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第4話:ミノネリラ騒乱
#18
しおりを挟む平時であるなら、本拠地の城であっても夜ともなれば、働いている者の数は極端に少なくなる。昼間は千人以上が働くイナヴァーザン城も午後十時頃には、働いている数は二百人前後に減っていた。ましてや、天守部分だけでも巨大な城であるから、二百人程度では、無人も同然であった。
その無人も同然の通路を、ハーヴェンとクーケン達十六名は、二列縦隊で粛々と歩いていく。特に身を隠すような動きも、辺りを警戒する素振りも彼等にはない。ここは勝手知ったる自分達の城であり、夜になるとほとんど無人になる箇所は、熟知しているからである。
しかも毎日セキュリティコードがランダム変更されるカードキーを、ハーヴェンが所持しているのだから、自動警戒・監視システムも、“今日のセキュリティコードを持つ、武将のデュバル・ハーヴェン=ティカナック”を疑わずに通すばかり。十六名は何の妨害も受けずに、天守五階の中枢区画入り口付近まで辿り着いた。警戒レベルが一気に上がる、ここからが本番だ。
「総員。光学迷彩起動」
クーケン少佐が声を抑えて告げる。全員が腰のベルトに右手を回し、起動スイッチを作動させると、ブン…と小さな音が響いて、十六名は通路の景色に溶け込むように姿を消していった。四年前に、皇都惑星キヨウへ向かうノヴァルナ一行を襲撃した際にも使用した、特殊部隊用の光学迷彩機能だ。
視認用ゴーグルを装着したハーヴェンは、背後を振り返った。通路のみが見える視界の中で、うっすらと赤い光が人型の輪郭をかたどっている。光学迷彩装置と同調したゴーグルでしか、視認できない映像である。
十六名は通路を照らす照明に注意しながら、前進を開始した。照明に注意するのは、光源の前を通る際に透過する光が、光学迷彩の発生させるプリズム効果で歪みを生じさせ、僅かながら疑似映像にズレを起こすからだ。実際には、よく見ないと気付かない程度のものだが、彼等が惑星ルシナスの水族館で、ノヴァルナを襲撃を企図した時は、このズレに偶然気付いたキノッサとササーラによって、待ち伏せに失敗している。
巡回警備を行っている二人組の城兵を、光学迷彩でやり過ごし、通路に設置された対人センサーや、空中を漂うように行き来する自動哨戒プローブに、欺瞞情報を与えて機能を張非させ、十六名はさらに進む。
やがて広い十字路へ達したクーケンは、事前に計画した通り、十六名を四名ずつの四組に分けた。目標はこの中枢区画の独立したメインセキュリティルーム。全軍に命令を下す中央指令室。内外への連絡を管理する通信管制室。そしてビーダとラクシャスの現在の居場所―――重臣用の食堂である。
ビーダとラクシャスの所へ向かう、クーケンと三名の部下と分かれ、ハーヴェンが向かうのは中央指令室だ。ただこちらの指揮は、白兵戦の経験が無いハーヴェンではなく、クーケンの副官を務めるバクのような頭を持った、アロロア星人の中尉が執っている。
ここまでは完璧だ…とハーヴェンは思う。
無論、あの検問所を筆頭にイナヴァーザン城の警備体制が、緩み切っているというのが大きいが、ここまで双方に一人の死傷者も出ていないのは幸いだった。
“だが、ここからはそうもいかない…”
少なくとも“あの二人”の命は、ここで終わらせておかなければならない。これ以上放置しておいては、遠からずイースキー家は滅びてしまうからだ。そしてこれは今の自分にしか出来ない事であった。なぜなら―――
「それはまことか、ハーヴェン!?」
驚きの表情で問い質す、舅のモリナール=アンドアの顔…三日前、この計画を打ち明けた時の記憶が、中央指令室へ向かうハーヴェンの脳裏に蘇る。それはアンドアの屋敷を単身訪れた時の事であり、アンドアが驚きの表情を見せたのは、襲撃計画よりもハーヴェン自身の身体的問題についてだった。
「はい。一昨日の検査の結果です。再発の兆候がある…と」
淡々と言葉を返すハーヴェンが生まれつき遺伝子に異常があり、長期間にわたって治療に専念しなくてはならなかったのは、以前にも述べた通りである。
これがためにハーヴェンは、類いまれなる軍略家としての才能を持ちながら、治療が完了したごく最近まで、戦線に姿を現す事が無かったのだ。
「なんという…」
言葉を失ってうなだれるアンドア。それもそのはずで予めハーヴェンから、再発した場合はもはや治癒は期待できないと、医師から告げられている事を伝えられていたためだ。
「申し訳ありません」とハーヴェン。
「いや、おぬしが謝るような事ではない。謝るような事では…な」
そう言いながらも、アンドアはいかにも口惜しそうであった。無理もない。ハーヴェンの才は幼少の頃から評判で、ドゥ・ザン=サイドゥだけでなくギルターツからも、称賛の眼を向けられていたのだ。そうであるがゆえにギルターツが謀叛を起こした際、ハーヴェンのティカナック家は敗れたドゥ・ザン側にいたのだが、将来を嘱望されたために、ティカナック家は大きな咎めも受ける事無く、許されたほどだった。もしハーヴェンが健常者として生を受けていたなら、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの跳梁跋扈を許さず、サイドゥ家はさらに飛躍していただろう。
自らの生命の灯火が、そう長くはもたないと知ったハーヴェンは、まず何より現在のイースキー家が腐敗した元凶、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマの二人の側近を誅殺し、酒色に耽るばかりの主君オルグターツに猛省を促す事を考えた。
些か短絡的ではあったが、特に二人が目論んでいる例の計画―――未開文明の異星人を隷属化し、その惑星が埋蔵している、大量の金を採掘しようとする計画の実行は、必ず阻止しなければならない。銀河皇国中央の上級貴族まで巻き込む腐敗の連鎖は、何としても事前に断ち切らなければならないのだ。
「しかし…おぬしのような若者が」
絞り出すように言うアンドアに、ハーヴェンは穏やかな笑顔で応じた。
「ご心配なく。再発してもすぐに死ぬわけではありません。それに、この作戦でも生きて帰るつもりですので」
▶#19につづく
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