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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#03
しおりを挟むここを死に場所と決意して盛り上がるノヴァルナと仲間達。ところがここで、冷や水を浴びせる者がいた―――
「はぁ!? なに言ってんスか。俺っちはそんなの、真っ平御免ッスよ!!」
呆れた口調で言い放たれる大きな声。皆が一斉に注ぐ視線の先にいたのは、ここまで発言の無かったトゥ・キーツ=キノッサである。即座に怒鳴り声をあげるシルバータ。
「キノッサ、貴様! 小心者が怖気づいたか!!!!」
するとキノッサはすっくと席から立ち上がり、シルバータに対して思いも寄らぬきつい言葉を吐いた。
「猪突猛進しか能のないおっさんは、黙っとくッス!!」
「!!………」
突然の台詞に、怒り出すより唖然としてしまうシルバータ。キノッサは居並ぶ武将達に、決然と放言する。
「みんな、なに格好良く死ぬ事を、考え始めてるんスか!! それじゃあ、往生際が良過ぎるってもんスよ!!」
普段は重臣の集まりでも隅で大人しくしている事が多かった、キノッサの豹変ぶりに、シルバータだけでなくマーディンやササーラも、思考を停止してしまった。さらにキノッサは、自分の主君ノヴァルナを見据えて言う。
「あんたのいつもの往生際の悪さは、どうしたんスか!? たかがナギ様に裏切られたぐらいで、らしくないってもんでしょうが!!」
「キノッサ殿、言葉が過ぎる!!」
珍しくランが、キノッサの放言を窘める。しかしキノッサはここでも珍しく、ランにきっぱりとした口調で反論した。
「いいえ、過ぎてはおりません! フォレスタ殿こそ、ノヴァルナ様の浅はかな考えを説得し、翻意して頂くが真の忠義というものでありましょう!!」
するとキノッサの言葉を聞き咎めたノヴァルナが、怒りを抑えた声で問い質す。
「浅はかな考えだと?」
「そうでしょうが!!」
間髪入れず返答するキノッサも、眼光が鋭い。
「なんで生き延びる事を考えないんスか!? こんなトコで死んだって、無駄死にってもんでしょうが。あんたも! 俺っち達も!! 四年前に討ち取ったギィゲルト・ジヴ=イマーガラ以下の死に様ッスよ!!!!」
「てめぇ…」
激発しそうなノヴァルナ。ただもしここに、ノヴァルナの一番の理解者である妻のノアがいれば、キノッサを褒めたであろう。他人とは思考回路が違うところのあるノヴァルナは、追い詰められた時には怒らせた方が、頭の回転を速めて正しい答えを導き出そうとするからだ。
トゥ・キーツ=キノッサに対してのノヴァルナの評価は以前、旧イースキー家の武将であったデュバル・ハーヴェン=ティカナックを、味方につけた際に語った通り、“最後に自分を殺しに来る、切り札”という奇異なものであった。
絶対的な忠誠心と、自分が取って代わろうという野心…しかしこの矛盾に満ちた評価こそが、キノッサの真価ともいうべきものだ。全ての武将がノヴァルナと運命を共にしようとする中で、異論を唱える者がいる。それこそがノヴァルナが口にした、「いろんな奴が居ていい」という思いだった。
するとキノッサはここでがらりと態度を変え、会議卓に両手をつくと、深々と頭を下げてノヴァルナに訴える。
「御大将! ここはどうか無様にご撤退を!! このキノッサ、全霊をもちまして、伏して御願い奉りまする!!」
わざわざ“無様”と付け加える、いやらしさもキノッサらしい。
「………」
「………」
しばらくの睨み合いのあと、チッ!…と舌打ちして、ノヴァルナは両手を自分の腰に置き、会議室を見回しながら言い放つ。
「やめだ、やめだ!! サルのせいで、興が覚めちまったぜ!!!!」
「と申されますと!?」
ここで合いの手のように問い掛けるのは、キノッサではなくシルバータ。まるでそれが自分の役目であるかのようだ。ノヴァルナは自分を取り戻したかのように、いつも通りの不敵な笑みを向けて応じた。
「逃げる!! 無様に! みっともなく! 尻尾を巻いてなぁ!!」
それを聴いてキノッサは、大声で礼を述べる。
「ありがとうございます!! それでこそ、我等が御大将!!!!」
キノッサの大袈裟で調子のいい反応に、ノヴァルナは「ふん…」と鼻を鳴らす。古参の家臣やイェルサスは、それがこのひねくれ者流の、照れと感謝の合わさったものだという事を知っている。
ところがキノッサの思いも寄らぬ行動は、それだけにとどまらなかった。
「つきましては、このキノッサめの第36艦隊が、殿軍を努めますれば、皆々様には早々のご退却を!」
「!!!!」
再び唖然となるノヴァルナと武将達。無理もない、つい今まで散々ノヴァルナに翻意を促しながら、今度は自分がここに残ると言う。殿軍など命が幾つあっても足りない役目だ。だがしかしこれがキノッサという人間なのである。
「キノッサ、てめぇ…」
完全に主役の座を奪われた形のノヴァルナは、忌々しさと苦笑の入り混じった、複雑な表情で睨みつけた。
キノッサは胸を張り、陽気な声でなおも言い放つ。
「無論、わたくしも死ぬつもりはございません。御大将が安全圏へ離脱されるまで敵を引き付け、しかるのちに見事脱出してご覧に入れまする!!」
そんな猿顔の若者を見据えるノヴァルナは、腹の内で“こいつは…”と唸った。景気のいい事を口走っているキノッサだが、実際には命が幾つあっても足りないのが、殿軍なのである。下手をすれは敵中に孤立し、袋叩きに遭う事になる。
「てめぇは―――」
そう言いかけたノヴァルナに、キノッサは自らの発言で、みなまで言わせない。
「はい! 当然ながら、わたくしが無事生還した暁には、それ相応の褒美を頂戴致しますので、その辺はお忘れなきようにお願い致しますよ!」
するとここで、不意に表情を変えるキノッサ。屈託のない無邪気な笑顔だ。その笑顔をイェルサスにも向けて、穏やかな口調で告げる。
「ノヴァルナ様、イェルサス様。このキノッサ、あの日の誓いを果たす時が、参りました」
それは今から八年も前、ナグヤ=ウォーダ家の人質だったイェルサスが、イマーガラ家に引き取られる際、別れの宴の夜に星空へ誓った事であった。
“ノヴァルナとイェルサスで銀河を手に入れる…そのとき殿軍は自分が務める…”
だがそのときの言葉とは―――
「アッハハハハハ!!!!」
突然高笑いを発したノヴァルナは、キノッサに歩み寄ると、その頭頂部を平手でペーン!…とひっぱたいた。
「あいたぁ!」
どんぐり眼を見開いて、右手で頭を押さえるキノッサ。ノヴァルナはそのキノッサに、あっけらかんと言い放つ。
「バーカ。んなモン、誓いでもなんでもなく、ただの冗談だったじゃねーか!!」
そしてノヴァルナは不敵な笑みと共に、キノッサの殿軍に許可を与える。
「冗談なんかで、死ぬんじゃねーぞ。キノッサ!」
「ノヴァルナ様…」
感じ入るキノッサ。そこにこれも会議では発言の無かった、ミディルツ・ヒュウム=アルケティが加わって来た。
「その殿軍の役目、我等にも賜りとうございます」
さらにイ・クーダ家の当主カトラスも、殿軍への参加を申し出る。
「我々は、星帥皇室のハルマー宙域討伐で、ノヴァルナ殿下のご不興を買ってしまいましたからな。今こそ、その罪滅ぼしの時というものにございましょう」
「これは頼もしい限りにて!」
嬉しそうに言うキノッサに苦笑いを向け、ノヴァルナは新たな命令を下す。
「よっしゃ! 次の作戦名は“恥っさらしの逃走作戦”! さっさと打ち合わせに入るぞ!!」
▶#04につづく
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