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第4話:ミノネリラ騒乱
#16
しおりを挟むその同じ日、イースキー家の本拠地惑星バサラナルム、イナヴァーザン城は夜の帳の中にあった。午後も九時を過ぎ、城のあるキンカー山の周囲には、白い光を主体にモザイク模様を織り成す、美しい夜景が広がっている。
五重になった城塀の五つ目の門―――つまり本丸のある中央区画の城門を、黒塗りの反重力車が潜り抜けて来たのは、そのような時間の事だった。
城門に設けられている検問所に近づく車列。一見すると幅が五メートルほどの、分厚いだけの塀のようだが、高さは十メートルはあり、強力なエネルギーシールド発生装置と防御兵器を多数内蔵した、堅牢な塀であり、検問所はそれをくりぬくようにして作られている。
金属製の遮断バーと、薄っすらと青い光を帯びた、エネルギーシールドが塞ぐ検問所に、先頭の反重力車が停車した。バスケットボールほどの大きさの、丸い探査プローブが四機、検問所脇の固定ラックから浮き上がり、爆発物などを積んでいないかのスキャンに近付く。同時に検問所の中から警備兵が四人、おもむろに姿を現した。どこか気だるそうだ。
これに対して、先頭の車の助手席と後部座席のドアが開き、三人の男が降りて来る。後部座席からの二人は黒いスーツ姿。そして、助手席から降りて来たのは、軍装を身に纏ったデュバル・ハーヴェン=ティカナックだった。
ハーヴェンを見た四人の警備兵は、僅かだが態度をきちんとしたものに改め、敬礼をする。彼等に敬礼を返すハーヴェンの背後では、四機の探査プローブがまず先頭の車を囲み、スキャニングを始めていた。
「みな、ご苦労」
声を掛けたのはハーヴェンの方からだ。一人の警備兵が問い掛ける。
「ティカナック様。このようなお時間に、ご登城でありますか?」
ここまでの四つの城門にも同じような検問所があり、その都度、来訪者の連絡は行われているはずだった。つまりこの質問は、確認のためである。
「ああ。ザイード様とハルマ様に、ロッガ家からの特使をお連れしてね。お二人ともご在城なのだろう?」
「特使…で、ありますか?」
そう言って警備兵は先頭車の後に続く三台に目を遣った。ハーヴェンが合図すると、三台の後部座席の窓が下がり、中に座る人間が見えるようになる。だがそこに座っていたのは若い女性が四人と、若い男性が二人。いずれも息を呑むほどの美しさだった。さらに探査プローブがスキャンした結果、四台のトランクには、大量の金塊が積まれている表示がある。
「これは?」
振り向いて問い質す警備兵に、ハーヴェンは「だから…“特使”だよ」と耳打ちするように告げ、懐から取り出した金の延べ板を人数分の四枚、警備兵にそっと手渡したのであった。
金の延べ板を受け取った警備兵は、後の三人に振り返り、小さく頷き合う。そしてどう見ても特使とは思えない若い男女と、車のトランクの中の金塊を詮索する事無く、ハーヴェンに「どうぞお通り下さい」と、検問の通過を認めた。どうやら警備兵は、旧サイドゥ家派だったハーヴェンが、いよいよビーダとラクシャスに寝返る気になって、その手土産に若い男女と金塊を持参したのだと思ったようである。手渡した金の延べ板は、検問通過の“袖の下”であり、口止め料というわけだ。警備兵達が手慣れた感じで受け取ったのは、このような行為が検問所で頻繁に起きている事を示している。そしてここへ来るまでの四つの検問所も、同様の手口で通過して来たのは言うまでもない。
「最後の検問ですらあれとは、呆れたものですな。少なくとも、ギルターツ様がご当主であそばした頃は、このような恥知らずな真似はなかった…」
反重力車を検問所からスタートさせた、黒塗りの車の運転手―――キネイ=クーケンは、助手席のハーヴェンに吐き捨てるように言い放った。後部座席に座る“若い美しい男女”は、顔に張り付けていた変装用の合成皮膚を、煩わしそうに両手で引き剥がし始めている。「これつけると、あとで痒くなってかなわんのですが」と愚痴る女性役であった男は、合成皮膚を剝がしてみると痩身でありこそすれ、どう見ても女性ではない。
「これが今のイースキー家だよ、少佐。林檎の実は芯が腐ると、瞬く間に皮まで腐る…嘆かわしい事さ」
クーケンの言葉にそう応じたハーヴェンは、ライトアップされたイナヴァーザン城の天守基部を見据え、皮肉を交えて続けた。
「もっとも、今回はその腐った皮のおかげで、きみ達を招き入れられたんだがね」
すると反重力車のコンソール中央にある、МID(マルチインフォメーションディスプレイ)に、停車場所の指示が転送されて来た。舅のモリナール=アンドアからの指示である。画面を確認したハーヴェンは、窓の外のヘッドライトに浮かび上がる三叉路を指さしてクーケンに伝える。
「その先を左だ。納入業者用の駐車場へ回ってくれ。ロックはモリナール殿が、すでに外して下さっている」
「了解。タイヤ走行モードにします」
そう言ってクーケンがステアリング脇の小さなレバーを操作すると、反重力車の底部四ヵ所が開いて、内蔵されていたタイヤが出て来る。僅かに高度を下げた四台は次々に路面に着地し、静音走行を始めた。
反重力走行の金属音が消え、ジリジリジリ…とタイヤが路面を咬むグリップ音を僅かに響かせた四台の黒塗り車は、普段であればこの時間には閉鎖されている、納入業者用駐車場へと入って行く。すると照明を減らされた駐車場の一角で、小さな赤い光が円を描いていた。駐車位置の合図だ。そちらへ車を向けると、四つの人影が立っているのが見える。
ハーヴェン達を待っていたのは、モリナール=アンドアと、武装した三人の陸戦隊員だった。アンドアは午前中から登城しており、職務を延長している振りをしていたのだ。
「ありがとうございます。モリナール様」
車から降り立ったハーヴェンが礼を言うと、アンドアは「うむ」と頷いて懐からカードキーを取り出した。それに合わせてハーヴェンも、自らのカードキーを取り出す。二枚のカードキーが突き合わされ、アンドアのキーからハーヴェンのキーへ向け、データ送信が行われる。毎日ランダムに変更されるレベル4―――最高レベルのセキュリティコードだ。
「これで、全てのセキュリティが、解除できるようになる」
「助かります」
礼を言うハーヴェン。その間に反重力車から全員降りたクーケンと部下達は、トランクを開けて、一面に並べられた金塊の下から、ボディアーマーと、短機関銃型のハンドブラスターを取り出してゆく。
「澄まんな。このような事しか、してやれなくて」
アンドアが申し訳なさげに言うと、ハーヴェンは「充分です」と応じて、さらに続けた。
「それよりモリナール様は、急いで城からご退去下さい」
そしてハーヴェンは、武装を整え終えたクーケンが差し出す、ハンドブラスターを受け取って安全装置を解除する。
「準備は?」とハーヴェン。
「間も無く完了」
クーケンの返事に、ハーヴェンは巨大な天守を見上げた。もはや後戻りできない状況だが、気負いは感じない。「お待たせしました」の言葉に首を向けると、クーケン以下十五人の陸戦特殊部隊が、二列で整列していた。
「よろしい。始めてくれ、少佐」
頷いたハーヴェンが指示を出す。これに対しクーケンは部下達に、「これより状況開始」と声を掛けた。モリナール=アンドアの無言の見送りを受けながら、静かに、そして素早く通用口へ向かう彼等。デュバル・ハーヴェン=ティカナックによる、たった十六名でのイナヴァーザン城攻略が、始まった瞬間であった………
▶#17につづく
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