銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第17話:銀河に脈打つ謎

#09

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 表情を硬くするノアの前で、ファンクードの声は翻訳を読み上げ続ける。

「科学省上層部が何故、このような秘密研究を始めたのかは不明です。しかしながらかつてはモルンゴール帝国でも、同様の研究が為されていた時期があります。それは“宇宙破滅兵器”と呼ばれ、いわゆる最終抑止力となるものでした」

 ファンクードの母星イルークは昔、モルンゴール恒星間帝国の属領であった頃から、科学技術に優れた惑星であり、帝国の学術発展において、大きなウエイトを占めていた。したがって帝国が研究を進めていた、“宇宙破滅兵器”についても、ある程度の知識を、ファンクードは有していたのだろう。

 銀河皇国の歴史を紐解けば分かる通り、約三百年前にヤヴァルト銀河皇国は、モルンゴール恒星間帝国との間で全面戦争が勃発し、当初は苦戦したものの、最終的に完全勝利を収めた。
 帝国が研究していたというこの“宇宙破滅兵器”は、戦争末期に敗北寸前の帝国が、起死回生を狙って開発しようとしていたのだろう。“全てを無にされたくなければ降伏せよ”…というわけだ。戦いでの死を名誉とする、モルンゴール星人らしい思想である一方、敗北を恥とする気持ちが、見え隠れしていると言えよう。

「皇国科学省上層部の研究が、“宇宙破滅兵器”の開発を目指すものだとは、思いたくありませんが、今の内乱状況を考えれば、星帥皇室が帝国と同様の思想で、研究を命じてもおかしくはないでしょう」

 忘れてはならないのは、この論文データが作成されたのが、約百年前の“オーニン・ノーラ戦役”の時代だったという事だ。データ内の“今”という言葉は、百年前の時点で、という意味になる。
 そしてこの頃の銀河皇国は星帥皇室の権威は失墜し、後継者争いをホルソミカ家とヤーマナ家の勢力争いに、利用されているだけである事に気付いた星帥皇室が、末期のモルンゴール恒星間帝国と同じように、“宇宙破滅兵器”を盾に権威の回復を目論んでも、おかしくはないはずだ。


―――いいえ、一方的に推論を進めるのは、良くないわ。


 宇宙の終焉という、危険性の大きさばかりに目を奪われては、真実への視線を曇らせてしまう。そう思い直すノアの耳に、ファンクードに似せたデータパッドの翻訳音声が、新たな事実を告げる。

「科学省上層部はシナノーラン宙域の、UT‐6592786星系第四惑星に送った、第一次調査隊が持ち帰った超高度文明の遺跡資料から、彼等の言語で“超空間ネゲントロピーコイルの応用による多元宇宙への干渉”という、興味深いデータを発見しました。これが上層部の危険な研究に、何らかの関与を行っている思われ、そのコピーをこのメモリープレートに残すものとします」
 
 ここにきて超空間ネゲントロピーコイルと、多元宇宙の関りについての情報が出て来た事にノアは驚く。それはまさに自分がいま知りたい知識の、一つだったからである。
 ただ、現在もムツルー宙域に存在している超空間ネゲントロピーコイルが、『アクレイド傭兵団』が建造に関わっている可能性が高いのは、今までの極秘調査でほぼ確実であった。となると百年前に皇国科学省が動いていた、この超空間ネゲントロピーコイルの話は、別物なのかも知れない。

 ノアが自分の考えをテン=カイに述べると、テン=カイは考えられる推論を、ノアに返した。

「あるいは、傭兵団もこれと同じか、または近いデータを手に入れ、その有用性からコイルの建造を、始めたとも考えられます」

 確かにノヴァルナが皇国暦1589年の未来で、ダンティス家とアッシナ家の決戦に干渉した事で未来が変化し、別の世界線を持った宇宙…つまり自分達がいる今の宇宙が出現した。未来に干渉する事で、現在の宇宙の世界線を、思うように操作できるのであれば、超天文学的費用をかけて超空間ネゲントロピーコイルを、建造したとしてもおかしくはない。そしてこの世界線操作の恐ろしいところは、操作した当事者以外は、世界線の変化を認識することが出来ないという事だ。

「それは仰る通りですが…」

 テン=カイの意見に半ば同意しつつも、ノアには納得できないものがあった。もしこの世界が『アクレイド傭兵団』、あるいはこれを含む各組織の上位存在に位置するという、“五賢聖”よって操作されているのであれば、“もっと上手くやっているはず”だからである。

 この事を伝えるとテン=カイは、僅かに頭を傾けて考える反応を見せ、少しの間を置いて返答した。

「それはノヴァルナ様とノア様が、超空間ネゲントロピーコイルと、その陰にある傭兵団の存在にお気付きになり、この世界を客観的に見る事が、出来るようになられたからではないですか?」

「………」

「ご納得頂けませんか?」

 無言になっていたノアは、テン=カイがかけた言葉に、「いいえ。そうかも知れないと、思っていたところです」と応じる。だがその本心では、このテン=カイという謎の人物が、まだ何か重要な事を、伏せたままでいるのではないか…と、思い始めていた。
 しかしここでそれを詰問してしまうと、テン=カイとの繋がりが破綻しそうな気もする。基本的に協力的ではあるし、事実、バイオノイド:エルヴィスの件では、この男は果たした役目は大きかった。
 
「それよりも残る一つのデータです。内容が、“超空間ネゲントロピーコイルの応用による多元宇宙への干渉”というのは、非常に気になります」

 ノアはそう言って、テン=カイの正体を探るより調査を優先した。最後に残されていた、見知らぬ文字で書かれたデータを開く。だがホログラムに投影されたデータは中身もすべて、同様の見知らぬ文字で作成されていた。ノアの知識では読み解けない言語である。

「これは、イルーク語の文字でしょうか?」とノア。

「違うと思われます。おそらくファンクード女史が言った、超高度文明が使用した文字ではないかと…」

「となると…翻訳も、簡単には行きそうにないですね。NNLを使って科学省のコンピューターと、リンクしたくはありませんし」

 ノアの判断にテン=カイは、「仰せの通り」と賛意を示す。データは約百年前の古いものだが、今も星帥皇室や科学省がこれに関与しているなら、NNL上にカウンタートラップ仕掛けられていて、自分達がこの件を調査している事を、嗅ぎつけられる可能性があるからだ。


「どうしたものでしょう…」

 眼前に浮かび上がった異星文明の文字の羅列を眺め、ノアは独り言ちた。すると何か手はないものか…と、思考を巡らせる脳裏に閃くものがある。いや、閃くというより、思い出すと言った方がいい。それはファンクード女史の言葉にあった、この“超空間ネゲントロピーコイルの応用による多元宇宙への干渉”、という理論のデータが構築されたとする、超高度文明についてであった。この文明が存在していたという恒星系のカタログナンバーに、見覚えがあったのだ。


UT‐6592786星系―――


 この恒星系の第四惑星に超高度文明の遺跡があり、この理論はそこから得られたものだという。ノアは提示された数字までは定かではないが、呼び出し符牒の“UT”は、どこかで聞いた覚えがあったのだ。

 どこだったかしら…と思うノアの対面で、テン=カイが言う。

「いずれにせよ百年前といえば、“オーニン・ノーラ戦役”の影響もあって、多くの科学技術が封印された時期ですので、銀河皇国の監視を逃れての、NNL上での調査は困難でしょう」

 ところがこの言葉が、困惑していたノアに、自分が何を思い出そうとしていたのかを気付かせた。そして誰に協力を仰ぐべきか、その相手の名が意識の中で浮かび上がる。幸いにも今の彼は、このザーカ・イー星系に住んでいた。口元を緩めて、テン=カイに告げるノア。

「私に考え付いた事があります。ある者をここへ呼ばせて頂きます」



▶#10につづく
 
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