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第19話:ノヴァルナ包囲網
#05
しおりを挟む同時刻、セークモートン星系―――
カーナル・サンザー=フォレスタのウォーダ軍第6艦隊、スーゲット=アーチの第33艦隊、ヴェルージ=ウォーダの第35艦隊は部隊を立て直し、第六惑星公転移動上で、敵を待ち受けていた。
前回の戦いの終了から二時間が経っており、計算ではあと五時間持ち応えれば、アーザイル/アザン・グラン連合軍が、ヤヴァルト宙域を撤退中のノヴァルナの本隊を、襲撃するタイミングを失わさせる事が出来る。残り時間を考えれば、そろそろ第二次攻撃を仕掛けて来る頃合いだと思われた。
これに対しサンザーは、参謀長でフォレスタ家の家老職でもあった、ガンセー=カルガンを後方にあるサンザーの領地、ウーサルマ星系の宇宙城へ後退させる。自分達が突破された場合、ノヴァルナ遠征軍と接触するためには、ウーサルマ星系を抜ける針路を取る必要があり、星系防衛艦隊とウーサルマ城で第二次防線戦を引いて、敵を食い止めさせるのだ。
参謀長のガンセーを戻したのはこの第二次防衛線を強化し、敵の足止め時間を稼いでいる間に、突破されたサンザー達の残存部隊が、反転挟撃する戦略である。なにぶん次は、敵も全力で来るであろうから、戦力的には倍以上の差があるはずだ。
さらにサンザーは、第一回戦の際に消耗した、スーゲット=アーチの第33艦隊を第6艦隊に編入。アーチに艦隊指揮を任せて、サンザーは両艦隊のBSI部隊の全てを、指揮する体制に変更していた。
そのサンザーは、旗艦空母『バンガーヴェルダ』の格納庫で待機中の、『レイメイFS』のコクピットで瞑目している。集中力を高めているというよりも、リラックスして、時を待っているという感じである。
カーナル・サンザー=フォレスタほどの猛将であっても、やはりこういう時に思い浮かべるのは、妻子の事だった。愛妻家な主君ノヴァルナだが、そのルーツは実はパイロット教官を務めた、サンザーにあるとも言える。長女のランをはじめ、全部で七人もの子がいるのが、その証左の一つであった。
“ラン…カリュス…ナガール…みな、息災にしておるであろうか…”
ウーサルマ星系を領地に得て、幹部達と共に移動して来たサンザーであったが、いわゆる“単身赴任”で、妻のエイシアはミノネリラ宙域へ残したままである。それに七人の子供も、すでに全員が独り立ちして、ウォーダ家に仕えていた。将来的にウーサルマ星系の統治が落ち着いたなら、エイシアも呼び寄せるつもりだ。
考えてみれば…と、記憶を振り返るサンザーは、七人もいる自分の子供達の誰とも、もう三年近く言葉を交わしていない事を思い出した。
中でも特に長女のランは、主君ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』の一員と、副官職を兼ねており、顔を合わせる機会もそれほど少なくはない。だがそれはいつも勤務中の事であって、生真面目なランが話し掛けて来る事も、自分から話しかけても応じる事はないはすだった。
“ランか…”
緩やかに瞼を開いたサンザーは、『レイメイFS』のコクピットのメインパネルの端で明滅する、黄緑色のインジケーターをぼんやりと眺めて、ランをあのような生真面目過ぎる娘に育ててしまった事に、幾分の苦々しさを感じる。操縦桿を軽く握り、親指を滑らせながらサンザーは十年以上昔の、ある記憶を頭の中で再生させた―――
「ランに若様の御手が、ついたようですよ」
その日の朝、妻のエイシアが洗い物をしながらぽつりと告げた言葉に、朝食を終えたばかりのサンザーは、飲み下したコーヒーが気管支に入って、激しくむせ返った。顔をしかめながら、妻に問い質す。
「ほ、本当なのか!?」
“鬼のサンザー”も人の子である。いきなり妻から自分の娘の情事を聞かされ、動揺しないはずが無い。無論、このような話は一般家庭では、簡単には出て来ないものだが、星大名家の若君と女性家臣の間の出来事となれば、家臣側は自分の家長に知らせないわけにはいかないものだ。エイシアは洗い物を続けながら、むしろどこか、あっけらかんと言う。
「ええ。本人は口に出してませんけどね」
女親として、娘の変化には気付く事が、出来るというわけであろうか。父親の自分にはたぶん、わからない感覚なのだろう。
「どどどど、どうすれば良いと思う?」
いつにないサンザーの狼狽ぶりに、エイシアは大笑いして、手にしていた皿をシンクに落とした。無理もない、武辺一筋に生き戦場の華となる事が、望みの全てであった男には、自分の娘が主君とそのような関係になるのは、想像の埒外であったからだ。
「どうもしなくて、いいんじゃないですか」
微笑みながら返答するエイシア。彼女の方が肝が座り、全てを悟りきった表情である。
かつて述べたように、ノヴァルナの初陣。皇国暦1553年の“惑星キイラの戦い”では、当時のイマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンの罠に嵌り、ノヴァルナは凄惨な闘いを強いられ、これがノヴァルナとランの、一夜の出来事を招いたのである。
我ながらこれはしまった!…とサンザーは内心で頭を抱えた。フォクシア星人に纏わり付く批判的風評を打ち払うためにも、自分自身と子供達には、時のウォーダ家当主のために生き、そして死ぬように言い聞かせて来た。その中には無論、長女のランも含んでおり、半年前、次期ナグヤ=ウォーダ家当主ノヴァルナの親衛隊、『ホロウシュ』の新規メンバーに娘が選ばれた事を、でかしたものよ…と単純に喜んでいたのだ。
「うーむ…」
妻のエイシアからは、“なにもしなくていい”と言われたものの、様々な事案がサンザーの脳内を巡る。
今の戦国の世では、星大名同士の政略結婚が主体であり、家臣が主君の正式な妻ないし夫となる事案は、ほとんど見られない。したがってランの立場は、良くて若君の愛人。軽んじられれば、夜の遊び相手といった辺りだろう。世継ぎ候補の赤子でも身籠ればまた話は違うが、ヒト種のノヴァルナとフォクシア星人の間には、クローン技術の応用による、遺伝子合成でも使わない限り、子供を作る事は不可能である。それによしんばランが正妻の座を手に入れても、ウォーダ一族内での立ち位置は、さらに微妙なものとなるはずだ。
そんな夫の様子を感じ取ったのか、エイシアはさらに言葉を続ける。
「ランは世間様に批判されるような、迂闊な判断をする娘ではありません。あなたがそうお育てになったのでしょう?」
「それはそうだが…」
「それなら、信じてやっても良いではありませんか」
妻に諭すように言われたサンザーは、はぁ…と深く短く息を吐いた。
確かに妻の言う通りなのだろう。ただ一方で自分達『ム・シャー』の世界には、世間とは乖離した絶対的な主従関係がある。そしてランの性格からすれば、若君に求められても拒みはしないはずだ………
事実は、当時のイマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンの策略で、新興植民惑星の人民五十万人が全員焼き殺され、『ホロウシュ』もほぼ全滅。十五歳の初陣で心に深い傷を負ったノヴァルナを慰めるため、泣きじゃくる若君にランの方から、胸元を開いて行ったのだが、そのような経緯を知るはずのないサンザーからすれば、ノヴァルナに求められて身を任せた…と考えるのが自然である。天下無双のポジトロンランス使いであっても、この辺りの感覚は一般家庭の父親と同じだった。
そしてこの時、サンザーは気付いたのであった。自分は本当に娘の…子供達一人一人の幸せを、考えてやっていたのであろうか、と。
思い返せば、子供達の情操教育は妻のエイシアに丸投げで、自分が教えた事と言えば、武人としての生き方と死に方ばかりであった。武器の扱い方…戦術…主君への忠誠心…そのような事でしか、子供達と触れ合う事はなかったのだ。
複雑な気持ちを巡らせるサンザーの思いは、ここで再びランのところへ向く。
“………”
ランはすでに自立した娘であり、ノヴァルナとの関係も妻の言う通り、浅はかな覚悟でそうなったのではないとは思う。それでもずっと昔、妻のお腹の中にいる初めての我が子が、女であると知ったその日、フォレスタ家に生まれる者は男女問わず、ウォーダ家当主に絶対の忠誠を誓い、当主のために生き当主のために死して、武家としての誇りを示すべしという家訓を、やはり再考すべきだったのではないかと、考えてしまう。
“結局、幼い女児の父親として見れば、俺はランに何もそれらしい事は、してやれなかったな…”
ランが生まれた頃のサンザーは、ちょうどノヴァルナの父ヒディラスがナグヤ=ウォーダ家の家勢を、大きく伸ばし始めていた時期と重なっていた。そしてそれは当然、ナグヤ=ウォーダ家に重臣として迎えられ、フォレスタ家の当主となったばかりであって、いくさで大きな功績を挙げる事ばかりを考えており、子供の育成に関わる時間が無かったのである。
するとそこでサンザーは不意に、ランにまつわるおぼろげな一つの記憶を、思い出した。
“そうだ、あれはランが六歳か、七歳ぐらいの時であろうか―――”
サンザーが思い出したのは、ランがまだ幼かった頃の記憶である。何らかの理由でランと二人だけで、宇宙港から帰る事になったサンザーに、ふとランの方から手を繋いで来たのだ。幼い娘が留守がちな父親に、肌の温もりを求めたのかも知れない。この頃にはすでに厳しい父親であったはずのサンザーだが、たまにはよいか…と、ランのまだ小さかった手を握り返し、そのまま家路を帰って行ったのだった。
“おお。そういえば―――”
ここでサンザーは引き続き、家路の途中であった事を思い出す。それはランに何かを買ってやった記憶だ。だが古い記憶はサンザーに、それが何であったかまで、思い出す事を許さない。
“はて?…いったい何であったかな―――”
考えるものの思い出せないサンザー。そこへ『バンガーヴェルダ』の艦橋から、敵艦隊発見の情報がもたらされた。一瞬で戦死の心に炎を灯し、サンザーは全部隊に命じる。
「全部隊、戦闘態勢!!」
▶#06につづく
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