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第4話:ミノネリラ騒乱
#23
しおりを挟むウネマー星系独立管領ジローザ=オルサーが、妻子と共に逃亡したという報告が入ったのは、ノヴァルナを乗せた戦闘輸送艦『クォルガルード』が、本拠地惑星ラゴンのある、オ・ワーリ=シーモア星系外縁部に超空間転移を終えた直後だった。
報告は二通。一通はナルガヒルデ=ニーワス、もう一通はキノッサに与力として付けている、マスクート・コロック=ハートスティンガーからである。
『クォルガルード』の艦内時間ではちょうど昼前であったので、ノヴァルナは早めの昼食を取ろうとしていた。相伴するのは妻のノアと副官のラン。それに外務担当家老の一人テシウス=ラームと、第9航宙戦隊司令を務めているカッツ・ゴーンロッグ=シルバータだ。第9航宙戦隊はノヴァルナの第1特務艦隊の護衛として、本来の所属の第1艦隊から分離されている。
「逃げられただと!? キノッサめ、何をやっていた!!」
先にナルガヒルデからの報告画像を見る中で、シルバータはドン!とテーブルを叩いて声を上げた。しかし食器類がガシャンと音を立て、ノアとランが無作法さを咎める眼を向けると、その視線に気づいてバツが悪そうに肩をすぼめる。
ナルガヒルデの報告では、ウネマー城へ入ったキノッサから連絡があり、城に一行が入ってみると、家臣達が当主のジローザ=オルサーを探し回っている状況で、自分達も一緒に探したのだが、妻子共々全く見当たらず、どうやら家臣達も知らぬ間に、どこかへ逃亡してしまったらしい…という話であった。
大変な失態にもかかわらず、これに対するノヴァルナの反応は薄い。
「なるほどな…ま、いいんじゃね?」
あっさりと言い放つ主君に、生真面目なシルバータが戸惑いを隠さなかった。
「宜しいのですか!?」
「ん?…おう、そうだ。領主が居なくなったんだよな。当分の間、ウネマーはナルガに統治させるとすっか。それでいいよな?」
軽い調子で応じるノヴァルナに、硬い口調で「そうではございません!」と返すシルバータ。そのやり取りにどこか、昔のノヴァルナと世話役であったセルシュ=ヒ・ラティオを思い出し、ノアは噴き出しそうになる。
「事は我等の沽券にかかわる事案ですぞ。陸戦隊を降下させ、第1艦隊は星系内にいる船を片っ端から臨検。草の根を分けてもウネマー達を探し出して、捕らえるべきで有りましょう!」
身を乗り出して対応策を提案するシルバータに、ノヴァルナは「アッハハハ!」と、いつもの高笑いを発した。
キノッサにオルサーの目論見を知らせず、味方に付くというオルサーを処刑せよという、理不尽な命令を出したノヴァルナの意図は、トゥ・キーツ=キノッサという人間が、今回のように主君から理不尽な命令を下され、ギリギリまで追い詰められた状況で、最終的にどのような行動を取るかを見極めるためであった。
「いいからほっとけ」とノヴァルナ。
「しかし!」
「しつけーぞ、ゴーンロッグ! いいからメシ喰ってろ!」
「も、申し訳ございません」
例えば今、怒鳴りつけて引き下がらせた、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータ。シルバータは分かり易い。主命は絶対と思うこの男に同じ事を命じれば、理不尽な命令であっても、何の躊躇いも無くオルサーを処刑するだろう。
そして例えばナルガヒルデ=ニーワス。教師を思わせるあの女性武将には、理不尽な命令を出すだけの、ちゃんとした理由を説明する必要がある。無論、主従関係であるから、納得させられぬまま押しき切ることも出来るが、代償として失うものの方が多いだろう。
然るにトゥ・キーツ=キノッサである。
ジローザ=オルサーの処刑という理不尽な命令に対して、追い詰められたキノッサが出した答えは、“面従腹背”だった。表向きはノヴァルナの命令に従ったように振る舞いながら、逃げられたと言いつつオルサーをわざと逃がしたのだ。これは今後も似た状況で、同様の判断を行うはずだ。
この話は何が正解というものでもない。キノッサがどう判断して、どう行動するかが解答の全てなのである。それによってキノッサをどう使っていくかは、ノヴァルナの手腕の方に掛かって来るのだ。
“ま。いろんなヤツがいた方が、いいってもんさ…”
ノヴァルナはそう思いながら、昼食に出されたラゴンホッカイシダビラメのムニエルにナイフを入れる。甘味のある肉厚の白身が喜ばれる高級魚だ。
当然、ノヴァルナ自身も、オルサーを処刑するつもりはなかった。実はキノッサと行動を共にしている、ナルガヒルデとハートスティンガーの二人には事情を話しており、キノッサが単純に命令通りオルサーを処刑しようとした場合は、止めさせる役目を与えていた。
キノッサはナルガヒルデには警戒して、オルサーを逃がそうという判断を秘密にはしていたが、個人的に身内同然のハートスティンガーには打ち明けていた。その辺りはまだ甘いという事であろう。
「キノッサの野郎は謹慎二週間。ナルガヒルデは訓告処分。そんなトコだろ」
ノヴァルナは白々しく告げて、フォークに刺したムニエルの一片を、口に運び入れた。
ところでノヴァルナが惑星ラゴンへ戻って来たのには、それなりの理由がある。このところイースキー家への協力体制を見せている、オウ・ルミル宙域星大名ロッガ家の動きを抑える一手のためであった。
イースキー家の本拠地惑星、バサラナルム攻略を目指すウォーダ家にとって、進攻中に側面から、ロッガ家の攻撃を受ける可能性があるのは非常に危険だ。さらにミノネリラ宙域後に、皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域との航路を、確保するためにも、ロッガ家の後背もしくは側面に敵対勢力、つまりウォーダ家の味方を置きたいのが、ノヴァルナの思惑である。
ラゴンへ帰着した『クォルガルード』以下第1特務艦隊と、護衛の第9航宙戦隊を月面の艦隊駐留基地『ムーンベース・アルバ』に向かわせ、ノヴァルナはノアと共に、シャトルで直接キオ・スー城へ降下した。
「じゃ。私、ラボに行くから」
シャトルポートから城内に入ると、ノアはノヴァルナに声を掛けた。ノアの目的は、キオ・スー城に新たに設置した、『超空間ネゲントロピーコイル』の研究ラボでのデータ整理である。『スノン・マーダー城』の建造によって、『ナグァルラワン暗黒星団域』の支配権を獲得した事で、かつてノヴァルナとノアが1589年のムツルー宙域へ飛ばされた、ブラックホール周辺のデータ収集が進んだためだ。
ノアは「おう」と応じる夫に、念を押すように告げる。
「いい?…最後はイチちゃんの、気持ちだからね」
「わかってるって」
ノアの言葉にノヴァルナは、緊張とも苦笑ともつかない、珍しい表情を返した。
▶#24につづく
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