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第50話 執事の弱さ
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ふと目が覚めた。
時計を見ると、午前二時を回っている。
窓の外は雪が降り積もっているらしく、世界中の音を吸い込んだような、耳が痛くなるほどの静寂が支配していた。
「……レージ?」
昼間、あれほど疲れていた彼のことだ。今夜こそぐっすり眠っているはず。
そう思いながらも、妙な胸騒ぎがして、私はベッドを抜け出した。
廊下に出る。
冷気が足元を這う。
屋敷の中は真っ暗だが、廊下の突き当たり、玄関ホールの方から微かな気配がした。
私は壁伝いに音を殺して近づく。
そこには、ランプの火を極限まで絞り、扉の前に立ち尽くすレージの姿があった。
「……異常なし。……北側の窓、異常なし」
彼はブツブツと呟きながら、鍵のかかった扉のノブをガチャガチャと回して確認している。
一度ではない。
確認して、離れて、またすぐに戻って確認する。
その動作は強迫的で、見てはいけないものを見てしまったような寒気が走った。
「……レージ」
私が声をかけると、彼はバッと振り返った。
その目は充血し、焦点が定まっていない。
獣のような警戒心。
けれど、私だと認識した瞬間、その瞳が絶望的な色に染まった。
「……リディア様。……申し訳、ございません。起こしてしまいましたか」
「何をしているの? 寝ていなさいと言ったでしょう」
「眠れません」
彼は即答した。
その声には、隠しきれない恐怖が滲(にじ)んでいた。
「目を閉じると……あの日の音が聞こえるのです。断罪の広場の罵声。処刑台の刃が落ちる音。……そして、あなたの首が落ちる音」
「っ……」
「ハッとして目が覚めると、静かすぎるのです。この雪の静寂が、あなたが死んでしまった後の世界のように思えて……確認せずにはいられない」
彼は自分の腕を抱くようにして震えていた。
王都で私を守り、戦い抜いた反動だ。
彼はずっと、私が二度目の死を迎える恐怖と一人で戦っていたのだ。
昼間見せる完璧な笑顔の下で、こんなにボロボロになりながら。
私は彼に歩み寄った。
雪に吸われる足音。
彼の目の前で立ち止まり、その冷え切った頬を両手で挟む。
「レージ。私を見て」
「……リディア様」
「首は繋がっているわ。脈も打っている。体温もある。……ほら」
私は彼の手を取り、自分の首筋に当てた。
ドク、ドク、ドク。
生きて動いている鼓動を、彼の指先に直接伝える。
「私はここにいる。もう死なない。あなたがいる限り、私は絶対に死なないわ」
「……っ、うぅ……」
彼が崩れ落ちる。
私の足元に跪(ひざまず)き、私の腰に腕を回して、子供のように顔を埋めた。
「怖かった……。あなたを失うのが、怖くて……」
背中が震えている。
私は彼の髪をゆっくりと撫でた。
執事としての彼しか知らなかった。
でも、今の彼はただの一人の弱い人間だ。
そして、その弱さごと愛おしいと思ってしまう自分がいた。
「大丈夫。今夜は私が起きているわ。あなたが眠る番よ」
「……できません」
「命令よ。……私の膝で眠りなさい」
雪の静けさは、もう孤独の色ではなかった。
二人の体温が溶け合う、優しい沈黙に変わっていた。
時計を見ると、午前二時を回っている。
窓の外は雪が降り積もっているらしく、世界中の音を吸い込んだような、耳が痛くなるほどの静寂が支配していた。
「……レージ?」
昼間、あれほど疲れていた彼のことだ。今夜こそぐっすり眠っているはず。
そう思いながらも、妙な胸騒ぎがして、私はベッドを抜け出した。
廊下に出る。
冷気が足元を這う。
屋敷の中は真っ暗だが、廊下の突き当たり、玄関ホールの方から微かな気配がした。
私は壁伝いに音を殺して近づく。
そこには、ランプの火を極限まで絞り、扉の前に立ち尽くすレージの姿があった。
「……異常なし。……北側の窓、異常なし」
彼はブツブツと呟きながら、鍵のかかった扉のノブをガチャガチャと回して確認している。
一度ではない。
確認して、離れて、またすぐに戻って確認する。
その動作は強迫的で、見てはいけないものを見てしまったような寒気が走った。
「……レージ」
私が声をかけると、彼はバッと振り返った。
その目は充血し、焦点が定まっていない。
獣のような警戒心。
けれど、私だと認識した瞬間、その瞳が絶望的な色に染まった。
「……リディア様。……申し訳、ございません。起こしてしまいましたか」
「何をしているの? 寝ていなさいと言ったでしょう」
「眠れません」
彼は即答した。
その声には、隠しきれない恐怖が滲(にじ)んでいた。
「目を閉じると……あの日の音が聞こえるのです。断罪の広場の罵声。処刑台の刃が落ちる音。……そして、あなたの首が落ちる音」
「っ……」
「ハッとして目が覚めると、静かすぎるのです。この雪の静寂が、あなたが死んでしまった後の世界のように思えて……確認せずにはいられない」
彼は自分の腕を抱くようにして震えていた。
王都で私を守り、戦い抜いた反動だ。
彼はずっと、私が二度目の死を迎える恐怖と一人で戦っていたのだ。
昼間見せる完璧な笑顔の下で、こんなにボロボロになりながら。
私は彼に歩み寄った。
雪に吸われる足音。
彼の目の前で立ち止まり、その冷え切った頬を両手で挟む。
「レージ。私を見て」
「……リディア様」
「首は繋がっているわ。脈も打っている。体温もある。……ほら」
私は彼の手を取り、自分の首筋に当てた。
ドク、ドク、ドク。
生きて動いている鼓動を、彼の指先に直接伝える。
「私はここにいる。もう死なない。あなたがいる限り、私は絶対に死なないわ」
「……っ、うぅ……」
彼が崩れ落ちる。
私の足元に跪(ひざまず)き、私の腰に腕を回して、子供のように顔を埋めた。
「怖かった……。あなたを失うのが、怖くて……」
背中が震えている。
私は彼の髪をゆっくりと撫でた。
執事としての彼しか知らなかった。
でも、今の彼はただの一人の弱い人間だ。
そして、その弱さごと愛おしいと思ってしまう自分がいた。
「大丈夫。今夜は私が起きているわ。あなたが眠る番よ」
「……できません」
「命令よ。……私の膝で眠りなさい」
雪の静けさは、もう孤独の色ではなかった。
二人の体温が溶け合う、優しい沈黙に変わっていた。
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