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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#20
しおりを挟む確かにヒルザードの言った通り、撤退を始めたウォーダ軍遠征部隊は、どうにか戦力を整えた状態を保っていた。これは各指揮官の手腕の高さを示すもので、極めて重要な事だ。指揮統制を失って“総崩れ”を起こした部隊は、相手にとっては狩りのいい獲物に成り下がってしまうからである。
かつて強大な勢力を誇ったイマーガラ家が、“フォルクェ=ザマの戦い”で主君ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを失った後、急激に衰退したのも、オ・ワーリ宙域から撤退する際に多数の部隊が“総崩れ”を起こし、ウォーダ軍の追撃に大損害を受けたのも一因だとされている。
“みんな…一人でも多く、生き残れよ”
戦術状況ホログラムを見詰めながら、ノヴァルナは内心で呟いた。
どの部隊を見ても、あと一度は敵の追討を撃退する必要はありそうである。しかも一日のタイムラグがある以上、ノヴァルナ自身が各部隊に指示を出す事は不可能で、たとえ指示が出せても、自分の居場所を敵に知られるような事は出来ない。囮を演じてくれている家臣達の努力と犠牲が、無駄になるからだ。したがってこの各部隊からの情報も、『クォルガルード』が一方的に受け取っている状況だった。
すると、家臣達の生存を気遣うノヴァルナのそんな表情を、読み取ったらしいヒルザードがある種、ぬけぬけとした態度で問い掛けて来る。
「殿下も、充分お気持ちが、静まったみたいですな」
その言葉を聞き、ノヴァルナは苦笑いを浮かべて応じた。
「言うな。反省は、してるって」
ノヴァルナが言う“反省”とは、自分達がアーザイル家の裏切りに遭い、敵中で挟撃された事が判明した時、自分だけが囮になって、家臣を逃がそうとした事だ。
美談ではあったが、忠義に厚い家臣達がそのような話を受け入れるはずがなく、大半の者に加え、同盟軍であるトクルガル家のイェルサスまでが、ノヴァルナと運命を共にしようとした。
結果的には重臣の一人、キノッサの諫言で思い直し、敵中突破の撤退戦に移ったのであるが、もし当初の想いのまま玉砕戦術をとっていたなら、本当は生きていたかったであろう、末端の兵士にまで死を強要していたはずである。
ノヴァルナの返答に、年長者の眼で頷くヒルザード。この老獪なフォクシア星人の武将は、ノヴァルナという若者を知るにつれ、苛烈な印象とは違い、実際は兵を大切にする武将だという事に気付いていた。その純粋さは、ノヴァルナにとって弱点であると同時に、美徳でもあったのだ。
ヤーマト宙域星大名のフォクシア星人、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガは、深謀遠慮に富み、また複雑怪奇な思考をする老武将であった―――
元はヤヴァルト宙域に隣接する、セッツー宙域のゴービャック星系で、代官を務めていたヒルザードは、ナーグ・ヨッグ=ミョルジが当主を務めていた皇国暦1540年代の早くからこれに加わり、当時は皇国摂政のホルソミカ家の側であった、ミョルジ家の中でその頭角を現す。
その頃の主戦場は、皇都キヨウを有するヤヴァルト宙域に隣接し、“オーニン・ノーラ戦役”でホルソミカ家の敵側であったタンバール宙域であった。ヒルザードは弟のソーシェルと共同で、この宙域の平定に尽力。数々の功績を挙げて、ミョルジ家内での地位を確たるものとする。
その後もヒルザードはナーグ・ヨッグのもとで重要な役割を果たし続け、皇国暦1550年代はじめには、外様でありながら重臣中の重臣たる“ミョルジ三人衆”と、ほぼ同格の地位を得るに至った。
だがその一方でヒルザードは次第に独立志向を強め、自分が統治を任されたヤーマト宙域で、シギーザン星系を中心とした勢力圏を確保。周辺の植民星系を支配下に置いていき、その規模はやがて独立管領のレベルを超えるまでになる。
そして1560年代に入り、ナーグ・ヨッグが疑念の残る自死で他界した事で、単独行動を開始。以前から思想的に軋轢のあった“ミョルジ三人衆”が、ミョルジ家の実権を握った事で関係が悪化。
さらに三人衆が当時の星帥皇、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガを殺害した際、継承権を持つジョシュア・キーラレイ=アスルーガを保護し、エテューゼ宙域への亡命の手助けをしたのを機に、完全な敵対関係となった。
そこでヒルザードは“敵の敵は味方”…という理屈で、当然のようにウォーダ家へ寝返る。稀代の人物、ノヴァルナ・ダン=ウォーダに興味があったのも確かだ。ノヴァルナのここまでの成り上がりぶりは、単に運が良かっただけではないと、考えたからである。
そんなヒルザードが、実際に行動を共にするようになったノヴァルナは、やはり面白い若者であった。
立ち居振る舞いこそ砕けた印象だが、星大名としての毅然とした筋が一本通っており、策謀なども使う事は使うが、性格的に好んでいないように見える。いい意味でも悪い意味でも、“正義の味方”であろうとしているのだ。こういう人物であるなら、家臣達も忠義を尽くして付いて行きたくなるはずである。
ただそれが理解できるヒルザードではあるが、この男の忠誠心はあくまでも、自分の野心にのみ向いている事を忘れてはならない………
▶#21につづく
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