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第4話:ミノネリラ騒乱
#19
しおりを挟む二年前に父のジューゲンを亡くし、何かとティカナック家を支えてくれた舅の無念そうな顔を振り払うと、クーケンの副官を務めるアロロア星人の透明化した“輪郭”が、左腕を軽く振って“止まれ”のサインを出す。イナヴァーザン城の中央指令室へ着いたのだ。十字路に角を右に臨むと他の箇所よりやや広い通路の向こう、二十メートルほど先にメインドア。その両側に二人に警備兵が両手を背後で組み、無警戒に立っているのが見える。
アロロア星人の副官は、対人戦闘に不慣れなハーヴェンを下がらせ、もう一人の兵士を前に来させると、二人で素早くかつ静かに通路へ出て、銃を構えた。音はしなくとも素早く動けば、光学迷彩の疑似映像が乱れる。その空間の揺らぎに気付いた警備兵だったが、対応する間も無く、放たれたビームが命中して膝から床に崩れ落ちた。麻痺モードであるから気を失っただけだ。
するとハーヴェンら四人は、警備兵が倒れ込むより早く、メインドアに向かって一斉に駆け出した。城内の警備システムには、銃の発砲を感知するセンサー網が含まれており、どこかで銃が使用された場合、警報と発砲場所などのセキュリティ情報が、伝わる仕組みになっているのだ。
人による警備状況はザルでも警備装置は正常である。今の発砲を感知し、一瞬後には鳴り始める警報。メインドアに辿り着いたハーヴェンは、即座にカードキーをドア脇のスキャナーへ通した。アンドアから“日替わりのセキュリティコード”を受け取っているため、無条件に開くドアをすり抜け、四人は光学迷彩を解除しながら中央指令室へ突入する。
広大な中央指令室であったが、戦時でもなく夜間であるため、居たのは当直士官ら十二名だけだった。いや、実際には宙域の一部をウォーダ家に占領されている、戦時なのだが…ここでもやはり、現実を直視していない感が漂っているようだ。鳴り始めた警報といきなり開いたメインドアに、十二名は茫然とハーヴェン達へ視線を移動させるのみ。
「フリーズ!」
「全員。その場で腹這いになり、両手を頭の上へ!!」
「抵抗する者は撃つ!」
十二名の間を、きびきびと動き始めるクーケンの部下達。その様子にようやく、笑い事ではないと実感したのか、当直士官らは慌てて床に伏せてゆく。その直後、銃の発砲を感知して鳴っていた警報が途絶え、同時にヘルメット内のスピーカーから、「ツー・ツー・ツー」と信号音が聞こえて来た。四つに分けた隊の、セキュリティコントロールへ向かったチームからの、制圧を完了したという信号だ。
「ハーヴェン様」
クーケンの副官に呼び掛けられ、ハーヴェンは中央指令室のメインコンソールへ向かった。その間にも今度は通信室の制圧に向かったチームから、完了の信号が届く。状況は順調に進捗しているらしい。
メインコンソールを操作し、ハーヴェンはイナヴァーザン城の全システムを、他の城や基地との接続から遮断し、ロックした。本拠地であるイナヴァーザン城との相互リンクが途切れると、全てのネットワークが一時的に麻痺する。
他の城や基地には本拠地で異変が起きた事を知られるが、ハーヴェンとしてはむしろ、それが狙いであった。程なくしてミノネリラ宙域中が騒然となるであろう。しかしこれはイースキー家を立て直す、最後の機会なのだ。
「あとはクーケン少佐…だな」
外部とのリンクが切れていく様を映し出すモニターを見詰め、ハーヴェンは静かに呟いた………
「ホッホホホホ!」
ワインが回り始めて来たビーダが、愉快そうに笑い声を上げたのは、ハーヴェン達のチームが中央指令室を制圧する、ほんの少し前の事であった。
「そんなの、下げるはず無いじゃない」
ビーダの発した言葉のもとは、植民星系を一時に増やし、その開拓費を捻出するために、一定期間のみ領民に対する増税を行うという政策について、ラクシャスが“一定期間”をどのくらいの長さにするのか、という問いに対してのものだ。
「やはり、そのつもりか」
ビーダの返答を聞いたラクシャスも、驚いて批判するどころか、納得づくの表情で口許を歪める。
「そうよ。あなたも私も、今度の植民星系に新しい宮殿を建てるんだから、税率を下げられるわけ無いじゃない。それに表向きの理由なんて、どうとでもなるわよ」
呆れた事に、実は今回の植民星系の増加ではビーダもラクシャスも、自分の領地となる植民星系を加えていた。二人はこれまですでに、二つずつ植民星系を保有しており、三つとなると重臣どころか、その辺りの独立管領以上の力を持つようになる。そして二人ともその新たな植民星系に、自分用の宮殿を建設する予定でいたのだった。
とその時、警報装置が音を立て始める。中央指令室制圧隊の発砲を感知した警戒システムが作動したのだ。しかし油断しきっているビーダとラクシャスは、訝しげな顔で首を傾げただけである。イースキー家の権勢の頂点に立ち、増長した二人には、事態がまるで飲み込めていない。
「誤作動かしら?…無粋ねぇ」
煩わしげに愚痴を零すビーダ。
だがこの警報が、別動隊によるセキュリティコントロールの制圧によって、短時間で途切れたのは、すでに述べた通りである。このためビーダとラクシャスは本当に、警備装置の誤作動だと思ったようである。すぐに話題を元へ戻す。
「ところで…ウォーダ家をどうする? いつまでもオルグターツ様を、誤魔化しておく事はできないぞ」
そう切り出すラクシャス。一応、自分達イースキー家が置かれた状況と、オルグターツに対する辻褄合わせの必要性は感じているようだ。これに対してビーダは、楽観的な見通しを口にした。
「大丈夫。例の星系からの金の産出が軌道に乗れば、本格的にロッガ家と軍事協定を結ぶ事が出来るわ。そうすれば、ウォーダ家に対して全面攻勢をかけて、ミノネリラ宙域から追い出すのも可能になるはずよ」
ビーダの言葉にラクシャスも賛意を示し、追加案を出す。
「あの星系はエテューゼ宙域にも近い。この際、アザン・グラン家とも誼を通じ、対ウォーダ家で協力を仰ぐのもいいだろう」
「あら、いいわねぇ…」
ニタリ…と笑うビーダ。旧領主トキ家を追放した、ドゥ・ザン=サイドゥが領主であった頃は、ロッガ家もアザン・グラン家も敵対的であったのが、ギルターツが領主の座を奪い、皇国貴族であったイースキー家の血筋を名乗るようになってからは、関係は改善に向かっている。今回のウォーダ家の侵攻に際しても、ロッガ家は国境近くに戦力を集めて、牽制する動きを見せていた。
「んふ…この際、使えるものは、何でも使いましょう」
ビーダがそう言うと、ラクシャスも口許を緩めて、ワインのグラスを軽く掲げてみせる。このような二人に思い出されるのは、カルツェの側近クラード=トゥズークや、旧キオ・スー家の筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイだが、いずれは主君に取って代わろうという野心を秘めていた彼等とは違い、こちらの二人は暗愚な主君を陰で操って、自分達が利を貪ろうという寄生虫的思考に走っていた。
しかし方向性は違えど、己の栄耀栄華にのみ執心し、公人としての責務を果たさぬ者の末路は同じで、あっけない。
ビーダが空になったグラスに、代わりのワインを注ごうとしたその時、食堂の扉の向こうで突然、銃の発砲音が三つ、四つと響く。ビーダはワインボトルを、ラクシャスはローストビーフを刺したフォークを手にしたまま、銃声の響いた扉を見詰めて固まる。
そして扉が開き、早足で入室して来る四人の特殊部隊の兵士。戦闘の兵士がゴーグルをヘルメットへ上げると、その下から現れた見覚えのある顔に、ビーダは茫然とその名を呼んだ。
「ク、クーケン少佐?」
直後、食堂の中に二つの銃声が、新たに響いた………
▶#20につづく
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