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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#11
しおりを挟む「消え去ったスと?」とキノッサ。
「彼等の暦で5698年と115日目に、彼等全員が第四惑星から居なくなった。他惑星への移住や、さらにはより高次元の生命体に進化して、この次元から旅立ったという仮説も立てられる」
キノッサの問いに、P1‐0号は黄緑色に光る両眼のセンサーアイを、まるで激しく瞼を瞬かせるように、せわしなく明滅させた。おそらく学術的興味が高まって来ているのだろう。ただそれが本当に、汎用であってもアンドロイドに相応しい反応であるかどうかは、また別の話であった。
「だけど今は、そんな事を論じてる時じゃないだろ?」
モルタナがそう呼び掛けると、P1‐0号は「仰る通りです」と応じ、話を本筋に戻す。コントロールパネルを操作し、『パルセンティア』号の航宙日誌をホログラムスクリーンに展開させた。
「航宙日誌、皇国暦1560.0205。皇都帰還中に発生した対消滅反応炉の事故により、本船が漂流を始めて三日。UT‐6592786星系第四惑星で回収した昆虫型機械生命体に、乗務員の大半が殺害され、残りはこのブリッジに立て籠もる我々六名だけとなってしまった―――」
船長と思われる男性の声が、ホログラムスクリーンを通して、日誌の内容を口述し始める。
「科学主任の見解では、機械生命体が人間を襲う目的は、皇国民の脊髄部に埋め込まれているNNLの半生体端末と同化するためであり、最終的に銀河皇国のNNLシステムへの侵入を、目指しているのではないか…との事である―――」
そして口述記録は、現在の『パルセンティア』号の漂流位置が、付近に植民星系やネットワークサーバーステーションの存在しない場所であり、皇国のNNLシステムとはアクセス出来ない状態で、幸いにも昆虫型機械生物がNNLシステムに、侵入する事を防いでいる事を伝えたところで途切れていた。最後に叫び声が幾つか上がった事から、彼等が立て籠もっていたというブリッジに、機械生物が押し寄せて来たのかも知れない。
顔を見合わせるキノッサ達とモルタナに、P1‐0号は淡々と告げる。
「あの機械を“生物”と定義したのは、生存と増殖の本能を有していると考えられるからだ。そしてその本能に従えば、UT‐6592786星系第四惑星でのみ棲息していた彼等が、我々銀河皇国と接触した事で生じた、新たな環境に対応しようとするのは、ごく自然な事だと言える」
「NNLに同化したらバ、どうなるんザ?」
カズージがバイシャー星人の大きな眼を、ギョロリと回して問う。するとP1‐0号は非常に不吉な事を口にした。
「彼等の遺伝子とも言える機械生物プログラムを、NNLシステムの内部に潜り込ませる。途方もなく大規模で複雑な、銀河皇国のNNLシステムを全て乗っ取る事は不可能だろうけど…そう、例えばある日突然どこかの植民惑星の工場で、ロボットが勝手にあの機械生物を大量に製造し始め、そこで作られた無数の機械生物が、住民に襲い掛かるという事件が、たびたび起こりだすかも知れない」
これを聞いて大の虫嫌いのモルタナは、跳び上がりそうな勢いで肩を震わせる。だが今の話が事実ならば、肩を震わせるどころの問題ではない。ハッ!…と眼を見開いたキノッサが声を上げる。
「ちょっと待つッス。それじゃあもう、手遅れじゃないんスか!? 俺っち達を襲って来た連中は、背中にあの虫がへばりついてたッス。あの連中の端末から、皇国全体のNNLに侵入されてしまってるんじゃ…」
しかしP1‐0号は、その可能性は低いと見ていた。
「このステーションに『パルセンティア』号が係留されているのは、おそらく略奪集団の人間達が漂流していたあの船を発見して、金目の物でも漁るつもりで曳航して来たんだろう。我々を襲って来たのは、その略奪集団に属していた者達…そうであるなら、NNLには接続できないはずだ」
「な、なるほど…連中は、皇国民じゃないからね」
植民惑星の住民に襲い掛かる無数の巨大昆虫の図を想像したのか、モルタナは動揺したままで応じる。
ハートスティンガー達もそうであるのだが、略奪集団や宇宙海賊といったものに属する者は、ほぼ全てが銀河皇国の市民権を失っており、NNLへのアクセス権もシャットアウトされている。したがって略奪集団の人間の端末に同化して、個人のアクセスコードを使用しても、受け付けられずにいたはずなのだ。
また二年前の『パルセンティア』号内で起きた事件では、日誌で“殺害”としていた事から、当初はNNLへのアクセス権問題を機械生物が理解せずにいたか、理解はしていても、同化の際に脊髄を損傷させて殺してしまっていたかの、どちらかだったのだろう。
「これで分かったと思うが改めて…このままステーションのNNLを立ち上げて、銀河皇国のメインシステムとリンクさせるのは危険だ。次に優先すべきは、あの機械生物を排除する事。これに尽きる」
そう言うP1‐0号の口調には、アンドロイドでありながら、硬い意志のようなものが感じられた。
「それほど気合入れて言うんなら、何か対策は考えてるんだろね?」
モルタナが問い質すと、P1‐0号は「はい」と応じて言葉を続ける。
「生物にとっても、コンピューター仕掛けの機械にとっても、脅威となるのはウイルスです。となればあの機械生物にとっても、ウイルスは脅威となるはず」
「ウイルスに感染させようってワケかい」
「そうです。先ほど医務室で、機械生物の解析データを得ましたので、それを基にウイルスプログラムを作成します…僕の機能をフルに使えば、二時間もあれば作成できるでしょう。機能を一時的に停止させる程度のものですが」
「えらく簡単に言うね。あの…む、虫とは、プログラミング言語そのものが違うんじゃないのかい?」
“虫”という言葉を口にするのも嫌そうに、訝しげな表情をするモルタナ。彼女が懸念するのは、前述したように昆虫型機械生物が、銀河皇国のものとは別の技術体系によって作られている事である。そうであるならプログミング言語からして、銀河皇国のものとは違うだろう。
ただP1‐0号が言うには、むしろ銀河皇国のプログラミング言語を、使用した方がいいらしい。その理由は、機械生物にはすでに、皇国のプログラミング言語を解析する機能が、備わっているからだという。皇国民が脊髄に同化させている半生体ユニットの、NNL端末へ侵入する際に必要であるためだ。
「機械生物の最終目的が、銀河皇国のNNLシステムそのものとの、同化である事を考えれば、我々の使用するプログラム言語へ変換させていくのが、彼等にとっての“進化”です。ウイルスプログラムを罠として与えるなら、我々のプログラム言語で組むべきです」
「罠?」
「はい。ウイルスプログラムを、NNLシステムへのアクセス権取得プログラムに見せかけて、彼等に取り込ませるのです。解析によると、彼等は彼等自身で相互リンクしていますので、どれか一体が感染すれば、瞬時に全てが感染するでしょう」
アンドロイドらしいと言えばそれまでだが、淀みなく回答して来るP1‐0号にモルタナも「なるほどね」と頷く。するとここまで大人しく、聞き手に回っていたキノッサが真顔で問い掛けた。
「だけど、その罠をどうやって、機械生物に掴ませるッスか?」
その言葉にP1‐0号はキノッサを振り向き、黄緑色のセンサーアイを点滅させながら、当たり前のように告げた。
「僕が囮になる」
▶#12につづく
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