銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第17話:銀河に脈打つ謎

#07

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 タイトルに続いて、白衣を着た三十代半ばぐらいの、女性のホログラムの全身像が浮かび上がる。彼女がシグルス・レフ=ファンクードだろうか。別の世界ではエルフと呼ばれる架空の民族に似た、尖った耳が横向きに突き出たイルーク星人だ。かつてはモルンゴール恒星間帝国の、統治下にあった種族である。

「私はセッツー中央大学で次元物理学を研究しております、シグルス・レフ=ファンクードと申します。これより私のここまでの研究成果を含めた、“双極宇宙論”についての論文を、ここに述べさせて頂きます」

 挨拶が終わると、落ち着いた調子で論文を読み上げ始めるファンクードの隣で、それが書かれた文章が緩やかに流れてゆく。
 ノア、カレンガミノ姉妹、女性『ホロウシュ』、そしてテン=カイは流れていく論文を食い入るように見詰め、説かれていく言葉を一言一句聞き逃すまいとした。しかし何分にも難解な内容である。最初の十分ほどで、まずキュエル=ヒーラー、ジュゼ・ナカーガ、キスティス=ハーシェルの三人が脱落。続いてニ十分が過ぎた辺りから、メイアとマイアが集中力を切らせ、三十分近くが経つと、ランも視線を泳がせだす。

 結局、論文の読み上げは二時間半にも及び、最後まで残ったのはノアとテン=カイのみ。キュエルとジュゼとキスティスは、ひとかたまりになって爆睡中。メイアとマイアは集中力を、論文から本来の役目のノアの護衛に切り替えたらしく、姿勢を正しくはしていたが、論文内容が頭に入っているかは疑わしい。ランの方は、ノヴァルナが居ないせいもあるのだろう、“どうにか起きている”という状態だ。

「みんな。終わりましたよ」

 ノアの言葉に、明らかに我に返った様子のカレンガミノ姉妹とラン。ランはそこでキュエル達三人が眠っている事に気付き、一番近いキュエルに手を伸ばして揺り動かす。んー…と、まだ眠そうに目を覚ましたキュエルは、今の状況に気付くと大慌て、ジュゼとキスティスの頬を叩いて起こしにかかった。

「も…申し訳ありません。超弦理論のブレーンワールドあたりまでは、覚えているのですが…」

 バツが悪そうに頭を下げ、途中から聞いていなかった事を白状するラン。それに従ってキュエル達も揃って頭を下げた。無論、ノアに彼女達を責めるつもりは、毛頭ない。難しい話を聴いて理解させるために、連れて来たのではないからだ。「気にしなくて、いいですよ」と笑顔を見せるノア。ただランはそれでも、一応聞いておくべきなのだろうと思ったらしく、「宜しければ私にも分かるように、お教え頂けますか?」と問い掛ける。
 
 生真面目なランに苦笑いを浮かべ、ノアは“双極宇宙論”の要点を述べた。

 それによると双極宇宙論は、多元宇宙論から発展したものらしい。無数に存在するとされる多元宇宙の中に、我々の住む宇宙と対になる宇宙が一つ存在している、という理論で、世界線の変化によって多元宇宙が増える際にも、対となる宇宙がもう一つ誕生するという。
 この二つの宇宙は思想的には、“陰と陽”“プラスとマイナス”のような関係であり、両方の宇宙の存在が、バランスをとっていると考えられる。

 我々の宇宙を含む、無数の多元宇宙は超弦理論において、膜状に広がるブレーンワールドの上にあるのだが、この多元宇宙はブレーンワールド上で、環を成して並んでいるとされている。つまりアナログ時計の文字盤に並んでいる、数字のようなものだ。
 “双極宇宙論”の双極宇宙とは、この文字盤の数字の対極にある数字、12なら6、3なら9の位置にある宇宙を指している。そして、この環の中空に位置しているのが、ノアが調査を進めている、熱力学的非エントロピーフィールドであった。

 この環を成して並んだ宇宙だが、両隣方向にある別の宇宙を直接観測する事は、不可能となっている。例えとしては正確ではないが、双方の宇宙が物理的に干渉出来ない、時空次元の壁によって隔てられているからだ。
 しかしながら多元宇宙の環の中心にある、熱力学的非エントロピーフィールドからであれば、これらの多元宇宙を観測する事が可能となる。理由は熱力学的非エントロピーフィールドが、ビッグバン以前の時間も空間も、存在しない状態だからである。

「この熱力学的非エントロピーフィールドは、全ての多元宇宙に対する、特異点として位置付けられ、“双極宇宙論”では対となる二つの宇宙の、因果律を結び付けているとされています」

 そうノアが締めくくると、ランは戸惑いながら、「な、なるほど、ありがとうございます」と相槌を打った。要点を纏められても難解であり、締めくくりのタイミングを、予測できなかったのだろう。ジュゼも再び眠りそうになっていて、キュエルとキスティスに両側から後頭部を引っ叩かれた。

「ごめんなさい。私の説明…下手ですよね」

 詫びるノアにラン達は恐縮する。

「いっ、いいえ。私どもの理解力が足らないのです。申し訳ありません!」

 とは言え、ラン達の困惑も無理はない。データパッドのNNLシステムが使えていたなら、“双極宇宙論”の内容が見聞きするだけでなく、直接意識に書き込まれるため、もう少しマシに理解できているだろうからだ。
 
 ここでノアに問い掛けたのは、テン=カイだった。

「するとその、熱力学的非エントロピーフィールドに入るためのものが、“超空間ネゲントロピーコイル”で、『アクレイド傭兵団』…いえ“五賢聖”は、そこから多元宇宙の観測を、行っているという事ですか?」

 “超空間ネゲントロピーコイル”の存在は、ノアがテン=カイに明かしたものであり、“五賢聖”はテン=カイがもたらした情報で、『アクレイド傭兵団』や関連組織を支配する頂点の存在だ。

「分かりませんが、学術的観測のためだけに莫大な費用をかけて、“超空間ネゲントロピーコイル”を建造したとは、思えない節があります」

 ノアの返答にテン=カイは、「と申しますと?」とさらに問う。これにノアは、以前にルキナ=エンダーが口にした仮定を伝えた。

「私と夫の友人であり、次元物理学に詳しい女性が、以前に可能性を告げた事があるのです。“観測が可能なら、干渉も出来るはずだ”と」

「干渉…ですか?」

 テン=カイはヘルメットから下がる、黒いホログラムスクリーンで顔こそ見えないが、声の調子から眉をひそめている空気が感じられる。

「はい。私と夫は十年前、熱力学的非エントロピーフィールドを抜けて、1589年のムツルー宙域へ時空転移した事がありまして」

「ほう…」

 そこからノアは、テン=カイに十年前のあの、奇妙な体験を包み隠さず述べた。まだ付き合いもそれほどなく、何もかもが謎であるテン=カイだが、ノアは何故かこの男には身内感を覚えており、過去を話してもよいと思えたからだ。

「では…。ノア姫様は元の世界線では、すでに死亡しており、ノヴァルナ様と出逢う事はなかった…と」

 ルキナの夫カールセンの話では、元の世界線のノヴァルナは、銀河皇国関白として皇国支配の実権を握り、抵抗する星大名家には、領地宙域のNNLシステムを全面停止するという、強権政治を行っていた。

「はい。これはつまり私と夫が、熱力学的非エントロピーフィールドを通じ、1589年の世界に干渉して、この世界に戻って来た結果、世界線の違う宇宙が枝分かれした。多元宇宙に干渉した事になるのではないでしょうか?」

「むう。確かに」

 頷いてテン=カイはノアの顔を見る。そしてそのまま黙り込むテン=カイに、ノアは怪訝そうな表情を浮かべた。

「ノア姫様、貴女はもしや…」

 テン=カイは、やがてボソリと言いかけて止める。「なんでしょう?」と続きを促すノアだが、テン=カイは首を左右にゆっくりと振って、「いえ。私の思い違いでしょう」と返答を濁した………




▶#08につづく
 
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