34 / 35
34 王との会見
しおりを挟む
小さく吐息をついて、ルルイエは暗い空をふり仰ぐ。
すでに時刻は24時を回り、あたりは静まり返っていた。
だが、ルルイエは寝付かれず、外の空気を吸おうと与えられた部屋のバルコニーへと出て来たのだった。
ジャネッタの伯父・カルドスから王との会見のめどが着いたと連絡があったのが、昨日のことだ。
そして今日の午後には、城から迎えの馬車が来て、ルルイエとフェリア、ジャネッタの三人とカルドスは、城内の中心部にある王の居住区域へと連れて来られた。
王との会見は明日の朝になると言われて、この部屋に案内された。
広い寝室と居間が連なった豪奢な部屋で、ルルイエ、フェリア、ジャネッタの三人はそれぞれが一つずつ寝室をあてがわれた。
カルドスだけは別の部屋だったが、そこもおそらくは豪奢なものだろう。
ともあれ、彼女たちは王の客として遇されることになったようだ。
ルルイエにとってはもちろん、この城は初めての場所ではない。
かつて聖女としてエーリカにあった時には、城内に彼女の住まいも存在したし、王の居住区域にも足を踏み入れたことはある。彼女は王の婚約者でもあったから、王のご機嫌伺いなどのためにその居室に足を運ぶこともあったのだ。
とはいえ、聖女だったころのことを思い返してみても、ルルイエには王とそこまで親しく過ごした記憶がない。
(そういえば……)
バルコニーから暗い空をつとふり仰ぎ、ルルイエは思い出した。
一度だけ、夜遅くまで催された宴の席に彼女も出席していて、王と当時は側室だった王妃が同席していたことがあった。その時に、王妃は自分の宮に戻ることになり、王にキスでおやすみの挨拶をして立ち去って行った。それがルルイエには妙に新鮮で――同時に、王と王妃は本当に想い合っている仲なのだと感じられて、少しだけ胸が痛かったものだ。
けして王を、男性として慕っていたわけではない。また、聖女が王の妃となるのは名ばかりのものだということも、理解はしていた。それでも、「婚約者」であるにも関わらず、儀礼的な言葉を交わすだけの自分たちの関係を、どこか空しく感じてはいたのだろう。
国を出て十七年が過ぎて、実のところルルイエは、もう王の顔も王妃の顔も思い出せなくなっていた。
(それはでも、王様も同じかもしれないわ)
ルルイエは、ふと思う。
その死に十七年もふさぎこんでしまうほど王妃を愛していた王は、きっと自分を覚えていないだろう。そもそも、側室だったその人を王妃にするために、聖女だったルルイエを追放したのだ。もしかしたら、名前すら憶えていなかった可能性もある。
ルルイエは、つと手を伸ばすと自分で自分の頬に触れた。
(十七年が過ぎて、わたくしは変わったかしら)
三十も半ばを過ぎた彼女の外見には、もはや少女の初々しさはない。だが一方で、幼げだった頬は引き締まり、子供と大人のあわいのようだった体の線は、ゆるやかな丸みの中にもきりりと引きしまったもののある大人のものへと変わっていた。
魔法学校の教師として過ごした時間の賜物か、それとも大魔法使いと呼ばれる者の自信のゆえか、背筋はまっすぐ伸びて顔を上げ、そのまなざしは強い光をたたえている。
少なくともそこには、かつての清楚ではあるが大人しく、ただ流されるままの少女の面影はなかった。
外の空気を吸って、気持ちがおちついたせいだろうか。
いくばくか眠気が襲って来て、ルルイエは寝室に戻った。
ベッドに横になると、とろとろと心地よい眠りが訪れ、彼女はそのまま寝息を立て始めたのだった。
翌朝。
ルルイエたちは朝食を済ませると、迎えの侍従に案内されて、王の居住区へと向かった。
途中、回廊をいくつか抜けた先の大きな扉の前で、宰相が彼女たちを待ち構えていた。
「この先に連れて行けるのは、ルルイエ殿だけだ。残りの者は別室で待つがいい」
宰相に言われて、カルドスが代表するようにうなずく。彼らにも、そう言われるだろうことは、予想がついていたためだ。
「ルルイエ様、お気をつけて」
「大丈夫ですよ。お話しするだけですから」
心配げに声をかけるジャネッタに笑って応え、ルルイエはフェリアとカルドスにうなずきかける。
そして彼女は、促す宰相に案内されて、扉の中へと足を踏み入れたのだった。
扉の向こうにも回廊は続いており、あたりは驚くほどに静かだった。
宰相についてルルイエが歩くと、二人の足音が殊更大きく響く。
やがてたどり着いたのは、王の私的な応接間だった。サロンのような大勢を招くための部屋ではなく、ごく少数の人と会うための部屋なのだろう。さほど広くはなく、調度も部屋の真ん中に背の低い楕円形のテーブルと、それを囲むようにソファと椅子が置かれている程度だった。
ルルイエが部屋に入ると、すでに王はソファに腰を下ろして彼女を待っていた。
ルルイエはテーブルの傍まで歩いて足を止め、スカートの裾をつまんで昔習った宮廷式のお辞儀をする。
「ご無沙汰しています。ルルイエです。本日はお時間をいただき、ありがとう存じます」
「挨拶はいい。座れ」
向かいの椅子を顎で示して言う王に答えて、ルルイエはそこに腰を下ろした。
それを見届け、ソファの後ろに移動しようとする宰相を、王が制する。
「そなたは、外に出ていろ」
「王よ、しかしそれは……」
眉をひそめて言葉を返そうとする宰相に、王は重ねて言った。
「心配には及ばぬ。何かあれば呼ぶゆえ、出ていろ」
「は」
しかたなく宰相はうなずいて、部屋を出て行く。
それを見送り、王はルルイエの方に視線を向けた。
「さて。では、話を聞こう」
「はい。……王様、わたくしに、現在この国の聖女である王女様の教育をさせてはいただけないでしょうか」
うなずいて、真っ直ぐに王を見やると、ルルイエは言った。
「東方世界できままな生活を送るわたくしの夢枕に、今は亡き伯母――かつてこの国の聖女だった方が立ちました。わたくしはそれを一種の啓示だと感じ、西方世界へ向けて旅立ちました。そして、西方世界に入ってこの国に到着するまでの間に、エーリカがどれほどすさんでしまったのかを知りました。……聖女がいないのであれば、それはしかたのないことでしょう。ですが、エーリカは聖女がいるにも関わらず、国の大半は荒れ果て、民たちは逃げ出し、旅人たちですら立ち寄らなくなってしまっているのです。この状態をどうにかするためには、聖女に正しい知識を――聖女とはいかなるものであるか、己が何をしなければならないのかを、理解してもらうほかはありません。そしてそれは本来、先代の聖女がするべきことでした」
「先代の聖女……」
黙って彼女の言葉を聞いていた王が、ポツリと呟く。
「はい。わたくしは、伯母であったわたくしの前の聖女から、ごく幼いころより、聖女としての心構えや祈りの作法、儀式のおりの作法などを教わりました」
うなずいて、ルルイエは続けた。
「王女様にも、そのようなことを教え、聖女として導く者が必要であると感じます。そして、かつて聖女としての教えを受けたわたくしであれば、王女様にそうしたことを教えられるのではないかと思い、こうして王様の御前に参ったのです」
ルルイエが話を終えると、王はしばらくの間、目を閉じて考えを巡らせるふうだった。だが、ややあって顔を上げると問うた。
「そなたは、実際にこの国の様子を見たのだな? この国は、本当にそんなにひどいありさまなのか?」
その問いに、ルルイエは小さく目を見張る。王が国の惨状を知らないことに、驚いたのだ。だが、すぐに彼はずっと部屋に閉じこもったままだったのだと思い出す。
ルルイエはうなずいた。
「はい。都の一部や城内は、緑に包まれ昔と変わりませんが、都は中心部を離れるにしたがって草木は枯れて人の姿もなく、そのせいでしょうか、通りや建物なども汚れたり朽ちたりしている所が目につきます。都の外はもっとひどく、どこも荒れ果てております。エーリカに入る前に、この国の民だった者に会って話を聞きましたが、民だけではなく貴族も他国に移り住む者が大勢いるそうです。また、旅人の多くは、エーリカを迂回して他の国へ行くため、街道とは別に道ができているありさまでした」
「そうなのか……」
王は、いささか呆然とした顔で呟く。だが、すぐに気を取り直したように、顔を上げた。
「わかった。そなたに、王女の聖女としての教育を任せよう。……細かいことは、宰相と話せ。私は……」
一瞬言葉を切ったあと、王は小さく肩をすくめる。
「そなたも聞いておろうが、私はもう長らく、王としての仕事をしておらぬ。実務的なことは、何もわからないのだ。だから、あとは宰相と話して決めてくれ。城内のどこに住むとか、報酬はどうするかといったようなこととかをな」
「王様……」
彼のあけすけな物言いに、ルルイエは思わず目を見張る。だがそれが、彼の精一杯の誠意なのだと察して、頭を垂れた。
「提案を受け入れていただき、ありがとう存じます」
「ああ」
王はそれへうなずき、宰相を呼んだ。
入って来た宰相に王は、ルルイエを王女の聖女としての教育係とすることを告げ、今後の細かいことを決めてやるよう命じた。
それを聞いて宰相は、驚いた顔になる。だが、反対や問いの言葉を口にすることなく、ただうなずいた。
そのやりとりに、ルルイエは椅子から立ち上がると王に辞去の挨拶をして、踵を返そうとした。
それへ王が声をかける。
「待て。そなた、黒いドレスと黒いヴェールの、白い髪の女を知らぬか」
足を止め、ルルイエは軽く眉をひそめた。そして、すぐに思い当たった名を告げる。
「それは、最初にこの西方世界に現れた聖女、ウルスラ様のように思います」
「最初の聖女ウルスラ……」
驚いて目を見張る王に、ルルイエは更に言った。
「たしか、王妃宮のエントランスにウルスラ様の肖像画が掛けられていたと思います」
「そうか」
王がうなずくのを見やって、ルルイエは再度退出の挨拶をすると、踵を返した。そのまま、宰相に案内されて、部屋を出る。
そのあとは、再び宰相に案内される形で回廊を巡り、あの巨大な扉の前へと戻って来た。
そこから宰相に連れられて、扉の近くの小部屋へと向かう。そこは長方形のテーブルと椅子が何脚かあるだけの、簡素な一室だった。
その小部屋で向かい合って座り、宰相が口を開く。
「まさか追放された元聖女が、王女の教育係になるとはな。だが、あれに教育を施すのは、骨が折れるであろうよ」
「そうなのですか?」
ルルイエは、軽く首をかしげて問い返した。王女がわがまま放題しているという話は、噂ではあるが、彼女も聞いている。
「あれは、勉強嫌いで聖女の仕事も好いてはいないからな」
肩をすくめて返す宰相に、ルルイエも肩をすくめた。
「勉強はともかく、聖女の役目は好き嫌いでやるものではありません。……そのあたりはおそらく、周囲にも聖女の役目を正しく理解している方が、おいでにならないからではないでしょうか」
「ずいぶんと、自信満々だな」
彼女の言い方が気に障ったのか、宰相が軽く顔をしかめて返す。それへ、ルルイエは言った。
「そういうわけではありませんが……王女様をちゃんと聖女に育てないと、この国は立ち行きませんから。それに、多少は人に教えた経験もありますから、それは役に立つだろうと考えております」
「……まあいい。では、実際的な話をしようではないか」
小さく鼻を鳴らして告げると、宰相は彼女のこれからの住まいや報酬について話し始めたのだった。
すでに時刻は24時を回り、あたりは静まり返っていた。
だが、ルルイエは寝付かれず、外の空気を吸おうと与えられた部屋のバルコニーへと出て来たのだった。
ジャネッタの伯父・カルドスから王との会見のめどが着いたと連絡があったのが、昨日のことだ。
そして今日の午後には、城から迎えの馬車が来て、ルルイエとフェリア、ジャネッタの三人とカルドスは、城内の中心部にある王の居住区域へと連れて来られた。
王との会見は明日の朝になると言われて、この部屋に案内された。
広い寝室と居間が連なった豪奢な部屋で、ルルイエ、フェリア、ジャネッタの三人はそれぞれが一つずつ寝室をあてがわれた。
カルドスだけは別の部屋だったが、そこもおそらくは豪奢なものだろう。
ともあれ、彼女たちは王の客として遇されることになったようだ。
ルルイエにとってはもちろん、この城は初めての場所ではない。
かつて聖女としてエーリカにあった時には、城内に彼女の住まいも存在したし、王の居住区域にも足を踏み入れたことはある。彼女は王の婚約者でもあったから、王のご機嫌伺いなどのためにその居室に足を運ぶこともあったのだ。
とはいえ、聖女だったころのことを思い返してみても、ルルイエには王とそこまで親しく過ごした記憶がない。
(そういえば……)
バルコニーから暗い空をつとふり仰ぎ、ルルイエは思い出した。
一度だけ、夜遅くまで催された宴の席に彼女も出席していて、王と当時は側室だった王妃が同席していたことがあった。その時に、王妃は自分の宮に戻ることになり、王にキスでおやすみの挨拶をして立ち去って行った。それがルルイエには妙に新鮮で――同時に、王と王妃は本当に想い合っている仲なのだと感じられて、少しだけ胸が痛かったものだ。
けして王を、男性として慕っていたわけではない。また、聖女が王の妃となるのは名ばかりのものだということも、理解はしていた。それでも、「婚約者」であるにも関わらず、儀礼的な言葉を交わすだけの自分たちの関係を、どこか空しく感じてはいたのだろう。
国を出て十七年が過ぎて、実のところルルイエは、もう王の顔も王妃の顔も思い出せなくなっていた。
(それはでも、王様も同じかもしれないわ)
ルルイエは、ふと思う。
その死に十七年もふさぎこんでしまうほど王妃を愛していた王は、きっと自分を覚えていないだろう。そもそも、側室だったその人を王妃にするために、聖女だったルルイエを追放したのだ。もしかしたら、名前すら憶えていなかった可能性もある。
ルルイエは、つと手を伸ばすと自分で自分の頬に触れた。
(十七年が過ぎて、わたくしは変わったかしら)
三十も半ばを過ぎた彼女の外見には、もはや少女の初々しさはない。だが一方で、幼げだった頬は引き締まり、子供と大人のあわいのようだった体の線は、ゆるやかな丸みの中にもきりりと引きしまったもののある大人のものへと変わっていた。
魔法学校の教師として過ごした時間の賜物か、それとも大魔法使いと呼ばれる者の自信のゆえか、背筋はまっすぐ伸びて顔を上げ、そのまなざしは強い光をたたえている。
少なくともそこには、かつての清楚ではあるが大人しく、ただ流されるままの少女の面影はなかった。
外の空気を吸って、気持ちがおちついたせいだろうか。
いくばくか眠気が襲って来て、ルルイエは寝室に戻った。
ベッドに横になると、とろとろと心地よい眠りが訪れ、彼女はそのまま寝息を立て始めたのだった。
翌朝。
ルルイエたちは朝食を済ませると、迎えの侍従に案内されて、王の居住区へと向かった。
途中、回廊をいくつか抜けた先の大きな扉の前で、宰相が彼女たちを待ち構えていた。
「この先に連れて行けるのは、ルルイエ殿だけだ。残りの者は別室で待つがいい」
宰相に言われて、カルドスが代表するようにうなずく。彼らにも、そう言われるだろうことは、予想がついていたためだ。
「ルルイエ様、お気をつけて」
「大丈夫ですよ。お話しするだけですから」
心配げに声をかけるジャネッタに笑って応え、ルルイエはフェリアとカルドスにうなずきかける。
そして彼女は、促す宰相に案内されて、扉の中へと足を踏み入れたのだった。
扉の向こうにも回廊は続いており、あたりは驚くほどに静かだった。
宰相についてルルイエが歩くと、二人の足音が殊更大きく響く。
やがてたどり着いたのは、王の私的な応接間だった。サロンのような大勢を招くための部屋ではなく、ごく少数の人と会うための部屋なのだろう。さほど広くはなく、調度も部屋の真ん中に背の低い楕円形のテーブルと、それを囲むようにソファと椅子が置かれている程度だった。
ルルイエが部屋に入ると、すでに王はソファに腰を下ろして彼女を待っていた。
ルルイエはテーブルの傍まで歩いて足を止め、スカートの裾をつまんで昔習った宮廷式のお辞儀をする。
「ご無沙汰しています。ルルイエです。本日はお時間をいただき、ありがとう存じます」
「挨拶はいい。座れ」
向かいの椅子を顎で示して言う王に答えて、ルルイエはそこに腰を下ろした。
それを見届け、ソファの後ろに移動しようとする宰相を、王が制する。
「そなたは、外に出ていろ」
「王よ、しかしそれは……」
眉をひそめて言葉を返そうとする宰相に、王は重ねて言った。
「心配には及ばぬ。何かあれば呼ぶゆえ、出ていろ」
「は」
しかたなく宰相はうなずいて、部屋を出て行く。
それを見送り、王はルルイエの方に視線を向けた。
「さて。では、話を聞こう」
「はい。……王様、わたくしに、現在この国の聖女である王女様の教育をさせてはいただけないでしょうか」
うなずいて、真っ直ぐに王を見やると、ルルイエは言った。
「東方世界できままな生活を送るわたくしの夢枕に、今は亡き伯母――かつてこの国の聖女だった方が立ちました。わたくしはそれを一種の啓示だと感じ、西方世界へ向けて旅立ちました。そして、西方世界に入ってこの国に到着するまでの間に、エーリカがどれほどすさんでしまったのかを知りました。……聖女がいないのであれば、それはしかたのないことでしょう。ですが、エーリカは聖女がいるにも関わらず、国の大半は荒れ果て、民たちは逃げ出し、旅人たちですら立ち寄らなくなってしまっているのです。この状態をどうにかするためには、聖女に正しい知識を――聖女とはいかなるものであるか、己が何をしなければならないのかを、理解してもらうほかはありません。そしてそれは本来、先代の聖女がするべきことでした」
「先代の聖女……」
黙って彼女の言葉を聞いていた王が、ポツリと呟く。
「はい。わたくしは、伯母であったわたくしの前の聖女から、ごく幼いころより、聖女としての心構えや祈りの作法、儀式のおりの作法などを教わりました」
うなずいて、ルルイエは続けた。
「王女様にも、そのようなことを教え、聖女として導く者が必要であると感じます。そして、かつて聖女としての教えを受けたわたくしであれば、王女様にそうしたことを教えられるのではないかと思い、こうして王様の御前に参ったのです」
ルルイエが話を終えると、王はしばらくの間、目を閉じて考えを巡らせるふうだった。だが、ややあって顔を上げると問うた。
「そなたは、実際にこの国の様子を見たのだな? この国は、本当にそんなにひどいありさまなのか?」
その問いに、ルルイエは小さく目を見張る。王が国の惨状を知らないことに、驚いたのだ。だが、すぐに彼はずっと部屋に閉じこもったままだったのだと思い出す。
ルルイエはうなずいた。
「はい。都の一部や城内は、緑に包まれ昔と変わりませんが、都は中心部を離れるにしたがって草木は枯れて人の姿もなく、そのせいでしょうか、通りや建物なども汚れたり朽ちたりしている所が目につきます。都の外はもっとひどく、どこも荒れ果てております。エーリカに入る前に、この国の民だった者に会って話を聞きましたが、民だけではなく貴族も他国に移り住む者が大勢いるそうです。また、旅人の多くは、エーリカを迂回して他の国へ行くため、街道とは別に道ができているありさまでした」
「そうなのか……」
王は、いささか呆然とした顔で呟く。だが、すぐに気を取り直したように、顔を上げた。
「わかった。そなたに、王女の聖女としての教育を任せよう。……細かいことは、宰相と話せ。私は……」
一瞬言葉を切ったあと、王は小さく肩をすくめる。
「そなたも聞いておろうが、私はもう長らく、王としての仕事をしておらぬ。実務的なことは、何もわからないのだ。だから、あとは宰相と話して決めてくれ。城内のどこに住むとか、報酬はどうするかといったようなこととかをな」
「王様……」
彼のあけすけな物言いに、ルルイエは思わず目を見張る。だがそれが、彼の精一杯の誠意なのだと察して、頭を垂れた。
「提案を受け入れていただき、ありがとう存じます」
「ああ」
王はそれへうなずき、宰相を呼んだ。
入って来た宰相に王は、ルルイエを王女の聖女としての教育係とすることを告げ、今後の細かいことを決めてやるよう命じた。
それを聞いて宰相は、驚いた顔になる。だが、反対や問いの言葉を口にすることなく、ただうなずいた。
そのやりとりに、ルルイエは椅子から立ち上がると王に辞去の挨拶をして、踵を返そうとした。
それへ王が声をかける。
「待て。そなた、黒いドレスと黒いヴェールの、白い髪の女を知らぬか」
足を止め、ルルイエは軽く眉をひそめた。そして、すぐに思い当たった名を告げる。
「それは、最初にこの西方世界に現れた聖女、ウルスラ様のように思います」
「最初の聖女ウルスラ……」
驚いて目を見張る王に、ルルイエは更に言った。
「たしか、王妃宮のエントランスにウルスラ様の肖像画が掛けられていたと思います」
「そうか」
王がうなずくのを見やって、ルルイエは再度退出の挨拶をすると、踵を返した。そのまま、宰相に案内されて、部屋を出る。
そのあとは、再び宰相に案内される形で回廊を巡り、あの巨大な扉の前へと戻って来た。
そこから宰相に連れられて、扉の近くの小部屋へと向かう。そこは長方形のテーブルと椅子が何脚かあるだけの、簡素な一室だった。
その小部屋で向かい合って座り、宰相が口を開く。
「まさか追放された元聖女が、王女の教育係になるとはな。だが、あれに教育を施すのは、骨が折れるであろうよ」
「そうなのですか?」
ルルイエは、軽く首をかしげて問い返した。王女がわがまま放題しているという話は、噂ではあるが、彼女も聞いている。
「あれは、勉強嫌いで聖女の仕事も好いてはいないからな」
肩をすくめて返す宰相に、ルルイエも肩をすくめた。
「勉強はともかく、聖女の役目は好き嫌いでやるものではありません。……そのあたりはおそらく、周囲にも聖女の役目を正しく理解している方が、おいでにならないからではないでしょうか」
「ずいぶんと、自信満々だな」
彼女の言い方が気に障ったのか、宰相が軽く顔をしかめて返す。それへ、ルルイエは言った。
「そういうわけではありませんが……王女様をちゃんと聖女に育てないと、この国は立ち行きませんから。それに、多少は人に教えた経験もありますから、それは役に立つだろうと考えております」
「……まあいい。では、実際的な話をしようではないか」
小さく鼻を鳴らして告げると、宰相は彼女のこれからの住まいや報酬について話し始めたのだった。
16
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません
冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」
アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。
フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。
そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。
なぜなら――
「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」
何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。
彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。
国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。
「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」
隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。
一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
聖女じゃない私の奇跡
あんど もあ
ファンタジー
田舎の農家に生まれた平民のクレアは、少しだけ聖魔法が使える。あくまでもほんの少し。
だが、その魔法で蝗害を防いだ事から「聖女ではないか」と王都から調査が来ることに。
「私は聖女じゃありません!」と言っても聞いてもらえず…。
現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。
和泉鷹央
恋愛
聖女は十年しか生きられない。
この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。
それは期間満了後に始まる約束だったけど――
一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。
二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。
ライラはこの契約を承諾する。
十年後。
あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。
そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。
こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。
そう思い、ライラは聖女をやめることにした。
他の投稿サイトでも掲載しています。
聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。
「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」
と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる