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第2話 なぜそれをご存じないの?
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「契約しただろう!!」
「赤い文箱を」
侍女が差し出した文箱は、東方渡りの美しい品です。それを見たお父様が何か言おうとなさいましたが、短剣がその音を遮りました。
その文箱は伯爵家当主の執務室で使うべきものだそうですから、お姉さまのお持物です。なぜかお父様のお部屋に置いてあったのを覚えておりますけれど。
「さて、こちらは紋章局より参りました質問状および受付不許可の通達ですけど、お読みになれます?」
お姉さまが侍女に手渡したそれを、侍女はお姉さまの指示通り、オドラル様の目の前に広げて見せました。
「私の婚約は成年するまで許可できないとされているのに、なぜ代官を後見人として婚約したとの書状を送って来たのか、事情を説明せよという質問状。および、私の爵位継承と婚約時期については既に定められているため、婚約契約書の内容を認める余地はなく、受け付けることはない、との通達文です」
「女は父親の言うことを聞くもんだろう!」
「父と言えども代官に過ぎません」
「ボクは婚約者だぞ!おまえはボクの言うことを聞くべきだ!」
「婚約者を詐称する子爵令息がいる、とは報告してございますわね。それに、婚約破棄なさったおつもりなんでしょう?」
あらあら、と笑ったお姉さまの目元は全く、笑っていらっしゃいません。
「あなたのお父様は子爵の位をお持ちですが、あなたご自身は何者でもいらっしゃらない。それをお忘れのご様子ね?」
「おまえの妹と結婚すれば、ボクが伯爵だ!」
「あらぁ?それはまた、ずいぶん面白いお話ですこと?」
オドラル様と結婚!?
ありえません。それだけは、ありえません。
わたくしがびっくりしている事に気が付いたお姉さまは、ちらりと視線を投げて、いつも通り優しく微笑んでくださいました。
「婚約破棄で傷物になったおまえは修道院行きだ!お前の妹なら、従順だろうしな!!」
「妹は代官夫人の娘ですから、爵位継承権はございませんわよ」
お姉さまがぴしゃりと言いました。
お姉さまの仰る通り、わたくしはお父様の後妻の娘。それも嫡出ではなく、私生児として生まれた身です。先代女伯爵様が亡くなった後、私が生まれた当時は愛人だった母とその娘であるわたくしを、お父様はこちらのお屋敷に連れてきました。
お父様はわたくしも伯爵令嬢だと触れて回り、事あるごとに私を着飾らせて連れて回っておりましたが、これは身分詐称にも等しい行いです。私はその都度、父の思い違いを詫びて訂正して回る羽目になっておりました。
なにしろお父様は元々、子爵家の次男坊です。伯爵家はあくまでも、お姉さまのお母様の血筋のもの。入り婿である父の娘に過ぎないわたくしは、伯爵家の血筋の者ではありませんから、たとえ嫡出であったとしても伯爵令嬢とは名乗れません。
そして父の実家も母の実家もすでに跡取りがおりますから、わたくしと結婚したところで、継げるお家は無いのです。
それを弁えない父の行いのせいで、どれだけ恥をかかされましたことか!
そして父と同じくらい考え無しの母は、女同士の社交の場でさらに恥をかいておりますが、それを理解できないおめでたい頭しか持っておりません。
その二人のやらかしがあれば当然、まともな男性はわたくしに近寄ろうとなさいません。寄って来るのはせいぜいオドラル様のような、お父様の同類ばかりです。
「妄想を語りに、先ぶれもなく他家に押しかけて大声で騒ぐとは、あなたのご両親は躾を間違いましたわね?」
ああ、これは……お姉さまは本気で怒っていらっしゃいます。
「ナーニャ、お医者様を呼んでちょうだい。神経衰弱のよその御子息が、我が家で暴れようとしたとお伝えして。レスカ、オドラル殿はそのまま拘束して客間のベッドへ。必要なら縛り付けなさい」
「なん……!」
ですからお父様、怒鳴り付ければ何でも思い通りになるとお思いにならないでくださいませ。このおうちは、お姉さまのものなのですし。
「代官も、これまでご苦労様でした。これにて代官のお役目は終了です。ああ、在任中に不適切なお金の使用があった件については別途、席を設けますのでそちらで担当官に釈明を。代官夫人、あなたが手を付けた伯爵家の財産は返還してもらいますからそのおつもりで」
母が金切り声を上げようとしたのを、背後にいた者が手際よく取り押さえ、猿轡をかませておりました。
「赤い文箱を」
侍女が差し出した文箱は、東方渡りの美しい品です。それを見たお父様が何か言おうとなさいましたが、短剣がその音を遮りました。
その文箱は伯爵家当主の執務室で使うべきものだそうですから、お姉さまのお持物です。なぜかお父様のお部屋に置いてあったのを覚えておりますけれど。
「さて、こちらは紋章局より参りました質問状および受付不許可の通達ですけど、お読みになれます?」
お姉さまが侍女に手渡したそれを、侍女はお姉さまの指示通り、オドラル様の目の前に広げて見せました。
「私の婚約は成年するまで許可できないとされているのに、なぜ代官を後見人として婚約したとの書状を送って来たのか、事情を説明せよという質問状。および、私の爵位継承と婚約時期については既に定められているため、婚約契約書の内容を認める余地はなく、受け付けることはない、との通達文です」
「女は父親の言うことを聞くもんだろう!」
「父と言えども代官に過ぎません」
「ボクは婚約者だぞ!おまえはボクの言うことを聞くべきだ!」
「婚約者を詐称する子爵令息がいる、とは報告してございますわね。それに、婚約破棄なさったおつもりなんでしょう?」
あらあら、と笑ったお姉さまの目元は全く、笑っていらっしゃいません。
「あなたのお父様は子爵の位をお持ちですが、あなたご自身は何者でもいらっしゃらない。それをお忘れのご様子ね?」
「おまえの妹と結婚すれば、ボクが伯爵だ!」
「あらぁ?それはまた、ずいぶん面白いお話ですこと?」
オドラル様と結婚!?
ありえません。それだけは、ありえません。
わたくしがびっくりしている事に気が付いたお姉さまは、ちらりと視線を投げて、いつも通り優しく微笑んでくださいました。
「婚約破棄で傷物になったおまえは修道院行きだ!お前の妹なら、従順だろうしな!!」
「妹は代官夫人の娘ですから、爵位継承権はございませんわよ」
お姉さまがぴしゃりと言いました。
お姉さまの仰る通り、わたくしはお父様の後妻の娘。それも嫡出ではなく、私生児として生まれた身です。先代女伯爵様が亡くなった後、私が生まれた当時は愛人だった母とその娘であるわたくしを、お父様はこちらのお屋敷に連れてきました。
お父様はわたくしも伯爵令嬢だと触れて回り、事あるごとに私を着飾らせて連れて回っておりましたが、これは身分詐称にも等しい行いです。私はその都度、父の思い違いを詫びて訂正して回る羽目になっておりました。
なにしろお父様は元々、子爵家の次男坊です。伯爵家はあくまでも、お姉さまのお母様の血筋のもの。入り婿である父の娘に過ぎないわたくしは、伯爵家の血筋の者ではありませんから、たとえ嫡出であったとしても伯爵令嬢とは名乗れません。
そして父の実家も母の実家もすでに跡取りがおりますから、わたくしと結婚したところで、継げるお家は無いのです。
それを弁えない父の行いのせいで、どれだけ恥をかかされましたことか!
そして父と同じくらい考え無しの母は、女同士の社交の場でさらに恥をかいておりますが、それを理解できないおめでたい頭しか持っておりません。
その二人のやらかしがあれば当然、まともな男性はわたくしに近寄ろうとなさいません。寄って来るのはせいぜいオドラル様のような、お父様の同類ばかりです。
「妄想を語りに、先ぶれもなく他家に押しかけて大声で騒ぐとは、あなたのご両親は躾を間違いましたわね?」
ああ、これは……お姉さまは本気で怒っていらっしゃいます。
「ナーニャ、お医者様を呼んでちょうだい。神経衰弱のよその御子息が、我が家で暴れようとしたとお伝えして。レスカ、オドラル殿はそのまま拘束して客間のベッドへ。必要なら縛り付けなさい」
「なん……!」
ですからお父様、怒鳴り付ければ何でも思い通りになるとお思いにならないでくださいませ。このおうちは、お姉さまのものなのですし。
「代官も、これまでご苦労様でした。これにて代官のお役目は終了です。ああ、在任中に不適切なお金の使用があった件については別途、席を設けますのでそちらで担当官に釈明を。代官夫人、あなたが手を付けた伯爵家の財産は返還してもらいますからそのおつもりで」
母が金切り声を上げようとしたのを、背後にいた者が手際よく取り押さえ、猿轡をかませておりました。
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