氷の騎士と陽だまりの薬師令嬢 ~呪われた最強騎士様を、没落貴族の私がこっそり全力で癒します!~

放浪人

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第一話:雨夜の出会いと秘密の始まり

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「……誰か、いらっしゃるの?」

降りしきる雨音に混じって、微かな呻き声が聞こえた気がした。
わたくし、リリア・アシュベリーは、薬草を摘み終えて家路を急ぐ道すがら、森の入り口で足を止めた。心臓がどきりと跳ねる。こんな夜更けに、こんな場所で?

辺りはすっかり暗く、雨で視界も悪い。まさか、魔物……?
いいえ、この辺りは王都にも近いし、騎士団様の見回りもあって比較的安全なはず。それでも、不安は拭えない。

ごくり、と息を呑む。

もし、本当に誰かが助けを求めているのなら、見過ごすわけにはいかない。わたくしはしがない薬師の卵。けれど、困っている人がいたら手を差し伸べたい。それが、今は亡きお父様の教えだったから。

小さなランタンの灯りを頼りに、声がした方へとおそるおそる近づいていく。
雨に濡れた草を踏みしめるたび、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。

そして、大きな樫の木の根元に、その人は倒れていた。

「……!」

息を呑む。
そこにいたのは、屈強な体躯の男性だった。高価そうな黒銀の鎧は泥に汚れ、所々が破損している。そして、その鎧の隙間から、鮮やかな赤が雨に滲んでいた。

「だ、大丈夫ですかっ!?」

慌てて駆け寄り、膝をつく。
男性の顔は苦痛に歪み、浅い呼吸を繰り返している。額には脂汗が滲み、顔色は恐ろしく白い。

(ひどい怪我……それに、この鎧……もしかして、騎士団の方?)

わたくしは震える手で、彼の額にそっと触れた。熱い。高熱が出ているようだ。
傷口を確認しようと、破損した鎧の隙間に手を伸ばしかけた、その時。

「……っ、誰だ」

低い、掠れた声。
男性がゆっくりと目を開けた。氷のように冷たく、鋭い眼光がわたくしを射抜く。その眼差しに、思わず体が竦んだ。

「わ、わたくしはリリアと申します! この近くで薬師をしております。あなたが倒れているのを見つけて……」

しどろもどろに説明するわたくしを、彼は疑わしげに見つめている。
その瞳は、まるで獲物を前にした獣のようだ。

「……薬師、だと?」
「は、はい! あの、手当てをさせていただけませんか? このままでは……」

彼の視線はなおも厳しい。けれど、わたくしは必死に訴えかけた。
この人を、助けなければ。その一心だった。

しばらくの沈黙の後、彼がぽつりと言った。

「……好きにしろ」

その言葉に、わたくしは安堵の息を漏らした。
すぐに持っていた薬草鞄から、止血効果のある薬草と清潔な布を取り出す。雨の中での作業は困難を極めたけれど、今はそんなことを言っていられない。

(傷は……深い。それに、何だか妙な熱を持っているような……)

傷口に触れると、彼が苦痛に顔を歪めた。
わたくしは、持てる限りの知識と、ほんのわずかだけ使える治癒魔法の力を込めて、彼の手当てを始めた。

小さな光が、わたくしの手のひらから溢れ、傷口を包み込む。
それは本当にささやかな力で、気休め程度にしかならないかもしれないけれど。

「……これは」

彼が、驚いたように目を見開いた。
わたくしの手から放たれる温かな光を、じっと見つめている。

雨は、まだ止みそうになかった。
この出会いが、わたくしの運命を大きく変えることになるなんて、この時のわたくしは知る由もなかった。

――そして、これが氷の騎士と噂されるアレクシス様と、わたくしの最初の出会いだったのだ。
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