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第23話:蔓延る病と少女の涙
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商業都市リューン。
その、活気と、喧騒の、裏側で。
静かな、そして、底なしの絶望が、影のように、広がっていた。
「……ひどい……」
街の中心部から、少し、外れた、貧しい人々が、暮らす、居住区。
そこに広がる光景に、私は、言葉を、失った。
家の軒先には、力なく、壁に、もたれかかる人々。
その顔は、土気色で、生気が、全く、感じられない。
道端では、幼い子供が、胸を、掻きむしるようにして、苦しそうに、咳き込んでいる。
街全体が、重く、淀んだ、死の空気に、包まれていた。
「……『衰弱病』と、呼ばれています」
私たちを、案内する、騎士の一人が、沈痛な面持ちで、報告した。
「ひと月ほど前から、この地区を中心に、広まり始めました。最初は、ただの風邪のような、症状なのですが、次第に、体力が、ごっそりと奪われ、食欲も、なくなり……やがて、眠るように、静かに、息を、引き取る、と」
「原因は、分かっているのか」
クロード様の、鋭い問い。
「いえ……。街の医者も、神殿の、神官たちも、全く、お手上げの、状態で。呪いの類かとも、思われましたが、それらしい、反応もない、と」
まるで、生命力、そのものが、少しずつ、少しずつ、抜き取られていくような、不気味な病。
その話を聞いて、私の脳裏に、ある、最悪の、疑念が、浮かんだ。
リリアナの、あの、邪悪な、治癒魔法。
他者の、生命力を、奪い、自分の力に、換える、禁術。
もしかしたら、この病は……。
いや、まさか。
いくら、あの子でも、これほど、多くの、罪のない人々を、犠牲にするなんて。
そう、打ち消そうとしても、心のどこかで、嫌な、予感が、黒い渦のように、渦巻いていた。
その時だった。
「……あ、あの……!」
か細い、震える声に、私たちは、足を、止めた。
見ると、一人の、十歳くらいの、痩せた少女が、おずおずと、こちらに、近づいてくるところだった。
その、小さな手には、道端に咲いていたのであろう、萎びた、白い花を、一輪、大事そうに、握りしめている。
「……もしかして、あなた様が、『聖女様』、ですか……?」
少女は、潤んだ、大きな瞳で、私を、真っ直ぐに、見つめた。
その瞳には、藁にも、すがるような、必死の、必死の、想いが、込められている。
「……わたくしは……」
聖女などでは、ありません、と、否定しようとした。
けれど、言葉が、喉に、詰まって、出てこない。
少女は、私の前に、くずおれるように、膝を、ついた。
そして、その、泥に汚れた、小さな手を、私に、差し伸べる。
「お願い、します……! お母さんを、助けてください……!」
少女の、大きな瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろと、こぼれ落ちる。
「お母さん、ずっと、寝たきりで……。何も、食べてくれなくて……。このままじゃ、お母さん、死んじゃう……! お願いです、聖女様……! どうか、お母さんを……!」
ひっく、ひっくと、しゃくりあげながら、必死に、訴えかけてくる、少女。
その、あまりにも、健気な姿に、私の胸は、張り裂けそうになった。
どうして、こんな、小さな子が、こんな、悲しい思いを、しなければならないの?
どうして、何の罪もない人々が、こんな、理不尽な病に、苦しまなければ、ならないの?
「エリアーナ」
クロード様が、私の肩に、そっと、手を、置いた。
その手は、行くな、と、無言で、しかし、強く、私に、語りかけている。
分かっている。
これは、罠だ。
私が、ここで、力を使えば、リリアナの、思う壺。
さらに、多くの刺客が、私たちに、襲いかかってくるだろう。
でも。
でも、目の前で、涙を流している、この子を。
死の淵にいる、母親を。
このまま、見捨てて、通り過ぎることなんて、私には、どうしても、できなかった。
「……案内、してちょうだい」
私は、少女の前に、膝をつき、その、小さな手を、両手で、優しく、包み込んだ。
「あなたのお母さんが、いる場所へ」
「エリアーナ、よせ!」
クロード様が、今まで、聞いたことのないほど、厳しい声で、私を、制止する。
振り返ると、そこには、今まで、見たこともないほど、険しい表情の、彼がいた。
その、美しい銀色の瞳には、怒りと、そして、私を案じる、深い、深い、苦悩の色が、浮かんでいる。
「罠だと、分かっているだろう。お前が、ここで、力を、示せば、どうなるか……」
「分かっています」
「ならば、なぜ!」
「……見捨てることなど、できません」
私は、真っ直ぐに、彼の瞳を、見返した。
「目の前で、苦しんでいる人がいるのに、見て見ぬふりをして、自分たちだけ、先へ、進むなんて……。そんなこと、わたくしには、できません」
これは、私の、わがまま、なのかもしれない。
彼や、護衛の皆を、危険に晒す、愚かな、行為なのかもしれない。
それでも、私は、行かなければ、ならない。
私の、魂が、そう、叫んでいるから。
「お願いです、クロード様。わたくしに、行かせてください」
私の、心からの、懇願。
それは、初めて、彼の、想いと、真っ向から、ぶつかり合う、瞬間だった。
愛しているからこそ、守りたい、彼と。
愛されているからこそ、その愛に応え、人々を、救いたい、私と。
私たちの旅は、最大の、そして、最も、悲しい、岐路に、立たされていた。
その、活気と、喧騒の、裏側で。
静かな、そして、底なしの絶望が、影のように、広がっていた。
「……ひどい……」
街の中心部から、少し、外れた、貧しい人々が、暮らす、居住区。
そこに広がる光景に、私は、言葉を、失った。
家の軒先には、力なく、壁に、もたれかかる人々。
その顔は、土気色で、生気が、全く、感じられない。
道端では、幼い子供が、胸を、掻きむしるようにして、苦しそうに、咳き込んでいる。
街全体が、重く、淀んだ、死の空気に、包まれていた。
「……『衰弱病』と、呼ばれています」
私たちを、案内する、騎士の一人が、沈痛な面持ちで、報告した。
「ひと月ほど前から、この地区を中心に、広まり始めました。最初は、ただの風邪のような、症状なのですが、次第に、体力が、ごっそりと奪われ、食欲も、なくなり……やがて、眠るように、静かに、息を、引き取る、と」
「原因は、分かっているのか」
クロード様の、鋭い問い。
「いえ……。街の医者も、神殿の、神官たちも、全く、お手上げの、状態で。呪いの類かとも、思われましたが、それらしい、反応もない、と」
まるで、生命力、そのものが、少しずつ、少しずつ、抜き取られていくような、不気味な病。
その話を聞いて、私の脳裏に、ある、最悪の、疑念が、浮かんだ。
リリアナの、あの、邪悪な、治癒魔法。
他者の、生命力を、奪い、自分の力に、換える、禁術。
もしかしたら、この病は……。
いや、まさか。
いくら、あの子でも、これほど、多くの、罪のない人々を、犠牲にするなんて。
そう、打ち消そうとしても、心のどこかで、嫌な、予感が、黒い渦のように、渦巻いていた。
その時だった。
「……あ、あの……!」
か細い、震える声に、私たちは、足を、止めた。
見ると、一人の、十歳くらいの、痩せた少女が、おずおずと、こちらに、近づいてくるところだった。
その、小さな手には、道端に咲いていたのであろう、萎びた、白い花を、一輪、大事そうに、握りしめている。
「……もしかして、あなた様が、『聖女様』、ですか……?」
少女は、潤んだ、大きな瞳で、私を、真っ直ぐに、見つめた。
その瞳には、藁にも、すがるような、必死の、必死の、想いが、込められている。
「……わたくしは……」
聖女などでは、ありません、と、否定しようとした。
けれど、言葉が、喉に、詰まって、出てこない。
少女は、私の前に、くずおれるように、膝を、ついた。
そして、その、泥に汚れた、小さな手を、私に、差し伸べる。
「お願い、します……! お母さんを、助けてください……!」
少女の、大きな瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろと、こぼれ落ちる。
「お母さん、ずっと、寝たきりで……。何も、食べてくれなくて……。このままじゃ、お母さん、死んじゃう……! お願いです、聖女様……! どうか、お母さんを……!」
ひっく、ひっくと、しゃくりあげながら、必死に、訴えかけてくる、少女。
その、あまりにも、健気な姿に、私の胸は、張り裂けそうになった。
どうして、こんな、小さな子が、こんな、悲しい思いを、しなければならないの?
どうして、何の罪もない人々が、こんな、理不尽な病に、苦しまなければ、ならないの?
「エリアーナ」
クロード様が、私の肩に、そっと、手を、置いた。
その手は、行くな、と、無言で、しかし、強く、私に、語りかけている。
分かっている。
これは、罠だ。
私が、ここで、力を使えば、リリアナの、思う壺。
さらに、多くの刺客が、私たちに、襲いかかってくるだろう。
でも。
でも、目の前で、涙を流している、この子を。
死の淵にいる、母親を。
このまま、見捨てて、通り過ぎることなんて、私には、どうしても、できなかった。
「……案内、してちょうだい」
私は、少女の前に、膝をつき、その、小さな手を、両手で、優しく、包み込んだ。
「あなたのお母さんが、いる場所へ」
「エリアーナ、よせ!」
クロード様が、今まで、聞いたことのないほど、厳しい声で、私を、制止する。
振り返ると、そこには、今まで、見たこともないほど、険しい表情の、彼がいた。
その、美しい銀色の瞳には、怒りと、そして、私を案じる、深い、深い、苦悩の色が、浮かんでいる。
「罠だと、分かっているだろう。お前が、ここで、力を、示せば、どうなるか……」
「分かっています」
「ならば、なぜ!」
「……見捨てることなど、できません」
私は、真っ直ぐに、彼の瞳を、見返した。
「目の前で、苦しんでいる人がいるのに、見て見ぬふりをして、自分たちだけ、先へ、進むなんて……。そんなこと、わたくしには、できません」
これは、私の、わがまま、なのかもしれない。
彼や、護衛の皆を、危険に晒す、愚かな、行為なのかもしれない。
それでも、私は、行かなければ、ならない。
私の、魂が、そう、叫んでいるから。
「お願いです、クロード様。わたくしに、行かせてください」
私の、心からの、懇願。
それは、初めて、彼の、想いと、真っ向から、ぶつかり合う、瞬間だった。
愛しているからこそ、守りたい、彼と。
愛されているからこそ、その愛に応え、人々を、救いたい、私と。
私たちの旅は、最大の、そして、最も、悲しい、岐路に、立たされていた。
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