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第十六話:王都への帰還と侯爵令嬢の影
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数日後、わたくしたちは無事に王都へと帰還した。
アレクシス様の呪いが解けたという知らせは、まだ騎士団のごく一部にしか伝えられていない。彼は、しばらくの間、静養を続けるという名目で、わたくしの小さな家に滞在することになった。
「ようやく、ゆっくりできるな」
アレクシス様は、わたくしの家の簡素な椅子に腰を下ろし、安堵のため息をついた。
その表情は、旅の疲れを感じさせないほど晴れやかだ。
「はい。でも、あまり無理はなさらないでくださいましね。長旅でお疲れでしょうから」
「ああ、分かっている」
わたくしたちは、穏やかな笑みを交わした。
この小さな家で、彼と二人きりで過ごす時間が、こんなにも愛おしいなんて。
しかし、そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。
翌日、わたくしの家の扉を叩く音がした。
「……どなたかしら?」
わたくしが訝しげに扉を開けると、そこには、見覚えのある高慢な顔があった。
「ごきげんよう、薬師風情の娘さん」
冷たい声と共に立っていたのは、侯爵令嬢のイザベラ様だった。
彼女の後ろには、数人の侍女が控え、威圧的な雰囲気を漂わせている。
「イザベラ様……! どうして、このような場所に……?」
わたくしは驚きと緊張で、声が震えるのを抑えられなかった。
イザベラ様は、わたくしを値踏みするように上から下まで眺めると、フンと鼻を鳴らした。
「アレクシス様が、このような賤しい場所に出入りしていると聞いて、様子を見に来て差し上げたのよ。まさか、本当にこんなあばら家だったとは……呆れて言葉も出ないわ」
その言葉には、あからさまな侮蔑が込められていた。
わたくしの家を「あばら家」と呼び、わたくしを「薬師風情」と見下す彼女の態度に、胸の奥で怒りのようなものが込み上げてくる。
「イザベラ様、わたくしの家は確かに小さく古びておりますけれど、賤しい場所ではございませんわ。それに、アレクシス様は……」
「アレクシス様のことを、馴れ馴れしく呼ばないでちょうだい!」
イザベラ様が、甲高い声でわたくしの言葉を遮った。
その瞳には、嫉妬と敵意が燃え盛っている。
「あの方の婚約者となるのは、このわたくしよ! あなたのような身分の低い女が、気安く近づいていいお方ではないの!」
婚約者――その言葉が、わたくしの胸に重く突き刺さった。
確かに、アレクシス様とイザベラ様は、家柄も釣り合い、周囲からもそう噂されている。
(やはり、わたくしでは……ダメなのかしら……)
自信が揺らぎそうになる。
しかし、その時。
「――イザベラ、何の騒ぎだ?」
低い、静かな声が響いた。
部屋の奥から現れたのは、アレクシス様だった。彼の表情は硬く、その瞳は氷のように冷たい。
「アレクシス様……!」
イザベラ様は、アレクシス様の姿を認めると、途端に甘えたような声を出した。
「まあ、アレクシス様! わたくし、心配で……こんなところに長居されては、お体に障りますわ!」
「俺の体のことは、俺自身が一番よく分かっている。それよりも、なぜお前がここにいる?」
アレクシス様の言葉は、イザベラ様の甘えを一切寄せ付けない、厳しいものだった。
その態度に、イザベラ様の顔色が変わる。
「そ、それは……アレクシス様が、このような女と親しくされていると聞きまして……わたくし、許せなくて……!」
「リリアは、俺の命の恩人だ。そして、俺が心から信頼している女性だ。お前が、彼女を侮辱することは許さん」
アレクシス様のきっぱりとした言葉に、イザベラ様は言葉を失ったように立ち尽くした。
その瞳には、信じられないといった表情と、屈辱の色が浮かんでいる。
アレクシス様が、わたくしを庇ってくださっている……!
その事実に、わたくしの胸は熱くなった。
彼は、こんなにもはっきりと、わたくしへの信頼を示してくれているのだ。
「……覚えてらっしゃい、アレクシス様。そして、そこの女も。このままでは済まさないわ……!」
イザベラ様は、悔しげにそう言い捨てると、侍女たちを伴って足早に去っていった。
その背中には、不穏な気配が漂っていた。
嵐が去った後、わたくしはアレクシス様に向き直った。
「アレクシス様……わたくしのせいで、申し訳ございません」
「なぜ、お前が謝る必要がある? 気にするな」
アレクシス様はそう言うと、わたくしの肩に優しく手を置いた。
「それよりも、リリア。王都に戻ったら話したいことがあると言っただろう? ……今夜、話してもいいだろうか」
彼の真剣な眼差しに、わたくしの心臓が再び大きく跳ねる。
イザベラ様の出現という波乱はあったけれど、アレクシス様の言葉は、わたくしに新たな期待を抱かせるのだった。
アレクシス様の呪いが解けたという知らせは、まだ騎士団のごく一部にしか伝えられていない。彼は、しばらくの間、静養を続けるという名目で、わたくしの小さな家に滞在することになった。
「ようやく、ゆっくりできるな」
アレクシス様は、わたくしの家の簡素な椅子に腰を下ろし、安堵のため息をついた。
その表情は、旅の疲れを感じさせないほど晴れやかだ。
「はい。でも、あまり無理はなさらないでくださいましね。長旅でお疲れでしょうから」
「ああ、分かっている」
わたくしたちは、穏やかな笑みを交わした。
この小さな家で、彼と二人きりで過ごす時間が、こんなにも愛おしいなんて。
しかし、そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。
翌日、わたくしの家の扉を叩く音がした。
「……どなたかしら?」
わたくしが訝しげに扉を開けると、そこには、見覚えのある高慢な顔があった。
「ごきげんよう、薬師風情の娘さん」
冷たい声と共に立っていたのは、侯爵令嬢のイザベラ様だった。
彼女の後ろには、数人の侍女が控え、威圧的な雰囲気を漂わせている。
「イザベラ様……! どうして、このような場所に……?」
わたくしは驚きと緊張で、声が震えるのを抑えられなかった。
イザベラ様は、わたくしを値踏みするように上から下まで眺めると、フンと鼻を鳴らした。
「アレクシス様が、このような賤しい場所に出入りしていると聞いて、様子を見に来て差し上げたのよ。まさか、本当にこんなあばら家だったとは……呆れて言葉も出ないわ」
その言葉には、あからさまな侮蔑が込められていた。
わたくしの家を「あばら家」と呼び、わたくしを「薬師風情」と見下す彼女の態度に、胸の奥で怒りのようなものが込み上げてくる。
「イザベラ様、わたくしの家は確かに小さく古びておりますけれど、賤しい場所ではございませんわ。それに、アレクシス様は……」
「アレクシス様のことを、馴れ馴れしく呼ばないでちょうだい!」
イザベラ様が、甲高い声でわたくしの言葉を遮った。
その瞳には、嫉妬と敵意が燃え盛っている。
「あの方の婚約者となるのは、このわたくしよ! あなたのような身分の低い女が、気安く近づいていいお方ではないの!」
婚約者――その言葉が、わたくしの胸に重く突き刺さった。
確かに、アレクシス様とイザベラ様は、家柄も釣り合い、周囲からもそう噂されている。
(やはり、わたくしでは……ダメなのかしら……)
自信が揺らぎそうになる。
しかし、その時。
「――イザベラ、何の騒ぎだ?」
低い、静かな声が響いた。
部屋の奥から現れたのは、アレクシス様だった。彼の表情は硬く、その瞳は氷のように冷たい。
「アレクシス様……!」
イザベラ様は、アレクシス様の姿を認めると、途端に甘えたような声を出した。
「まあ、アレクシス様! わたくし、心配で……こんなところに長居されては、お体に障りますわ!」
「俺の体のことは、俺自身が一番よく分かっている。それよりも、なぜお前がここにいる?」
アレクシス様の言葉は、イザベラ様の甘えを一切寄せ付けない、厳しいものだった。
その態度に、イザベラ様の顔色が変わる。
「そ、それは……アレクシス様が、このような女と親しくされていると聞きまして……わたくし、許せなくて……!」
「リリアは、俺の命の恩人だ。そして、俺が心から信頼している女性だ。お前が、彼女を侮辱することは許さん」
アレクシス様のきっぱりとした言葉に、イザベラ様は言葉を失ったように立ち尽くした。
その瞳には、信じられないといった表情と、屈辱の色が浮かんでいる。
アレクシス様が、わたくしを庇ってくださっている……!
その事実に、わたくしの胸は熱くなった。
彼は、こんなにもはっきりと、わたくしへの信頼を示してくれているのだ。
「……覚えてらっしゃい、アレクシス様。そして、そこの女も。このままでは済まさないわ……!」
イザベラ様は、悔しげにそう言い捨てると、侍女たちを伴って足早に去っていった。
その背中には、不穏な気配が漂っていた。
嵐が去った後、わたくしはアレクシス様に向き直った。
「アレクシス様……わたくしのせいで、申し訳ございません」
「なぜ、お前が謝る必要がある? 気にするな」
アレクシス様はそう言うと、わたくしの肩に優しく手を置いた。
「それよりも、リリア。王都に戻ったら話したいことがあると言っただろう? ……今夜、話してもいいだろうか」
彼の真剣な眼差しに、わたくしの心臓が再び大きく跳ねる。
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