偽聖女と蔑まれた私、実は【魔力鑑定EX】の持ち主でした~追放先で出会った無愛想な公爵様に見初められ、今更帰ってきて言われてももう遅いです

放浪人

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第2話:極寒の辺境と氷の公爵

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王都を追放されてから、三週間が過ぎようとしていた。
与えられたのは、最低限の路銀と、今にも壊れそうな粗末な馬車だけ。
リンドバーグ公爵家の紋章も、華やかなドレスも、すべて剥ぎ取られた。手元に残ったのは、母の形見である、小さなペンダントだけ。

「……寒い」

あてもなく馬車を北へ、北へと進めるうち、景色は次第に荒涼としたものに変わっていった。
緑豊かな王都周辺とはまるで違う、ごつごつとした岩肌と、針葉樹の森が延々と続く、寂しい土地。
ここは、ヴォルフガング公爵が治める辺境の地。
王都では、「氷の公爵」の異名を持つ、謎多き人物が領主だと噂されていた。

噂によれば、彼は人を一切寄せ付けない冷酷非情な男で、その身には強大すぎる魔力が宿っており、触れるものすべてを凍らせてしまうのだとか。
その力ゆえに、誰からも疎まれ、孤独な城で一人、静かに暮らしているのだと。

(……孤独、ね)

今の私には、少しだけ、親近感が湧く言葉だった。

そんなことを考えていた、その時だった。

ゴオオオオオッ!!

突如、地響きと共に、馬車が大きく揺れた。
バランスを崩し、御者台から転げ落ちそうになるのを、必死でこらえる。

「きゃっ!」

驚いて顔を上げると、目の前に、信じられない光景が広がっていた。

道の先、巨大な影がうごめいている。
猪のような体に、まるで岩石のような硬い皮膚を持つ魔物――***ロックボア***だ。
体長は馬車の倍以上はあるだろう。Aランクに分類される、凶悪な魔物。

「……嘘でしょ……っ!」

こんな場所で、Aランクの魔物に遭遇するなんて。
衛兵もいない、丸腰の私では、どうすることもできない。

ロックボアが、血のように赤い瞳を爛々と輝かせ、こちらに狙いを定めている。
獲物を見つけた、という歓喜が、その全身から溢れ出しているのが視える。
荒い鼻息が、ここまで届く。

(……ここまで、なの……?)

追放された挙句、魔物に喰われて死ぬ。
あまりにも、惨めで、滑稽な最期。
皮肉な運命に、思わず自嘲の笑みが浮かんだ。

ロックボアが、突進の体勢に入った。
地を蹴る、轟音。大地が震える。

もう駄目だ、と目を固く閉じた、その瞬間――。

――ヒュンッ!

鋭い風切り音と共に、何かが私の目の前を、音速で通り過ぎた。

次に聞こえたのは、氷河が砕けるような、荘厳で、甲高い音。

恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

あれほど巨大で、凶暴だったロックボアが、その場に凍り付いている。
まるで、精巧に作られた、巨大な氷の彫像のように。
突進しようとした、その躍動感のある形のまま、完全に。

「……え?」

何が起こったのか、まったく理解できず、呆然と立ち尽くす。
すると、私の背後から、静かで、芯のある声がした。

「……無事か」

はっと振り返ると、そこに一人の男性が立っていた。

月明かりを反射するような、艶やかな黒髪。
そして、氷のように冷たく、けれど吸い込まれそうなほど美しい、澄んだ青い瞳。
神が精魂込めて作り上げたかのような、彫刻のように整った顔立ちは、人間が持つべき感情というものを、一切感じさせない。

ただ、その身から放たれる魔力のオーラは、尋常ではなかった。

私の【魔力鑑定EX】の瞳には、それがはっきりと視える。
まるで、極地の吹雪をそのまま凝縮したかのような、どこまでも冷たく、どこまでも深く、そして、途方もなく***強大な青色の魔力***。
今まで見てきたどんな魔術師よりも、エドワード様よりも、比べ物にならないほどの、絶対的な力。

この人はいったい、何者――?

「……怪我はないかと、聞いている」

再び、感情の乗らない、けれど不思議と耳に残る声が、私に投げかけられる。
私ははっとして、慌てて首を横に振った。

「は、はい……! あ、ありがとうございます! お助けいただきまして……」

「そうか」

彼は短くそう答えると、私を一瞥し、すぐに興味を失ったように、凍り付いたロックボアへと視線を移した。

「この辺りは魔物が多い。女一人の旅は無謀だ」
「……申し訳ありません。少々、事情がございまして」
「事情、か」

彼はふ、と小さく息を吐いた。
その息さえも、白く凍って見えるような気がした。

「その粗末な身なり……追放者か」

「……!」

図星だった。
みすぼらしい平民の服。貴族の娘が持つには不釣り合いな、硬くなった手。
聡い彼には、一目で見抜かれてしまったらしい。

隠すことでもないか、と私は小さく頷いた。
「はい。王都から参りました」
「……そうか」

また、それだけ。
彼はそれ以上、何も聞いてこなかった。
ただ、その氷の瞳が、じっと私を見つめている。
まるで、私の魂の奥底まで、その内側にあるものすべてを、見透かそうとするかのように。

その鋭い視線に耐えきれず、私が俯いた、その時だった。

「……っ!」

突然、彼が苦しげに顔を歪め、片膝をついた。
彼の体から溢れ出す青い魔力が、嵐のように渦を巻き、制御を離れて暴れ始める。

「ぐ……っ、く……!」

彼の周囲の地面が、パキパキと音を立てて凍り付いていく。
木々も、草も、すべてが瞬く間に白い霜に覆われていく。

(まさか……魔力の、暴走!?)

噂は、本当だったんだ。
この人は、自分でも制御できないほどの、強大な魔力をその身に宿している。
だから、「氷の公爵」と――。

彼の魔力は、あまりにも純粋で、強大すぎる。
まるで、器から溢れ出す水のように、彼の体を内側から蝕んでいるのが、私の瞳にはっきりと視えた。

放っておけば、彼自身の命が危ない。

気づけば、私は駆け出していた。
助けてもらった恩を返すとか、そんな綺麗な感情じゃない。

ただ、目の前で苦しむこの人を、放っておけなかった。
そして何より、この美しくも荒々しい、孤高の魔力に、私は強く、強く、惹かれていたのだ。
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