【悲報】氷の悪女と蔑まれた辺境令嬢のわたくし、冷徹公爵様に何故かロックオンされました!?~今さら溺愛されても困ります……って、あれ?

放浪人

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第一話:氷の悪女、凍える辺境にて

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吐く息すら白く凍てつき、肌を刺すような風が絶えず吹き付ける北の果て、ヴァインベルク領。

かつては、ほんの少しだけですが、社交界でそれなりに注目される存在だったはずのわたくし、エレオノーラ・フォン・ヴァインベルクは、今や「氷の悪女」などという、実に不本意極まりないレッテルを貼られ、この寂れた辺境の屋敷で息を潜めるように暮らしておりましたの。

ええ、ええ、悪女ですとも。

どうせ、世間の皆様はそうお思いなのでしょうから、今さら否定する気力もございませんわ。

むしろ、その方が都合が良いことすらあるのです。

下手に期待などされず、無闇に近づいてこようとする輩もおりませんから。

孤独?

ええ、確かに孤独かもしれませんわね。

けれど、孤独とは、時として何よりも心安らぐ毛布にもなり得るのです。

これ以上、誰かに傷つけられる心配もございませんし。

三年前のことでしたわね。

当時のわたくしは、愚かにも、王太子殿下の婚約者候補の一人として名前が挙がっておりましたの。

今思えば、それ自体が分不相応なことであったのでしょう。

ある華やかな夜会で、王家に伝わる貴重な宝石が盗まれるという事件が起きました。

そして、その犯人として、わたくしの名が声高に叫ばれたのです。

…ええ、もちろん、わたくしは盗んでなどおりません。

ありていに申し上げれば、わたくしを陥れたのは、腹違いの妹であるクラリッサと、あの抜け目のない継母様。

彼女たちの巧妙に仕組まれた罠によって、わたくしは一夜にして社交界の厄介者へと転落。

あまつさえ、実の父ですら、冷たい、まるで汚物でも見るかのような目でわたくしを断罪したのです。

「エレオノーラ、お前には心底失望した! ヴァインベルク家の名を汚しおって…! しばらく辺境でその腐りきった性根を叩き直してくるがよい!」

父上のその言葉は、鋭利な氷の刃となって、わたくしの若い、そして愚かだった心を容赦なく貫きましたわ。

弁解の機会?

そのようなもの、与えられるはずもございません。

まるで罪人のように、この古びた、そして暖炉の火ですら温もりを感じさせない辺境の屋敷へと送られ、それ以来、わたくしは心を固く、固く閉ざし、感情というものを表に出すことを一切やめましたの。

それが、これ以上無様に傷つかないための、わたくしが編み出した唯一の処世術だったのです。

屋敷の窓から見えるのは、どこまでも続く鉛色の空と、雪と氷に覆われた荒涼とした大地のみ。

時折、吹雪が窓ガラスを叩き、まるで世界の終わりを告げるかのような不気味な音を立てます。

領民たちの暮らしぶりも、お世辞にも豊かとは言えません。

痩せた土地、厳しい気候、そして中央からの支援もままならない状況。

わたくしにできることといえば、かつて家庭教師から学んだ書物の知識で彼らの些細な相談に乗ったり、屋敷の片隅で細々と育てている薬草を分け与えたりすることくらい。

それでも、彼らはよそ者で、しかも「悪女」と都で噂されるわたくしを、決して「エレオノーラ様」とは呼ばず、影では「氷の魔女様」などと囁き、決して心を開こうとはしませんでしたわ。

ええ、結構ですとも。

期待など、とうの昔に捨てましたから。

そんな絶望的なまでに変化のない、凍てついた日々。

まるで、わたくしの心そのものを映し出したかのような、色のない世界。

その灰色の日常に、ある日、突如として激震が走りましたの。

「エレオノーラ様! た、た、大変でございます! あ、あの、アレクシス公爵様が、ご、ご視察にいらっしゃるとのことで…!」

侍女のアンナが、普段の落ち着きぶりからは想像もつかないほど顔面蒼白で、息を切らしながらそう告げた瞬間、わたくしの心臓が、まるで凍った湖の氷が割れるかのような、嫌な音を立てて跳ね上がりました。

アレクシス・フォン・シュヴァルツェンベルク公爵。

その名を、わたくしとて聞き及んでおります。

帝国でも屈指の権力者にして、その冷徹無比な仕事ぶりと、氷のように鋭い洞察力、そして何よりも、その有能さから「氷の公爵」「帝国の絶対零度」などと、畏怖の念を込めて呼ばれる御方。

…そんな方が、なぜ、このような神様もお忘れになったかのような、辺境の、それもヴァインベルク領へ?

悪い予感しかしませんわ。

胸の内で渦巻く言いようのない胸騒ぎを、必死で表情の仮面の下に抑え込み、わたくしは公爵様をお迎えする準備を整えました。

いくらみすぼらしい暮らしをしていても、いくら「悪女」と蔑まれていようとも、ヴァインベルク家の令嬢としての最低限の矜持だけは、失いたくありませんでしたから。

アンナに手伝わせて、一番ましな、けれど何年も前に仕立てた古びたドレスに袖を通し、髪もできる限り整えました。

鏡に映る自分の顔は、血の気が失せ、まるで陶器のように白い。

目の下の隈も、心なしか濃くなっているような気がいたします。

「エレオノーラ様、お顔の色が…」

アンナが心配そうに声をかけてくれましたが、わたくしは首を横に振るだけで応えました。

「大丈夫よ、アンナ。いつものことでしょう?」

そう、いつものこと。

この凍える土地では、血色の良い顔でいる方が難しいのですから。

やがて、重々しい馬車の車輪の音と、馬のいななきが、屋敷の古びた門の前で止まるのが聞こえました。

来たのですわね。

わたくしは、深呼吸を一つ。

まるで、これから断頭台にでも向かうかのような気分でしたわ。

アンナに促され、重い足取りで玄関ホールへと向かいますと、そこには既に、数名の供回りの者と共に、一人の男性が立っておられました。

その方が、アレクシス公爵様なのでしょう。

一目見ただけで、周囲の空気が凍り付くかのような、圧倒的な威圧感。

長く艶やかな漆黒の髪は、まるで夜の闇をそのまま切り取ったかのよう。

その下にある顔立ちは、まるで高名な彫刻家が精魂込めて作り上げた最高傑作のように、冷たく、そして完璧に整っておりました。

そして、何よりも印象的だったのは、その瞳。

全てを見透かし、全てを断罪するかのような、鋭く、そして冷たい光を宿した金の瞳。

その瞳が、ゆっくりと、わたくしを捉えた瞬間――

まるで、魂の奥底まで凍てつかされるような、鋭い衝撃に襲われ、思わず背筋がぞくりと震えましたの。

「……エレオノーラ・フォン・ヴァインベルクだな」

地を這うような低く、感情の温度を一切感じさせない声。

その声色だけで、彼がわたくしをどのような存在――おそらくは、唾棄すべき罪人か、あるいは無能な穀潰しか何か――と見なしているのか、痛いほど伝わってまいりました。

ああ、やはり、わたくしの人生に、温かな光など差すはずがないのですわね。

この方の視察が終わるまで、嵐が過ぎ去るのを待つように、ただ息を潜めているしかないのでしょう。

わたくしは、背筋を伸ばし、できる限り平静を装って、深く淑女の礼をいたしました。

「ようこそお越しくださいました、アレクシス公爵様。わたくしが、エレオノーラ・フォン・ヴァインベルクにございます」

声が、震えていなかったかしら。

顔が、引きつっていなかったかしら。

そんな不安が胸をよぎりましたが、公爵様の表情は、氷の仮面のように一切変わりませんでした。

ただ、その金の瞳だけが、値踏みするように、じっとわたくしを見据えている。

その視線は、まるで鋭い針のように、わたくしの肌を突き刺すかのようでしたわ。

(…公爵様は、一体何をしに、このような辺境の地へ…? そして、何故、わたくしをそのような目でご覧になるのかしら…?)

新たな不安と疑問が、凍てついた心にかすかな波紋を広げ始めたのを感じながら、わたくしは、これから始まるであろう、長く、そしておそらくは不愉快な数日間に、静かに覚悟を決めるしかありませんでした。

この凍える辺境で、「氷の悪女」として生きるわたくしにとって、これ以上の不幸など、もうないと信じておりましたのに。

どうやら、運命の女神様は、まだわたくしを弄ぶことをおやめになるつもりはないようですわね。
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