104 / 526
第4話:ミノネリラ騒乱
#21
しおりを挟む主君オルグターツの殺害は、当初からハーヴェンの思惑に無かった。そのため一時間ほどして、オルグターツがイナヴァーザン城から脱出したという報告を、クーケン少佐から受けても、ハーヴェンに残念に思う気持ちは微塵もない。
そもそもオルグターツを殺害するのであれば、十六名ではさすがに少なすぎる。そうかといって大人数で押しかけたのでは、いくら堕落した検問所で“袖の下”を奮発しても、通されはしないだろう。
所定の作業を終え、中央指令室へ集まって来たクーケンと部下達に、ハーヴェンは労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様。クーケン少佐、それに皆。よくやってくれた」
そしてビーダとラクシャスの命を絶ったクーケンに向き直り、特に声を掛ける。
「汚れ役を、済まなかった。少佐」
それに対しクーケンは無表情のまま、ゆっくりと首を左右に振って応じた。
「前にも申し上げた通り、これは無駄死にさせられた、私の部下達の復讐です。それを果たす事が出来たのは、むしろ幸甚。どうかお気になさらず」
「ありがとう」
クーケンの言葉に礼を言ったハーヴェンは、それでもビーダとラクシャスの冥福を祈って瞼を閉じた。そして哀れなものだ…と思う。
権力とカネに溺れ、多くの者を苦しめていたとはいえ、最初はあのような人間ではなかったはずなのだ。資料を見れば、奥の院に上がった頃の二人は、息を呑むほど美しく、ただひたすらオルグターツの寵愛を、受け止めるだけであったに違いない。
それを歪ませたのは、ビーダは“メンタルドミネーション”、ラクシャスはトランサー能力によるNNLへの深々度アクセスという特殊な才能に、それぞれが目覚めた事。そしてその才能をイースキー家ではなく、自分の私利私欲のために使わせたオルグターツの自堕落な振る舞いと、そして何より権力とカネという“蜜の味”を知った事に対する、ビーダとラクシャスの自身の弱さに他ならない。
それが証拠に、オルグターツ当主がとなった二年前ぐらいから、ビーダもラクシャスも、“メンタルドミネーション”や“トランサー”の力が衰え、最近では使えなくなっていた。すべてが思いのままになった事で、そういった才覚への執着がなくなったせいだろう。人間として劣化してしまったのだ。
やがてクーケンの部下の一人が、シャトルの発進準備が完了した事を、報告して来る。目的を達した以上、長居は無用だった。
「急ぎましょう、ハーヴェン様。麓に基地のある陸戦隊第1師団が、すでに動き出しているはずです」
「わかった」
ハーヴェンが頷くと、クーケンは副官のアロロア星人に確認を取る。
「退路以外の隔壁は、全て閉じているな?」
「はっ。エリアごとにセキュリティコードを変更しましたので、簡単には進めないはずです」
「よろしい。離脱する」
それから約十分後、イナヴァーザン城の天守区画に突入した、イースキー軍陸戦隊第1師団の兵士達は、夜空を駆け上がっていく将官用シャトルを、見上げる事になったのであった………
イナヴァーザン城から成層圏を突き抜けたシャトルは、バサラナルムの衛星軌道上で待機していた貨物宇宙船に収容された。クーケンと部下達が、皇都惑星キヨウからここまでの移動に使用した船だ。
貨物船にはクーケンの別動隊が保護して連れ出した、ハーヴェンの妻エルナと、嫡男でまだ一歳のデュカードが先に乗っている。エルナはモリナール=アンドアの二女。赤子のデュカードにはハーヴェンのような遺伝子異常はなく、夫婦を安堵させていた。
「あなた。よく無事で」
デュカードを両腕に抱いて出迎えたエルナに、ハーヴェンは穏やかでいて、申し訳なさそうな笑顔を見せる。
「心配かけて、済まなかったね」
そこへ声を掛けて来るクーケン。
「ハーヴェン様。すぐにバサラナルムを離れます。席におつき下さい」
頷いたハーヴェンは妻を促し、キャビンへと向かった。客船ではなく貨物船であるため、機能性一辺倒の無骨な客室へ入り、そこそこ程度の反発性を持つクッションを張り付けた座席に、妻と並んで腰を下ろす。クーケンは細い通路を挟み、ハーヴェンの隣に座った。一分もしないうちに重力変動が起き、貨物船は動き出す。船窓からはバサラナルムの特徴である、極方向に惑星を回る氷粒のリングが、銀色に美しく輝いている。
「そういえば、クーケン少佐」
前を向いたまま、ハーヴェンは話しかけた。
「は?」
「きみはノヴァルナ公と、直接話す機会があったね。公はどのような方だい?」
クーケンの隊は四年前に、キヨウへ向かったノヴァルナを殺害しようとして失敗し、捕縛されたものの許されていた。
「はい。巷で噂されていたような、傍若無人なお方ではなく、公明正大にして猛き心と慈悲の心を併せ持つ、名君の器かと」
これを聞いてハーヴェンが「なるほど」と応じると、クーケンは僅かに微笑んで付け加える。
「正直なところ、ノヴァルナ公をあのような手段で殺害せずに済んだ事は、良き事だったと…あくまでも個人的な感想ですが」
「そうか」
短く答えたハーヴェンは、おそらくオルグターツとは、全く逆のベクトルを持つであろうウォーダ家の当主に、直接会ってみたいという気持ちを抱いた。
“いつか私も、お会いしたいものだ…この命があるうちに”
そんなハーヴェンを乗せた貨物宇宙船は数日を経て、ミノネリラ宙域から隣接するエテューゼ宙域へと、抜けて行ったのである………
▶#22へつづく
0
あなたにおすすめの小説
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる