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第17話:銀河に脈打つ謎
#01
しおりを挟むヤクマック城に入ったキノッサが、大窓から見える雪景色にくしゃみを連発していたその頃、オウ・ルミル宙域のアデューティス星系にいたノヴァルナは、ミノネリラ宙域の惑星バサラナルムから、意外な訪問者を迎えていた。妻のノアである。しかも持ち掛けて来た話がノヴァルナを困惑させる。
「はぁ!? ザーカ・イー星系へ、行くだと!?」
建設中のウォーダ家新本拠地、アデューティス城を遠くに臨むホテルのラウンジで、ノヴァルナは妻の言葉に、眼を見開いて頓狂な声を上げた。
「そ」
テーブルを挟んで向かい側に座るノアは、そっけなく応じて、よく冷えたアイスティーを満たしたグラスを手に取る。ストローを形のいい唇に運ぶ彼女の両側にはいつもの如く、メイアとマイアのカレンガミノ双子姉妹が、SPモードの黒いスーツ姿で立っていた。
「おまえ一人でかよ!?」
対するノヴァルナの両側には、ラン・マリュウ=フォレスタとヤスーク・ハイマンサが、背筋を伸ばして立っている。
「一人じゃないわよ。メイアとマイアも一緒だし、向こうには協力者もいるわ」
「いやいやいや。そういう問題じゃなくてだな…」
「だってあなた、いま手を離せないでしょ?」
ノアの言う通りである。数日前に“アネス・カンヴァーの戦い”で勝利を収めたとはいえ、今のノヴァルナは戦後処理で、多忙な時を過ごしていた。このアデューティス星系に居るのも、今の本拠地バサラナルムと皇都惑星キヨウの、中間に位置しているからだ。二人がいるホテルは、建設中の城に宿泊設備が備わるまでの、繋ぎとしてウォーダ家に利用されている。
「だから、なんで今なんだよ?」
困惑するノヴァルナに、ノアは我が意を得たりといった風に言い放つ。
「あら。“今やるべきと思った事をやる”のが、あなたのモットーでしょ? ならその奥さんも、同じでいいんじゃない?」
お株を奪われた感を漂わせ、ノヴァルナはやれやれ…と、肩をすくめた。もしここにドゥ・ザン=サイドゥが居れば、だんだんと妻のオルミラに似て来た娘に、やはり肩をすくめたであろう。それにノアが一度言い出したら聞かないのは、ノヴァルナ自身も、よく知っている性格だ。「…ったく」と舌打ちしそうな表情をして、今回の話の本題について問い質した。
「わーったよ。んで? 例の“双極宇宙論”のヒント…本当に、ザーカ・イー星系にあるんだろうな?」
“双極宇宙論”…それはノヴァルナとノアが追い求める、“超空間ネゲントロピーコイル”に関わる銀河の謎であった………
皇国暦1565年3月10日。ノヴァルナの皇都キヨウ上洛に便乗したノアは、中途のとある恒星系で別れ、恒星間シャトルでザーカ・イー星系へと向かった。
ただ、人数が増えている。
今回の旅はあくまでもノアの私用であって、当初はメイアとマイアだけを、連れて行くつもりだったのが、ノヴァルナに直談判した際、許可するのと引き換えにノヴァルナは、四人の女性『ホロウシュ』を、護衛として同行させたのだ。
その四人とはラン・マリュウ=フォレスタを筆頭に、ジュセ=ナ・カーガ、キュエル=ヒーラー、キスティス=ハーシェルである。中でもノヴァルナの副官で、身辺警護役も兼ねているランが、ノヴァルナの傍らを離れて同行するのは異例だ。
ランとしては乗り気ではなかったのだが、ノヴァルナから「副官役ならジークザルトがいるし、身辺護衛ならヤスークで事足りるってもんよ」と言われ、引き受けざるを得なかった。それに戦闘に関しても、ランの『シデン・カイXS』は、先日の“アネス・カンヴァーの戦い”で、ノヴァルナの『センクウ・カイFX』の身代わりになり、トゥケーズ=エイン・ドゥの銃撃を被弾。大きな損害を受けて修理中のため、使用不能となっている。
それにこれにはノヴァルナの、“ランを休ませたい”という思いもあった。エイン・ドゥの銃撃を受けた際、コクピット内部にまでダメージが届き、飛び散った破片が、ランの左腕を深く突き刺すという事態を起こしていたのだが、傷を手当てした翌日にはもう、副官職としてノヴァルナのもとへ出て来たのである。
その日は、ノヴァルナも休むように叱りつけて追い返したのだが、翌日も翌々日も翌々々日も、もう治りましたと出仕して来て、ノヴァルナを閉口させていた。そんな折りのノアからのこの話にノヴァルナは、休暇代わりにランを同行させる事を思いついたのだ。
そんな女性達を乗せた恒星間シャトルは現在、ザーカ・イー星系最外縁部に設置された超空間ゲートから、星系首都である第三惑星ラグートに向かっている。キャビンに備え付けられている時計を見て、ノアは部屋の中にいるメンバーに声を掛けた。
「ラグートまではあと三時間ほどですか…到着は深夜になりそうですので、食事はここで済ましておきましょうか」
「そうですね」
頷いたランは夕食の準備に席を立とうとする。それをジュゼとキスティスが慌てて立ち上がり、制止した。メイアとマイアと共に操縦室にいるキュエルも含めた三人は、ノヴァルナから“今回はなるべくランを休ませてやれ”と、出発前に耳打ちで命じられていたからだ。
「じゅ、準備は私達が」
「ここはお任せ下さい」
「?…そう、わかったわ」
訝しげな眼を向けながらも同意し、ソファーに座り直すラン。彼女の瞳の光が怪訝そうなのは、ジュゼもキスティスも普段、自主的に料理を買って出るような人間ではないのを、知っているからだ。
キャビンの奥にある、ミニキッチンに入ったジュゼとキスティスは、ランの不安通りの行動を見せた。料理そのものはシャトル用に取り揃えられたもので、調理済み素材とソースを絡めて温めるだけの簡単な仕様なのだが、二人共こういったものすら、これまで作って来た事が無かったのだ。
「これなに?」
「鴨のローストと…こっちは“ラヴァツェオレのシーフードサラダ”って、袋に書いてあるよ」
「ラヴァツェ…なんなの、それ?」
「さあ? ここに入ってる、カニとエビの中間みたいなヤツじゃない?」
「ソースは?」
「あー…こっちと、それじゃね?」
「パスタもあるけど、どうする?」
「いいじゃん。作っちゃお」
これは男女の性別がどうとかではなく、そもそも『ホロウシュ』の半数以上に共通する話である。現在の『ホロウシュ』のメンバーは、大半が惑星ラゴンのナグヤ市のスラム街で、少年期を過ごして来ており、まともな食事を作った事は勿論、食べた事すら無かった。
そしてウォーダ家に召し抱えられてからは、ノヴァルナの親衛隊員としてある日突然、出来上がった料理を出される身分となったため、調理の経験と言っても、小腹がすいた時に食べるカップヌードンなどの、即席料理程度なのである。
すると案の定、不安げな眼を向けているランの耳に、奥のミニキッチンからガッシャン!…という何かを落とす音と、「あーーっ!」「えーーっ!」という二人の声が聞こえて来る。
「ちょっと! なにやってんの、キスティス!」
「あんたが、ぶつかって来たんでしょーが!」
「だって狭いんだから、しょうがないって!」
「ほらぁ、ソースが混ざっちゃったじゃん!」
「代わりのは?」
「あるわけないっしょ!」
このやり取りを聞いて、たまらず席を立とうとするラン。それをノアは苦笑いを浮かべながら手を伸ばして押し留めた。ノアもランを休ませてやりたいという、夫の考えを理解していたからだ。
やがておよそ十分後、ノア達全員はすべての料理に、奇妙な味の同じソースがかけられた昼食を、食する事になったのである。無論、食事のあいだ、ジュゼとキスティスがランの隣で正座させられていたのは、言うまでもない。
▶#02につづく
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