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いせかい幼女風味
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ユーチーは生まれてはじめてお兄ちゃんと喧嘩をしました。
理由はカメラ屋に頼んでいた写真をお兄ちゃんが受け取ってこなかったからです。
それまで一度だってそんなことで怒ったことはなかったのに、ユーチーは宝物であるアルバムコレクションが増えなかったことに、激怒しました。涙と鼻水をまき散らしながらなじる妹にお兄ちゃんは「バイトだったから仕方なかったんだよ、明日にでもまた取ってくるから」と苦笑いでとりなしました。
次の日、一言も口を利かないまま保育園へ向かったユーチーは友だちとも遊ばず、ずっと不機嫌でした。一人で隅のほうで遊んでいると突然何かにつまづいてしまいました。その先には真っ暗な穴があり、ユーチーは真っ逆さまにその穴に落ちてしまったのです。
暗転。
目を開けるとそこは穴の中とは思えない、まるで絵本に出てくるような洋風な街並みでした。街を歩く人々は顔立ちが外国人のような人もいればかわいらしい猫の顔をした二足歩行の人、犬の顔をした人、うろこの肌の人、ユーチーが自分の町で見たこともない恰好をした人ばかりでした。なるほど、穴の中というのは外国に繋がっているものなのかとユーチーは納得してしまいます。子どもは理解力が高いのでしょうか。しかし帰ろうにも落ちてきたはずの穴はどこにもなく、途方に暮れるしかありませんでした。
突然のことに目をくるくると回しますが、だからと言ってこの状況が変わるわけもなく先生も友達もいない、何よりお兄ちゃんはここまで迎えに来てくれるだろうか、幼いながらにもここがいままでいた場所と明らかに違うことを空気で感じ取っていました。
胸にしっかり抱いている宝物のアルバム、ポケットに入っている塩あめ3個のみが持ち物です。目が潤むけれど慰めてくれるぬくもりはありません。心細くて仕方ありませんでした。
しくしくと子供が泣いていても遠目でこちらを見るだけで、声をかけてくれる人は誰もいません。その話し声もユーチーの知る言葉は一つもありません。これは言語そのものが違うのだがその事実をユーチーが知るのはもう少し後のことになります。
ひとしきり泣いても誰一人かまってはくれません。子どもというのは存外に図太く、この場にいても仕方がないとばかりにユーチーは立ち上がり探索することにしました。
幾分か歩くと街はずれにまでやってきました。ここまで来ると人の影もありません。知らない人ばかりなのも落ち着かないが人っ子一人いないのも不安にかられます。
しばらく行くと廃墟のようなところに出ました。
お化けでも出そうだな、と怖くなって引き返そうかと思ったときに、くすんくすん、とすすり泣く声が聞こえてきました。ひぇっと叫びそうになるのをこらえてしかし好奇心には勝てない廃墟の壁の端からそぉっと顔をのぞかせると瓦礫の上に女の子がめそめそと泣いていました。幽霊かどうかは見た目ではわかりません。
ただユーチーは女の子が自分とは違う点に気づきます。金髪の人はユーチーの町にもいたし、顔立ちが外国人なのはさっきの街で驚きはありませんが、ただ耳が長いのです。とがっていてまるで何日か前にお兄ちゃんに読んでもらった本に出てくる妖精のようでした。
あまりにも綺麗でまじまじと見ていると視線に気づいたのか女の子が顔を上げました。
目が合うと「きゃっ!」と叫ばれてしまい、ユーチーも驚き壁に引っこみそうになりましたが思い直し、ポケットの塩あめを差し出しました。泣いた後には塩分補給が必要なのです。
女の子が何かしゃべりかけてきたので少しだけ目をのぞかせました。女の子は戸惑いながらも笑顔で飴を受け取ってくれました。
ユーチーもたくさん泣きましたから女の子と並んで瓦礫の上に座り塩あめを頬張ります。女の子はユーチーと目を合わせて自分の胸に手を合わせ、
「×××、セシル……□□?」
と言いました。それは名前のようです。ユーチーも自分を指さし、
「ゆー・ちー」
と名乗ります。ユーチーは本当は悠月と言うのですが、周りが皆ゆーちゃんゆーちゃんと呼ぶものですからそれをまねしていたらいつのまにかユーチーと呼ぶようになったのです。あだ名というのは案外適当なものなのです。
セシルと名乗った女の子は「ユーチー、〇〇〇、△△?」とわからない言葉でいくつか質問しましたが、ユーチーにはわかりません。首を振り続けると、セシルはとても困った顔をした。突然迷子と出会ったのだ迷惑も甚だしいだろうか、しかしユーチーとしてもせっかく出会ったお人好しそうな女の子を手放すわけにはいきません。
セシルの袖をつかみできるだけ哀れそうな声を出します。
その後、セシルは思った通りのお人好しで、ユーチーは教会のような場所に預けられました。そこにはユーチーよりもよっぽど薄汚れて貧相な少年少女が多くいます。ユーチーのことを不思議なものでも見るかのような目つきで遠巻きにしています。シスターも数人いますが、やはり言葉はわかりません。しかしユーチーの言いたいことを根気強く聞いてくれようとしたり、安心できる存在でした。
ユーチーはこのまま家には帰れないのでしょうか。もうお兄ちゃんには会えないのでしょうか。不安になりました。とても怖くなりました。それでもこの世界はユーチーを取り込んでしまったのでした。
そんなユーチーの唯一の慰めはいつも大事に抱いているアルバムでした。
アルバムの中の写真にはたくさんの日常の風景が収められています。すべてユーチーが撮ったものでした。そうです、ユーチーの趣味は写真を撮ることなのでした。
何がきっかけだったのかわかりません。ユーチーはその写真の中の物を取り出せることに気がついてしまったのです。
写真の中に手をつっこむことができ、その中の物を取ることができるようです。残った写真の中の物は消えてしまうので一回きりだが、取り出したものは普通の物体として何度も使用できるので便利です。とはいえ、ユーチーの日常の風景なので大層なものはないが
セシルが洗濯物を干すときに風が強くて困っているときにアルバムの写真から洗濯ばさみを取り出した時のセシルの驚きと言ったら、まさに目玉が飛び出す勢いでした。セシルは洗濯ばさみのバネの感触が気に入ったのか何度も開いては閉じ、をやっています。セシルもなかなかに好奇心があるようです。
そういうように、なんだかんだとユーチーはこの世界に居候することになりました。
あれから半年も経つでしょうか。
教会の子供たちとユーチーはすっかり打ち解けていました。むしろ言葉の壁や顔立ちよりもその身なりの珍しさに奇異の目を向けていたようでした。同じ格好をしていれば同じ子どもです、子どもというのは言葉を超えて遊ぶものなのです。
ユーチーはこの世界の生活に慣れてきていました。言葉も単語であれば少しずつ理解できるものが増えてきました。
不自由な生活はユーチーにとってちょうどいい充実感を与えてくれました。
それでも、何かが足りません、その足りない感覚を、ユーチーは覚えがあります。それはさみしさでした。
半年と少し前、お母さんが死んでしまった時と似たような、どんなに願っても駄々をこねてもかなわない、届かないさみしさでした。
お兄ちゃんに会いたい――。
そればかりを思いました。
だんだん元気をなくしていくユーチーにセシルは慰めるように抱きしめてくれましたが、ユーチーは落ち込んだままでした。セシルはユーチーのアルバムを手に取り写真を指さしました。
「欲しい?」
ユーチーが覚えた言葉の一つでした。セシルが指さしたのはお兄ちゃんの写真でした。ユーチーは涙ぐんでうなずきます。最後に怒りっぱなしだったことをユーチーはずっと後悔していました。あの日お兄ちゃんが取りに行き忘れた写真はお母さんの写真だったのです。唯一のお母さんの写真、だからってあんなに怒らなければよかった。お兄ちゃんもお母さんがいなくなってきっと寂しいはずなのに。
お兄ちゃんの写真に手を当てると、ずぶりと入ることができました。
「あっ」
と思わず手を握っていました。
気がつくと、目の前にお兄ちゃんがいました。セシルが驚いて絶叫しています。
「お兄ちゃん!」
「ゆーちゃん? あれ、ここどこだ?」
首を傾げた間抜けな顔のお兄ちゃんがいます。思わず抱き着きますが、お兄ちゃんは首を傾げっぱなしでしたが、ちゃんと抱っこしてくれました。
「お兄ちゃんが、寂しくて泣いてると思って塩あめ残してたよ!」
ユーチーは満面の笑顔でお兄ちゃんに飴を差し出しました。
さて、ユーチーとお兄ちゃんはこの世界でこれからどんな冒険をするのでしょうか、それはまた別のお話です。
ちゃんちゃん。
理由はカメラ屋に頼んでいた写真をお兄ちゃんが受け取ってこなかったからです。
それまで一度だってそんなことで怒ったことはなかったのに、ユーチーは宝物であるアルバムコレクションが増えなかったことに、激怒しました。涙と鼻水をまき散らしながらなじる妹にお兄ちゃんは「バイトだったから仕方なかったんだよ、明日にでもまた取ってくるから」と苦笑いでとりなしました。
次の日、一言も口を利かないまま保育園へ向かったユーチーは友だちとも遊ばず、ずっと不機嫌でした。一人で隅のほうで遊んでいると突然何かにつまづいてしまいました。その先には真っ暗な穴があり、ユーチーは真っ逆さまにその穴に落ちてしまったのです。
暗転。
目を開けるとそこは穴の中とは思えない、まるで絵本に出てくるような洋風な街並みでした。街を歩く人々は顔立ちが外国人のような人もいればかわいらしい猫の顔をした二足歩行の人、犬の顔をした人、うろこの肌の人、ユーチーが自分の町で見たこともない恰好をした人ばかりでした。なるほど、穴の中というのは外国に繋がっているものなのかとユーチーは納得してしまいます。子どもは理解力が高いのでしょうか。しかし帰ろうにも落ちてきたはずの穴はどこにもなく、途方に暮れるしかありませんでした。
突然のことに目をくるくると回しますが、だからと言ってこの状況が変わるわけもなく先生も友達もいない、何よりお兄ちゃんはここまで迎えに来てくれるだろうか、幼いながらにもここがいままでいた場所と明らかに違うことを空気で感じ取っていました。
胸にしっかり抱いている宝物のアルバム、ポケットに入っている塩あめ3個のみが持ち物です。目が潤むけれど慰めてくれるぬくもりはありません。心細くて仕方ありませんでした。
しくしくと子供が泣いていても遠目でこちらを見るだけで、声をかけてくれる人は誰もいません。その話し声もユーチーの知る言葉は一つもありません。これは言語そのものが違うのだがその事実をユーチーが知るのはもう少し後のことになります。
ひとしきり泣いても誰一人かまってはくれません。子どもというのは存外に図太く、この場にいても仕方がないとばかりにユーチーは立ち上がり探索することにしました。
幾分か歩くと街はずれにまでやってきました。ここまで来ると人の影もありません。知らない人ばかりなのも落ち着かないが人っ子一人いないのも不安にかられます。
しばらく行くと廃墟のようなところに出ました。
お化けでも出そうだな、と怖くなって引き返そうかと思ったときに、くすんくすん、とすすり泣く声が聞こえてきました。ひぇっと叫びそうになるのをこらえてしかし好奇心には勝てない廃墟の壁の端からそぉっと顔をのぞかせると瓦礫の上に女の子がめそめそと泣いていました。幽霊かどうかは見た目ではわかりません。
ただユーチーは女の子が自分とは違う点に気づきます。金髪の人はユーチーの町にもいたし、顔立ちが外国人なのはさっきの街で驚きはありませんが、ただ耳が長いのです。とがっていてまるで何日か前にお兄ちゃんに読んでもらった本に出てくる妖精のようでした。
あまりにも綺麗でまじまじと見ていると視線に気づいたのか女の子が顔を上げました。
目が合うと「きゃっ!」と叫ばれてしまい、ユーチーも驚き壁に引っこみそうになりましたが思い直し、ポケットの塩あめを差し出しました。泣いた後には塩分補給が必要なのです。
女の子が何かしゃべりかけてきたので少しだけ目をのぞかせました。女の子は戸惑いながらも笑顔で飴を受け取ってくれました。
ユーチーもたくさん泣きましたから女の子と並んで瓦礫の上に座り塩あめを頬張ります。女の子はユーチーと目を合わせて自分の胸に手を合わせ、
「×××、セシル……□□?」
と言いました。それは名前のようです。ユーチーも自分を指さし、
「ゆー・ちー」
と名乗ります。ユーチーは本当は悠月と言うのですが、周りが皆ゆーちゃんゆーちゃんと呼ぶものですからそれをまねしていたらいつのまにかユーチーと呼ぶようになったのです。あだ名というのは案外適当なものなのです。
セシルと名乗った女の子は「ユーチー、〇〇〇、△△?」とわからない言葉でいくつか質問しましたが、ユーチーにはわかりません。首を振り続けると、セシルはとても困った顔をした。突然迷子と出会ったのだ迷惑も甚だしいだろうか、しかしユーチーとしてもせっかく出会ったお人好しそうな女の子を手放すわけにはいきません。
セシルの袖をつかみできるだけ哀れそうな声を出します。
その後、セシルは思った通りのお人好しで、ユーチーは教会のような場所に預けられました。そこにはユーチーよりもよっぽど薄汚れて貧相な少年少女が多くいます。ユーチーのことを不思議なものでも見るかのような目つきで遠巻きにしています。シスターも数人いますが、やはり言葉はわかりません。しかしユーチーの言いたいことを根気強く聞いてくれようとしたり、安心できる存在でした。
ユーチーはこのまま家には帰れないのでしょうか。もうお兄ちゃんには会えないのでしょうか。不安になりました。とても怖くなりました。それでもこの世界はユーチーを取り込んでしまったのでした。
そんなユーチーの唯一の慰めはいつも大事に抱いているアルバムでした。
アルバムの中の写真にはたくさんの日常の風景が収められています。すべてユーチーが撮ったものでした。そうです、ユーチーの趣味は写真を撮ることなのでした。
何がきっかけだったのかわかりません。ユーチーはその写真の中の物を取り出せることに気がついてしまったのです。
写真の中に手をつっこむことができ、その中の物を取ることができるようです。残った写真の中の物は消えてしまうので一回きりだが、取り出したものは普通の物体として何度も使用できるので便利です。とはいえ、ユーチーの日常の風景なので大層なものはないが
セシルが洗濯物を干すときに風が強くて困っているときにアルバムの写真から洗濯ばさみを取り出した時のセシルの驚きと言ったら、まさに目玉が飛び出す勢いでした。セシルは洗濯ばさみのバネの感触が気に入ったのか何度も開いては閉じ、をやっています。セシルもなかなかに好奇心があるようです。
そういうように、なんだかんだとユーチーはこの世界に居候することになりました。
あれから半年も経つでしょうか。
教会の子供たちとユーチーはすっかり打ち解けていました。むしろ言葉の壁や顔立ちよりもその身なりの珍しさに奇異の目を向けていたようでした。同じ格好をしていれば同じ子どもです、子どもというのは言葉を超えて遊ぶものなのです。
ユーチーはこの世界の生活に慣れてきていました。言葉も単語であれば少しずつ理解できるものが増えてきました。
不自由な生活はユーチーにとってちょうどいい充実感を与えてくれました。
それでも、何かが足りません、その足りない感覚を、ユーチーは覚えがあります。それはさみしさでした。
半年と少し前、お母さんが死んでしまった時と似たような、どんなに願っても駄々をこねてもかなわない、届かないさみしさでした。
お兄ちゃんに会いたい――。
そればかりを思いました。
だんだん元気をなくしていくユーチーにセシルは慰めるように抱きしめてくれましたが、ユーチーは落ち込んだままでした。セシルはユーチーのアルバムを手に取り写真を指さしました。
「欲しい?」
ユーチーが覚えた言葉の一つでした。セシルが指さしたのはお兄ちゃんの写真でした。ユーチーは涙ぐんでうなずきます。最後に怒りっぱなしだったことをユーチーはずっと後悔していました。あの日お兄ちゃんが取りに行き忘れた写真はお母さんの写真だったのです。唯一のお母さんの写真、だからってあんなに怒らなければよかった。お兄ちゃんもお母さんがいなくなってきっと寂しいはずなのに。
お兄ちゃんの写真に手を当てると、ずぶりと入ることができました。
「あっ」
と思わず手を握っていました。
気がつくと、目の前にお兄ちゃんがいました。セシルが驚いて絶叫しています。
「お兄ちゃん!」
「ゆーちゃん? あれ、ここどこだ?」
首を傾げた間抜けな顔のお兄ちゃんがいます。思わず抱き着きますが、お兄ちゃんは首を傾げっぱなしでしたが、ちゃんと抱っこしてくれました。
「お兄ちゃんが、寂しくて泣いてると思って塩あめ残してたよ!」
ユーチーは満面の笑顔でお兄ちゃんに飴を差し出しました。
さて、ユーチーとお兄ちゃんはこの世界でこれからどんな冒険をするのでしょうか、それはまた別のお話です。
ちゃんちゃん。
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