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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#05
しおりを挟む一方、ヒルザードの話からノヴァルナが嗅ぎ取った通り、アザン・グラン側にも齟齬が生じていた。それはやはり、“『カノン・ガルザック』宇宙城が思っていたより早く降伏した”事だ。
宇宙城から約二光年離れたキーメラ星団に集結中の、アザン・グラン軍主力部隊では、総旗艦『サイオウ』の艦橋で指揮を執る、筆頭家老のヴァゼリエ=エヴァーキンが、口を真一文字にして戦術状況ホログラムを見詰めている。
『カノン・ガルザック』城を中心に映し出した戦術状況ホログラムには、偵察用潜宙艦からの超空間データリンクで得られた、ウォーダ家の最新状況が表示されていた。
それによるとおよそ三十分前に、ウォーダ軍の総旗艦『ヒテン』と思われるマーカーを中心にした、宇宙艦の一団が先行して離脱したのを皮切りに、駐留していた艦隊が次々に動き始めている。どうやらこちらの作戦計画に気付いたのだろう。
エヴァーキンの周囲に立つ参謀達が、どこかしら苛立った様子で言葉を交わす。
「我が方の艦隊集結は、まだ完了しないのか?」
「第8艦隊が遅れている。あと一時間はかかるそうだ」
「むう…“8艦”は待たずに、追撃に入るべきではないのか?」
「いや。エヴァーキン様のあのご性分だ、それは為さらないだろう」
ヴァゼリエ=エヴァーキンはアザン・グラン家重臣の中でも、実直な性格で知られていた。したがってウォーダ軍の追撃に入るにしても、戦力が整うまで動きはしないだろうという予測が、参謀達の判断である。
「こうなると、カーティス様の早い降伏が痛いな」
別の参謀が話に加わる。
「ああ。あと一日ぐらいは、持ちこたえられると思っていたのだが…」
「存外、頼りなかった、という事か」
以前にも述べた通りに、『カノン・ガルザック』宇宙城の城主カーティス=アザン・グランは、勢力争いを続けるアザン・グラン家一族の中でも、嫡流たるウィンゲートに次ぐ勢力を持ち、主導権の掌握を目論んでいた。
当主ウィンゲートは今回のウォーダ軍侵攻を利用し、カーティスの本拠地である宇宙城に敵を引き付けさせ、戦力と勢力を疲弊させようと考える一方で、カーティスが一門筆頭の意地を見せ、二日程度はウォーダ軍を足止めするだろうと、虫のいい事を考えていたのである。
だが実際は、当のカーティスは僅か一日で降伏。『カノン・ガルザック』宇宙城を開城して、ウォーダ軍を呼び込んでしまったのだ。これには当然、ウォーダ家とその同盟軍の奮戦があったためだが、アザン・グラン家にすれば、カーティスの不甲斐なさに眼が行っても、仕方のない事であろう。
そうして約一時間後、キーメラ星団に集結を終えたアザン・グラン軍主力は、ようやく動き始めた。その戦力は基幹艦隊12個。
対するウォーダ同盟軍はすでに大半が離脱を完了。殿軍第一陣を務めるキノッサの第36艦隊と、ミディルツのヤヴァルト宙域防衛第1艦隊が、占領下に置く『カノン・ガルザック』宇宙城の上下に扇状に展開しており、その後方にセッツー宙域独立管領イ・クーダ家の二個艦隊が、第二陣として配置されていた。
そこからヤヴァルト宙域方向へ約百光年戻った位置に、一回目の統制DFドライヴを完了した、ウォーダ軍撤退部隊主力の第7、第8、第31艦隊。そしてミノネリラ宙域ではなく、オ・ワーリ宙域へ向かうコースに、トクルガル家の二個艦隊が撤退中であった。
またノヴァルナに代わって、総旗艦『ヒテン』にヴァルミスが乗り込んだ第1艦隊は、次の統制DFドライヴで撤退部隊主力と合流する予定となっている。
そして『クォルガルード』に乗ったノヴァルナは、それらに先行して皇都惑星キヨウを目指していた。陣容は旗艦である戦闘輸送艦『クォルガルード』と、その同型艦が四隻、巡洋戦艦一隻と駆逐艦四隻の僅か十隻だけである。第1特務艦隊に所属する残りの艦は、先に分離避難させた補給部隊の乗組員を収容するため、別行動を取っており、乗組員収容後は輸送艦は放棄し、陽動を兼ねた別ルートでキヨウを目指す作戦だった。ただどの部隊も、撤退路を遮断しようとしているアーザイル家の部隊と、遭遇する危険性を孕んでおり、全く油断はできない。
「宇宙城の防御火器は、遠隔操作が可能なんスよね?」
『カノン・ガルザック』宇宙城の上方に展開した第36艦隊の旗艦、『ヴェルセイド』の艦橋に立つキノッサは、少々緊張した声で傍らの作戦参謀に確認した。これで五回、同じ事を訊いている。
「はい。準備は完了しております」
それでも律儀に一々応じる参謀を見て、通信参謀からの報告を受けていた参謀長のハーヴェンは、苦笑いを浮かべてキノッサを窘めた。
「司令官閣下。少々落ち着きなされませ。司令官の動揺は兵達にまで、伝播するものですよ」
「そりゃ、分かってるんスけど…はぁ、勢いでエライこと言っちまったもんス」
今更のように自分が殿軍を務めると言い放った事を、後悔し始めているキノッサにハーヴェンは苦笑いを大きくし、励ますように告げる。
「それより朗報です。アルケティ様配下の駆逐艦が、このエリアに潜んでいた敵の潜宙艦を発見、撃破に成功したとの報告です」
ハーヴェンの潜宙艦撃破の報に、キノッサは「やっぱり居たッスか!」と反応して、背筋を伸ばした。防御戦の指揮を執るキノッサに対し、ミディルツは情報収集のための敵潜宙艦が、辺りに潜んでいる可能性を指摘。対潜哨戒を厳にするよう、意見具申して来ていたのだった。これでこちらの迎撃態勢に関する続報が、敵に届く事は無くなるであろう。
「流石ッスな、ミディルツ殿は。俺っちも負けてらんないッス」
自分の出世コースの最大のライバルの一人と考える、ミディルツの判断力と戦果に、キノッサは不安も吹っ飛んだ表情になる。キヨウ上洛戦の際にも見せたが、普段は冷静沈着なミディルツであるが、戦闘・戦術においては果断で、時には大胆であった。そうであるから、殿軍に加わる事を選択したに違いない。
負けてられない…という主君の発言を受けて、ハーヴェンは釘を刺しておく事も忘れない。
「気負いを気合に変えるのは宜しいが、殿軍を務める以上、手柄を奪い合う戦い方ではなく、手柄を分け合う戦い方をするのが、肝要にございますよ」
「わ…分かってるッスよ。軍師殿」
気まずそうに指先でこめかみを掻くキノッサ。そこへ宇宙城周辺に配備していた哨戒駆逐艦から、敵発見の報が入る。
「三番哨戒駆逐艦より入電。“敵ト思シキ大ナル超空間転移反応ヲ探知。我ヨリノ方位068マイナス34。距離約12万”」
戦術状況ホログラムが情報を最新のものに更新され、宇宙城の右斜め前方やや下に、アザン・グラン軍主力部隊らしき表示が出現した。
「全艦、戦闘態勢ッス!」
キノッサは司令官席には座らず、その前に立ったまま命令を発する。即座に伝えられる、ミディルツからの新たな意見具申。
「キノッサ殿。陣形の変更を、提案させて頂きたい」
通信スクリーンの中で、ミディルツは落ち着いた口調で告げる。
「今からッスか?」とキノッサ。
「はい。潜宙艦を仕留めましたゆえ、敵はこちらが陣形を変えても、すぐには察知できません。今のうちに我が艦隊が敵主力に急進し、機先を制したく思います」
そう言われてキノッサは、参謀長のハーヴェンに振り向いた。ハーヴェンは軽く頷いて応じる。
「アルケティ様のご提案は、理に適っております」
これを受けてキノッサは、ミディルツの意見具申を採用した。
「アルケティ殿の案を是と致します」
キノッサの了承に感謝の言葉を述べると、ミディルツは自分の艦隊を加速前進させ、一気にアザン・グラン軍主力部隊へ接近を開始した。
▶#06につづく
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