追放された無能才女の私、敵国最強と謳われた冷徹公爵に「お飾りの婚約者になれ」と命じられました ～彼の呪いを癒せるのは、世界で私だけみたい～

第25話：王者の覚悟と危険な賭け

「…………分かった」

クロード様の、重い、重い、一言。
それは、私の、わがままを、ただ、許すという、言葉ではなかった。
私と、共に、この、リリアナが仕掛けた、巨大な罠の、ど真ん中へと、自ら、飛び込むという、王者の、覚悟の言葉だった。

彼の瞳から、先ほどまでの、苦悩の色は、消えていた。
そこにあるのは、全てを、見通し、全てを、支配する、絶対的な、指揮官の光。
『冷徹公爵』。
彼が、戦場で、そう、呼ばれていた理由が、今なら、分かる気がした。

「ただし、条件がある」

彼は、私の目の前で、膝をついている少女を、そっと、立たせ、護衛の騎士に、預けた。
そして、私に、向き直り、力強い、声で、告げる。

「これより、お前は、俺の『駒』だ。作戦が、完了するまで、一切の、私情を捨て、俺の指示に、寸分の狂いもなく、従ってもらう。それが、できるか？」

「……はい。お受けします」
私は、迷わず、頷いた。
彼が、これほどの、覚悟を、決めてくれたのだ。
私が、ためらう理由など、どこにもない。

「よろしい」
彼は、満足そうに、口の端を、吊り上げた。
それは、いつもの、不遜な笑み。
でも、その奥には、私への、絶対的な、信頼が、宿っているのが、分かった。

「これより、作戦を開始する」

クロード様の号令一下、公爵家の騎士たちは、まるで、一つの、巨大な生き物のように、一斉に、動き始めた。
その動きは、あまりにも、迅速で、一切の、無駄がない。

数名の騎士は、街の施政官の元へと、馬を走らせる。
公爵家の、絶対的な名において、協力を要請し、街の、衛兵の指揮権を、一時的に、掌握するためだ。
また、別の数名は、まるで、鳥のように、軽やかに、屋根から屋根へと、飛び移り、街の地理、敵が、潜んでいそうな、袋小路や、建物の構造を、徹底的に、調べ上げていく。

その光景を、私は、ただ、圧倒されて、見つめていた。
これが、ヴァレンシュタイン公爵家が、王国最強と、謳われる、所以。
個々の、戦闘能力も、さることながら、その、組織力、情報収集能力、そして、それらを、瞬時に、的確に、動かすことができる、クロード様の、神がかり的な、指揮能力。

「エリアーナ」
彼が、私を、宿屋の一室へと、連れ戻す。
部屋の中には、すでに、大きな、街の地図が、広げられていた。

「敵の、本当の狙いは、お前の、身柄か、あるいは、その力、そのものだ。どちらにせよ、彼らは、お前を、生け捕りに、しようとするだろう」
「……はい」

「ならば、その機会を、くれてやろうではないか」
彼は、地図の上で、一本の指を、滑らせた。
その、美しい指が、止まった場所。
そこは、街の、ちょうど、中心に位置する、中央広場だった。

「三日後、この中央広場で、お前は、『聖女』として、大々的に、治癒の儀式を、行う」
「……わたくしが……」

「そうだ。街の、施政官を通じて、『聖女の降臨』を、街中に、告知させる。病に、苦しむ者は、全て、この広場に、集まるだろう。そして、敵もまた、必ず、そこに、集結する」

「わたくしが、囮（おとり）に……」
「そうだ」

彼の作戦は、あまりにも、大胆で、そして、危険すぎた。
敵が、最も、集まりやすい場所に、自ら、その身を、晒すというのだから。
それは、一歩、間違えれば、全滅しかねない、危険な、危険な、賭け。

「……怖いか？」
私の心を、見透かしたかのように、彼が、尋ねる。

私は、静かに、首を、横に振った。
「いいえ。怖くありません。あなたと、一緒ですから」

私の答えに、彼は、一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐに、深い、優しい笑みを、浮かべた。

「……そうか」

彼は、私の手を、そっと、握った。
その、確かな温もりが、私の、最後の不安を、優しく、溶かしていく。

「安心しろ。お前には、指一本、触れさせん」
その言葉には、絶対の自信が、満ち溢れていた。

「これは、ただの、防衛戦ではない。反撃の、狼煙だ。リリアナの、そして、その背後にいる、全ての者たちの、息の根を、完全に、止めるためのな」

彼の、瞳の奥で、青い、静かな炎が、ごう、と音を立てて、燃えている。
それは、愛する者を、傷つけられた、王者の、静かな、しかし、誰にも、消すことのできない、怒りの炎だった。

三日後。
私たちは、この街で、全てを、終わらせる。
そして、私たちの、本当の旅を、再び、始めるのだ。
その、固い決意を胸に、私たちは、運命の日に向けて、静かに、準備を、始めた。