。まさかの一言に、従来派の兵士たちがざわつき、魔王ゼファーらも目を見張る。
「なんだ、これは……濃厚な味わいだが、しつこくない。それでいて噛むほどに旨味が広がって……」
リーダーは衝撃を隠せない様子で、呆然と皿を眺める。周囲の兵士たちも思わず「俺にも食わせてくれ!」と群がり始めた。
「落ち着け、お前ら! まだ毒が入ってないとも限らん!」
そう制しながらも、リーダー自身がもう一口掬っているのは明らかに矛盾している。次第に従来派の連中も遠慮なく手を伸ばし、一気に肉を平らげ始めた。
「こ、これは……マジで美味い……」
「くそっ、こんなに柔らかくて香り高い肉、初めてだ!」
口々に称賛の声が溢れ出す。今まで懐疑的だった魔族たちが、まるで子供のように目を輝かせている。リーダーはなおも渋い顔を作ろうと努力していたが、完全に表情がほころんでいた。
「これが……料理という力か。戦う以外にも、こんなに腹を満たす喜びがあったとは……」
そう呟いたリーダーの頬には、一筋の汗が流れている。彼がどれだけ戦いと誇りに拘っていたとしても、腹が満たされる幸福を否定し切れないのだろう。
陽人は無意識に胸を撫で下ろす。うまくいったのか、それとも一時しのぎに過ぎないのか、まだ分からない。しかし、少なくとも剣を抜く前に料理を口にしてもらえたことは大きな前進だ。
「……なんだ、貴様が我らを骨抜きにする悪魔的存在だと聞いていたが、これほど純粋にうまいものを作るとはな。信じられん」
リーダーはぽつりとそう漏らす。陽人はぎこちない笑みを返しながら、そっと頭を下げた。
「自分はただ、魔族の皆さんにも美味しいものを食べてほしいだけなんです。強くあることと、美味しく食事をすることは、両立できるはずだと信じてます」
まだ多少の不満や葛藤は残るだろうが、その言葉にリーダーを含む従来派の多くが黙りこくる。力を誇りとする戦士としての在り方が、ほんの少しだけ変わり始めているのかもしれない。
こうして、一触即発だった従来派と平和派の激突はひとまず回避され、荒涼とした荒野の真ん中で、思いがけない料理談義が巻き起こるのだった。
――しかし、これで全てが解決したわけではない。魔王ゼファーの狙い通りに和平路線が進むのか、あるいはさらに大きな波乱が待ち受けているのか。陽人の料理はそのキッカケにはなり得るが、すべてを変えるにはまだ道半ばだ。
次回、平穏への道を阻む新たな脅威や、人間界での噂の拡大が迫り、陽人は再び翻弄されることになる。料理を通じて世界を変えたいという願いは、果たして魔族と人間双方に通じるのか……。
「どうせすぐに始末するなら、俺の料理を捨てる前に一口だけ試してほしい。どれだけ馬鹿馬鹿しいと思われてもいい。……それでダメなら、どうぞご自由に」
陽人は手早く、持参してきた簡易的な調理セットを取り出す。もともと城内の厨房で用意するつもりだったが、ここまで来るといっそ現場で作ったほうが早い。先ほど下ごしらえしてきた肉と野菜が入った籠を取り出し、火を起こし始めた。
「い、いくらなんでも無謀だろ……」
騎士団の青年が呆然としている。四天王の一人も「まさかここで料理を始めるとは……」と目を丸くしている。しかし、陽人はすでに必死なのだ。思考を巡らせるより先に、手が勝手に動いている。
(これが最後の手段かもしれない。従来派だろうがなんだろうが、美味しいと思ってもらえれば、きっと何かが変わる……はず!)
周囲の魔族たちが訝しげに見守る中、陽人はフライパンを火にかざし、特製のソースを煮詰め始める。従来派のリーダーはバカにしたように鼻を鳴らしながらも、仲間を制止している。どうやら「敵が何をするか見定めたい」という思いもあるらしい。
しばしの間、静寂が流れた。冷たい風が荒野を吹き抜け、パチパチと焼ける音だけがやけに響く。
やがて、陽人の料理から立ち上る香ばしい匂いが、従来派の鼻をくすぐり始めた。
「くんくん……なんだ、この匂い……」
腹を空かせている兵士たちが思わず唾を飲み込む。リーダーは苦虫を噛み潰したような表情だが、明らかに好奇心は揺さぶられている。
「一口だけでいいので、食べてみてください。馬鹿らしいと思っても、それからでも遅くない」
陽人は恐る恐る皿を差し出す。リーダーの魔族はその皿を睨みつけ、無視を決め込むように見えた。しかし、周囲の兵士たちはその匂いに耐えられないのか、チラチラとリーダーの様子を伺っている。
「……チッ。お前ら、情けないぞ。匂いに誘われるとは……」
リーダーは舌打ちをするが、兵士の中には「そ、それでも一口くらい……」と呟く者まで出てきた。
「……っ。仕方ない。俺が先に食べる。毒でもあれば、それこそ証拠になるからな」
リーダーは意を決したように皿の肉片を一つつまみ、頑丈そうな牙で噛みしめる。
「…………」
無言が続く。周囲の兵士たちは息を呑んでリーダーの表情を窺う。陽人も心臓がバクバクと音を立てるのを感じていた。
「…………う、うまい」
低く唸るような声がリーダーの喉から出た。まさかの一言に、従来派の兵士たちがざわつき、魔王ゼファーらも目を見張る。
「なんだ、これは……濃厚な味わいだが、しつこくない。それでいて噛むほどに旨味が広がって……」
リーダーは衝撃を隠せない様子で、呆然と皿を眺める。周囲の兵士たちも思わず「俺にも食わせてくれ!」と群がり始めた。
「落ち着け、お前ら! まだ毒が入ってないとも限らん!」
そう制しながらも、リーダー自身がもう一口掬っているのは明らかに矛盾している。次第に従来派の連中も遠慮なく手を伸ばし、一気に肉を平らげ始めた。
「こ、これは……マジで美味い……」
「くそっ、こんなに柔らかくて香り高い肉、初めてだ!」
口々に称賛の声が溢れ出す。今まで懐疑的だった魔族たちが、まるで子供のように目を輝かせている。リーダーはなおも渋い顔を作ろうと努力していたが、完全に表情がほころんでいた。
「これが……料理という力か。戦う以外にも、こんなに腹を満たす喜びがあったとは……」
そう呟いたリーダーの頬には、一筋の汗が流れている。彼がどれだけ戦いと誇りに拘っていたとしても、腹が満たされる幸福を否定し切れないのだろう。
陽人は無意識に胸を撫で下ろす。うまくいったのか、それとも一時しのぎに過ぎないのか、まだ分からない。しかし、少なくとも剣を抜く前に料理を口にしてもらえたことは大きな前進だ。
「……なんだ、貴様が我らを骨抜きにする悪魔的存在だと聞いていたが、これほど純粋にうまいものを作るとはな。信じられん」
リーダーはぽつりとそう漏らす。陽人はぎこちない笑みを返しながら、そっと頭を下げた。
「自分はただ、魔族の皆さんにも美味しいものを食べてほしいだけなんです。強くあることと、美味しく食事をすることは、両立できるはずだと信じてます」
まだ多少の不満や葛藤は残るだろうが、その言葉にリーダーを含む従来派の多くが黙りこくる。力を誇りとする戦士としての在り方が、ほんの少しだけ変わり始めているのかもしれない。
こうして、一触即発だった従来派と平和派の激突はひとまず回避され、荒涼とした荒野の真ん中で、思いがけない料理談義が巻き起こるのだった。
――しかし、これで全てが解決したわけではない。魔王ゼファーの狙い通りに和平路線が進むのか、あるいはさらに大きな波乱が待ち受けているのか。陽人の料理はそのキッカケにはなり得るが、すべてを変えるにはまだ道半ばだ。
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