銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
101 / 526
第4話:ミノネリラ騒乱

#18

しおりを挟む
 
 平時であるなら、本拠地の城であっても夜ともなれば、働いている者の数は極端に少なくなる。昼間は千人以上が働くイナヴァーザン城も午後十時頃には、働いている数は二百人前後に減っていた。ましてや、天守部分だけでも巨大な城であるから、二百人程度では、無人も同然であった。

 その無人も同然の通路を、ハーヴェンとクーケン達十六名は、二列縦隊で粛々と歩いていく。特に身を隠すような動きも、辺りを警戒する素振りも彼等にはない。ここは勝手知ったる自分達の城であり、夜になるとほとんど無人になる箇所は、熟知しているからである。
 しかも毎日セキュリティコードがランダム変更されるカードキーを、ハーヴェンが所持しているのだから、自動警戒・監視システムも、“今日のセキュリティコードを持つ、武将のデュバル・ハーヴェン=ティカナック”を疑わずに通すばかり。十六名は何の妨害も受けずに、天守五階の中枢区画入り口付近まで辿り着いた。警戒レベルが一気に上がる、ここからが本番だ。
 
「総員。光学迷彩起動」

 クーケン少佐が声を抑えて告げる。全員が腰のベルトに右手を回し、起動スイッチを作動させると、ブン…と小さな音が響いて、十六名は通路の景色に溶け込むように姿を消していった。四年前に、皇都惑星キヨウへ向かうノヴァルナ一行を襲撃した際にも使用した、特殊部隊用の光学迷彩機能だ。

 視認用ゴーグルを装着したハーヴェンは、背後を振り返った。通路のみが見える視界の中で、うっすらと赤い光が人型の輪郭をかたどっている。光学迷彩装置と同調したゴーグルでしか、視認できない映像である。

 十六名は通路を照らす照明に注意しながら、前進を開始した。照明に注意するのは、光源の前を通る際に透過する光が、光学迷彩の発生させるプリズム効果で歪みを生じさせ、僅かながら疑似映像にズレを起こすからだ。実際には、よく見ないと気付かない程度のものだが、彼等が惑星ルシナスの水族館で、ノヴァルナを襲撃を企図した時は、このズレに偶然気付いたキノッサとササーラによって、待ち伏せに失敗している。

 巡回警備を行っている二人組の城兵を、光学迷彩でやり過ごし、通路に設置された対人センサーや、空中を漂うように行き来する自動哨戒プローブに、欺瞞情報を与えて機能を張非させ、十六名はさらに進む。
 やがて広い十字路へ達したクーケンは、事前に計画した通り、十六名を四名ずつの四組に分けた。目標はこの中枢区画の独立したメインセキュリティルーム。全軍に命令を下す中央指令室。内外への連絡を管理する通信管制室。そしてビーダとラクシャスの現在の居場所―――重臣用の食堂である。

 ビーダとラクシャスの所へ向かう、クーケンと三名の部下と分かれ、ハーヴェンが向かうのは中央指令室だ。ただこちらの指揮は、白兵戦の経験が無いハーヴェンではなく、クーケンの副官を務めるバクのような頭を持った、アロロア星人の中尉が執っている。

 ここまでは完璧だ…とハーヴェンは思う。

 無論、あの検問所を筆頭にイナヴァーザン城の警備体制が、緩み切っているというのが大きいが、ここまで双方に一人の死傷者も出ていないのは幸いだった。

“だが、ここからはそうもいかない…”

 少なくとも“あの二人”の命は、ここで終わらせておかなければならない。これ以上放置しておいては、遠からずイースキー家は滅びてしまうからだ。そしてこれは今の自分にしか出来ない事であった。なぜなら―――


 
「それはまことか、ハーヴェン!?」

 驚きの表情で問い質す、舅のモリナール=アンドアの顔…三日前、この計画を打ち明けた時の記憶が、中央指令室へ向かうハーヴェンの脳裏に蘇る。それはアンドアの屋敷を単身訪れた時の事であり、アンドアが驚きの表情を見せたのは、襲撃計画よりもハーヴェン自身の身体的問題についてだった。

「はい。一昨日の検査の結果です。再発の兆候がある…と」

 淡々と言葉を返すハーヴェンが生まれつき遺伝子に異常があり、長期間にわたって治療に専念しなくてはならなかったのは、以前にも述べた通りである。
 これがためにハーヴェンは、類いまれなる軍略家としての才能を持ちながら、治療が完了したごく最近まで、戦線に姿を現す事が無かったのだ。

「なんという…」

 言葉を失ってうなだれるアンドア。それもそのはずで予めハーヴェンから、再発した場合はもはや治癒は期待できないと、医師から告げられている事を伝えられていたためだ。

「申し訳ありません」とハーヴェン。

「いや、おぬしが謝るような事ではない。謝るような事では…な」

 そう言いながらも、アンドアはいかにも口惜しそうであった。無理もない。ハーヴェンの才は幼少の頃から評判で、ドゥ・ザン=サイドゥだけでなくギルターツからも、称賛の眼を向けられていたのだ。そうであるがゆえにギルターツが謀叛を起こした際、ハーヴェンのティカナック家は敗れたドゥ・ザン側にいたのだが、将来を嘱望されたために、ティカナック家は大きな咎めも受ける事無く、許されたほどだった。もしハーヴェンが健常者として生を受けていたなら、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの跳梁跋扈を許さず、サイドゥ家はさらに飛躍していただろう。

 自らの生命の灯火が、そう長くはもたないと知ったハーヴェンは、まず何より現在のイースキー家が腐敗した元凶、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマの二人の側近を誅殺し、酒色に耽るばかりの主君オルグターツに猛省を促す事を考えた。
 些か短絡的ではあったが、特に二人が目論んでいる例の計画―――未開文明の異星人を隷属化し、その惑星が埋蔵している、大量の金を採掘しようとする計画の実行は、必ず阻止しなければならない。銀河皇国中央の上級貴族まで巻き込む腐敗の連鎖は、何としても事前に断ち切らなければならないのだ。

「しかし…おぬしのような若者が」

 絞り出すように言うアンドアに、ハーヴェンは穏やかな笑顔で応じた。

「ご心配なく。再発してもすぐに死ぬわけではありません。それに、この作戦でも生きて帰るつもりですので」




▶#19につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...