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第4話:ミノネリラ騒乱
#06
しおりを挟む唐突に奇異な事を言われて、さしものハーヴェンも困惑の表情を隠せない。
「新しい…領地ですか?」
「そう。新しい領地…あなたのティカナック家の新しい植民星系。欲しくない?」
席を立ったビーダは、舐めるような視線を向けながらハーヴェンに言う。対してハーヴェンは意識的に、飲み込みが悪い振りをした。
「どういう事でしょうか?」
それを聞いてビーダは「ぅン。いけずねぇ」と、じれったそうに体をくねらせ、ハーヴェンとの距離を詰めて来る。
「あなたの…ハーヴェン殿の能力は、私やラクシャスも高く評価してるの。イナルヴァ様とかのベテランさんよりもね」
内緒話のように身を寄せて囁きかけるビーダ。
「………」
不快感を隠して無言・無表情のハーヴェンに、ビーダはさらに続けた。
「正直なところ…新しく着任させた艦隊司令官には、能力的に少々不安があるの。でも軍の若返りは重要。新しい武将達の登場は、オルグターツ様が御当主に就かれて、我がイースキー家が新しい時代を迎えた、象徴とならないといけないのよ」
…なるほど、一応はウモルヴェ星系や『スノン・マーダーの空隙』で敗北した、子飼いの若手武将達の能力不足を、軍事的センスのないビーダとラクシャスでも、感じ取ってはいるようだと、ハーヴェンは理解する。
「どうかしら?…あなたにその気があるなら、私達からオルグターツ様に、口添えしてあげてもいいわよ。新しい領地…それに新しい艦隊…欲しくないこと?」
つまりはオルグターツ派への、転向の誘いというわけである。さすがにこれだけ勝利を重ね、実績を挙げて来ると、食指が動かないわけがないだろう。ハーヴェンは無言を続けながら、思考を巡らせた。
「………」
「ハーヴェン殿が、アンドア様のご息女を奥様にしているのは、承知しているわ。だけどほら…物事には、時勢というものがあると思うの。まだお若いハーヴェン殿の、この先の長さを考えれば、それに相応しい身の振り方というものが、あって然るべきじゃないかしら?」
ビーダはハーヴェンが無口でいるのを、迷っているのだと考えたのか、説得を続ける。ハーヴェンにすれば、答えは最初からNоと決まっているのだが、ビーダの話に出た“新たな植民星系”というワードが意識に引っ掛かり、「少し考えさせて頂いて宜しいですか」と応じた。脈ありと思ったのか表情を明るくしたビーダは、またもや体をくねらせて告げる。
「もちろんよ。よく考えて頂戴。出来る限りの事はさせて頂くから」
ハーヴェンが不審な思いを抱いたままビーダのもとを辞したその頃、ラクシャスの方は、イナヴァーザン城の同じ敷地内にある、オルグターツの館を訪れていた。
オルグターツの館は、先々代当主ドゥ・ザン=サイドゥと先代ギルターツ=イースキーが、住居として使用していた館を取り壊し、昨年完成したものである。
オルグターツ館の規模は、以前の館の約二倍の大きさがあり、外観・内装ともに贅を尽くして、館と言うよりは宮殿であった。
ドゥ・ザンは、旧領主トキ家の時代に幾分華やかであったイナヴァーザン城を、己の代で改装。倹約家でもあった事から過度な装飾を全て売り払い、荘厳ではあるが落ち着いた外観の城へ生まれ変わらせていた。それ故にオルグターツ“宮殿”のきらびやかさは、逆に悪目立ちしている印象がある。
そしてオルグターツ宮殿の一番の特徴が、以前の館に比して“奥の院”の規模も巨大になっている事だ。以前の館でもオルグターツは、地下に大きな“奥の院”を増設していたが、新しい宮殿の奥の院はその三倍の規模だった。宮殿の規模が二倍で、“奥の院”の規模が三倍というのは、何をかいわんやである。
以前にも述べた事であるが本来の奥の院とは、星大名家当主が妻や子といった、家族と私生活を過ごす区画を指す言葉である。ところがオルグターツにとって“奥の院”は、酒色に溺れ尽くす遊興の間を意味していた。宙域内の各植民惑星から集められた名酒・名物。そして212人の美しい女性と88人の美しい少年。さらにあらゆる種類の違法薬物が、ただオルグターツの肥大化した、私欲のためだけに存在しているのだ。なお当然ながら建設費・維持費等々、これらは全て領民に課した増税分で賄われている。
このような“放蕩の宮殿”であるから、想像される通り、当主として執務を行う場の規模は、“奥の院”に比して驚くほど小さい。ノヴァルナの総旗艦『ヒテン』の当主執務室の方が広いぐらいだ。しかもそれでありながら、当主の威厳を見せたいがためか、内装は過度なまでに豪華なものであった。
その執務室でラクシャスはオルグターツを待っていた。するとオルグターツ用の椅子の背後で壁が両開きに開かれ、大柄で小太りの若者が上半身裸で入って来た。癖の強い暗めの金髪は、前髪が汗で額に張り付いている。腹が出た体は陽に当たらない生活をしているせいか、必要以上に白く感じられ、大柄ではあるが父親であったギルターツのように、二メートルほどもあるようなものではない。
オルグターツはどかりと専用椅子に座ると、ホログラムのコントロールパネルを立ち上げて、執務室の冷房レベルを上げる。ラクシャスが剥き出しのスキンヘッドに、冷たい風の流れを感じ始めると、オルグターツは独特な巻き舌口調でぶっきらぼうに言い放った。
「今日もあっちいなァ。ラクシャスよォ」
「仰る通りで」
季節的にはイナヴァーザン城がある辺りは晩秋で暑くはない。オルグターツだけが後ろの扉の向こうでやっている事のために、暑がっているだけだが、無論、そのような事を口にするラクシャスではない。
「それでェ。わざわざ何の用件なんだァ?…俺ァ、忙しいんだがァ?」
「申し訳ございません」
業務は忙しくはない。どうせ女か少年かを責めるか、またはその逆が忙しいだけである。無論、そのような事も口にするラクシャスではない。
「植民惑星を建設するのに適した恒星系を、新たに三つ発見致しましたので、開拓と植民のご認可を頂きたく参上致しました」
そう続けたラクシャスはNNLを使って、自分の眼前に何かのホログラム書類を三通展開し、それに一通ずつ指を触れさせる。すると三通のホログラム書類は、オルグターツの執務机の上に転送された。たいして興味もなさそうな眼で、机上の書類に視線を落とすオルグターツ。
「ふーん。また見つかったのか」
「はい。これもオルグターツ様の御威光の賜物にて。しかもその内の一つはオウ・ルミル、エテューゼ両宙域との境界に近く、大量の金を含む鉱物資源が豊かな岩石惑星を、四つも有しているようです」
「へえェ、金かァ。そいつはァ金になるなァ」
今の銀河皇国でも金の価値は高い。四年前、皇都惑星キヨウを訪問しようとしたノヴァルナが、旅の途中の惑星ガヌーバで、金鉱脈を巡るトラブルに首を突っ込んだ事件もあったように、電子通貨や暗号資産が安全とは言えず、宙域間の為替取引も不安定な戦国の世で、実体のある金の価値が見直されたためだ。
酒色に溺れるにしても、金が要る事ぐらいはオルグターツでも理解できる。金の話を耳にして少しは興味が湧いたようであった。しかしそれでも、書類に記された惑星のデータを精査する様子はない。確かめもせずに、それぞれの書類の承認印欄に指先を触れさせ、イースキー家当主の承認を与えた。
「ただ些末な事ではありますが、その資源豊富な星系には、留意すべき点もありまして…」
オルグターツが承認印を押してから、ラクシャスは問題点がある事を口にする。しかしオルグターツは気にも留めずに「おまえ達にィ、任せる」とだけ言って、再び放蕩に耽るため席を立ったのであった………
▶#07につづく
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