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第2話:キノッサの大博打
#18
しおりを挟むラヴランの大地を染めた夕陽も地平線の彼方に沈み切り、夜の闇が幕を下ろす。キノッサたちに代わって夜風を浴びに出て来たのは、マスクート・コロック=ハートスティンガーであった。
彼等が本拠地としている、メインの産出プラントがあるこの地方では、今の時期の夜空には大小四つの月が浮かぶ。そのうちの二つは変形した小惑星であり、見た目からは横倒しになったヒョウタンと、翼を広げた鳥のようだ。
その翼を広げた鳥のような月を見詰め、ハートスティンガーは腕を組んでいる。太く黒い髭をたっぷりと生やした顔が思案の表情であるのは、昼間のキノッサの申し入れをどうするか、考え込んでいるからだ。そこへ背後から声がかかる。
「考えはまとまったのかい?」
それは妻のタウシャーナだった。
「マルセラは?」
「寝たよ」
「そうか」と応じたハートスティンガーが再び夜空を見上げる。タウシャーナは歩み寄って、夫の隣に寄り添った。
「まさかキノッサが本当に、星大名家に仕えるようになったとはねぇ」
しみじみと言うタウシャーナの言葉に、ハートスティンガーは苦笑いを浮かべて応じる。
「ああ。ヤツの部屋を残しといたのが、無駄になっちまった」
ハートスティンガー夫妻は、夢を追って出て行ったキノッサが、その夢を果たせず帰って来た時のために、それまで暮らしていた部屋を残してやっていたのだ。
「それが、逃げて帰って来るどころか、あんたの仕官話を持って来るとは、まったく…世の中ってのは何が起きるか、わからないもんだねぇ」
「ふ…」
小さく笑ったハートスティンガーだが、すぐに難しい顔に戻る。二人並んで無言で月を眺め、しばらくするとタウシャーナが口を開いた。
「何事も肝心なのは、タイミングだよ」
ぽつりと言うタウシャーナ。ハートスティンガーはさらに無言で月を眺めると、やがて硬い口調で妻に問い掛ける。
「みんな…ついて来てくれると思うか?」
それは無論、キノッサが持ち込んだ話に、乗るかどうかの判断であった。事は自分と家族だけの問題ではなく、ハートスティンガー家に従って来た家臣とその家族に加え、他星系から流れて来た難民達の運命をも左右する事になる。
「おまえさんは、どうしたいんだい?」
「俺は…キノッサの奴が言う通り、ノヴァルナ様の目的が陛下の御為であるならば、力を貸したいと思う」
そんな夫の背中に軽く手を当て、タウシャーナは静かに告げた。
「…なら、みんなもそうするさ。思う通りにやんなよ」
翌日昼頃、ハートスティンガーはキノッサ一行と組織の主だった者を、採掘プラントの大会議室に集め、彼等の前で大きく宣告した。
「俺達ハートスティンガーの一党は、このキノッサの申し入れを受け、本日これよりウォーダ家のノヴァルナ公にお味方する」
その言葉にざわめく一同。ハートスティンガーの傍らに立つキノッサは、朝のうちに予め返答を聞いてはいたものの、緊張を隠せずに背筋を伸ばす。ハートスティンガーは“続きを聞け”と、皆に対し右手を軽く掲げた。
「今からおよそ四年前、ノヴァルナ公が上洛された際、公は星帥皇テルーザ陛下とご友誼を結ばれ、その信頼のもとに上洛軍編制のご認可を頂かれた。その目的は、銀河皇国に星帥皇室を中心とした秩序を取り戻し、人心に安寧をもたらす事。これはかつての『オーニン・ノーラ戦役』において、我がハートスティンガー家が奸臣ホルソミカ家を打倒せんと、兵を起こしたる理由と同じである」
非合法組織の長と言っても、ハートスティンガーの出自は星帥皇室直臣であり、その血脈は消え去ってはいない。一度決心すると、それを宣する声に淀みは無かった。またそれを聞く家臣達も同様で、身なりこそ豊かとはいえないが、自分達の首領の言葉を聴く内に、武人の眼になっていく…
「いま起たねば、いつ起つのか! 百年に及ぶ雌伏の時は終わったのだ。我等はこの時のために志を失わず、独立独歩の道を進み続けて来たのである。俺は行く。我もと思いたる者はついて来い!」
ハートスティンガーが力強く言い終えると、「おう」と一斉に声が上がる。ただ全員という訳にはいかない。他家に仕えていた者や難民達の代表者などの中には、戸惑いを隠せない人間も複数見受けられる。しかしそれは当然ともいえる反応だ。
賛同出来ない者にはあとで話をつけるとして、ハートスティンガーは傍らに立つキノッサの背中を、バン!…と豪快にどやしつけた。そしてその勢いにつんのめるキノッサに、大声で言い放つ。
「…てことで、おまえに手を貸してやる! 何をどうするか話せ!」
体勢を立て直したキノッサはまず、ハートスティンガーに向けて頭を下げ、大声で「ありがとうございますです!!!!」と礼を言い、それから講堂に集まる全員に向けて再び頭を下げ、「ありがとうございます。宜しくお願い致します!!!!」と礼を言った。ここで暮らしていた時も人気者だったのか、そんなキノッサの姿に穏やかな眼を向ける人間の数も多いようだ。
顔を上げたキノッサは「それでは…」と、真顔になって作戦概要を話し始めた。
▶#19につづく
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