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44.城戸紬はからかわれる
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文化祭のミスコンで、あたしは父親を半殺しにした噂の件を追及された。
ステージに立つあたしに向けられた目、目、目、目、目目目目目目目目……。
ステージ以外は照明が落とされた体育館で、観客の好奇心に輝いた目だけはハッキリと認識できてしまっていた。
様々な感情があたしに向けられている。
そのほとんどが、あたしには恐ろしいもので……。喉だけじゃなく身体中が萎縮してしまうだけの重圧があった。
「……」
知らない男の人に何か言われている。それがよくないものだとは理解できるのに、何も反論できなかった。
唇が震えていて、今にも膝から崩れ落ちそうで……。立っているのがやっとなのに、追及がやむことはなかった。
「ち、違うんだYoー!」
心がどうにかなってしまいそうになったあたしに、先輩の震えた声が届いた。
誰も味方がいない。そんな時に声を上げてもらえて、それがどんなに嬉しかったことか……。きっと、口下手なあたしじゃあ、この嬉しさは言葉で表現しきれない。
◇ ◇ ◇
文化祭が終わって、あたしは久しぶりに家に帰った。
唯花とのわだかまりが消えて、距離を置く必要がなくなったのだ。近いうちに住んでいたアパートを引き払うことになって、嬉しくて泣いてしまいそうになるのを我慢するので精一杯だった。
お母さんがご馳走を作ってくれて、唯花とも久しぶりにいっぱい話をした。
「たぬきのお兄さんカッコ良かったね!」
興奮する唯花の話題は矢沢先輩のことばかりだった。
「うん。本当にカッコ良かった……」
あの時のことを思い出すだけで胸がドキドキする……。
矢沢先輩がいなかったら、あたしはまたトラウマを抱えていただろう。
それどころか学校にも行けなくなっていたかもしれない。振り返ってみてもそう思うほどに怖かったから。
そんな状況を矢沢先輩がひっくり返してくれた。
先輩の勇気がなかったら、唯花だってとても声を上げられなかったと思う。
あたしも人前でしゃべるのが苦手だからわかる。矢沢先輩がどれだけ勇気を振り絞ってくれたかということを。
「ねえねえお姉ちゃん。あのたぬきのお兄さんのお名前はなんていうの?」
「え? 矢沢先輩だけど」
「じゃなくて下の名前だよ。お姉ちゃんの恩人なんだから、アタシはフルネームを知りたいの」
唯花が鼻息荒く前のめりになる。
唯花ってこんなにも圧が強い子だったっけ?
まだ小さいから成長が早いのかも。そんなことを考えながら、あたしは口を開いた。
「矢沢比呂……先輩」
「比呂……。うん、比呂さんかぁ……。名前もカッコ良いんだね♪」
あれ……?
唯花が恋する乙女のような顔をしている?
「……」
いや、これは「ような」ではない。
唯花は恋に落ちてしまったのだ。よりにもよって矢沢先輩に!
「あ、あの……唯花?」
「何かなお姉ちゃん?」
「あのー……」
こ、こういう時どんな言葉をかければいいの!?
普段しゃべらないあたしが、ずっと関係を断絶していた妹をどうやって言い聞かせるの?
「せ、先輩のこと……気に入ったの?」
「うん! 男子なんてバカばっかりかと思ってたけど、比呂さんだけは違ってたよね。アタシ……将来は比呂さんのお嫁さんになりたい!」
「おっ!?」
お、お嫁さん!?
表情を輝かせている唯花に、冗談や嘘といったものは感じられない。
男の先生や義理の父親に対して「好き」と言ったことは何度もあったけれど、明確に「お嫁さんになりたい」なんて聞いたのは初めてだ。
唯花の初恋……。それを素直に祝福できない自分がいることに驚いた。
「そ、それはどうかな?」
「え?」
ずっとはしゃいでいた唯花が、きょとんとした顔をあたしに向ける。
「ゆ、唯花は……矢沢先輩と年が離れているから」
「大丈夫。男は若い子が好きってテレビで言ってたから。それにアタシ可愛いし」
若い子? 幼いの間違いでは……。
「そ、それにほら、ああ見えて先輩モテるから……たぶん」
「カッコ良いから当然だよね。大丈夫。アタシの可愛さでメロメロにしてみせるから。他の女のことなんて忘れさせてあげるよ」
唯花は自信満々にウインクした。か、可愛い……っ。
じゃなくて! このままじゃあ唯花が矢沢先輩に何をしでかすかわからない。止められるのは姉であるあたしだけ……。
「そ、それにえっと……えっとー……」
「もしかして、お姉ちゃんって比呂さんのことが好きなの?」
「むぐっ!?」
突然の唯花の言葉に、舌を噛みそうになった。
「それならそう言ってよー」
「え、いや、そ、それは……」
ケラケラと笑う唯花に、あたしはしどろもどろになる。
しかし、唯花はすっと笑顔を引っ込めて、小さな拳を突き出してきた。
「だったら、お姉ちゃんはライバルだね」
「……」
唯花は一切退く気がなかった。年が離れている妹とは思えないほど、戦う女の目をしていた。
唯花ってもっとこう……あたしが守ってあげなきゃいけない子じゃなかったっけ?
唯花の瞳からは意志の強さを感じさせる。あたしが何を言おうとも、気持ちが変わらないだろうと予感させるほどに。
「……」
矢沢先輩……。純真無垢だったはずの妹をその気にさせて、罪な人……。
「で、お姉ちゃん」
「な、何?」
「距離を詰めたいと思ってるなら、『矢沢先輩』じゃいけないと思うなー」
「なっ!?」
意味ありげな微笑みを向ける唯花。
妹の言いたいことが伝わってきて、コントロールできない感情が顔を熱くさせる。
「今日はいっぱいお話ししようね。お姉ちゃん♪」
矢沢先輩のことを根掘り葉掘り聞かれるのだろうと、熱くなった頭でも察せられた。
「比呂、先輩……」
こっそりと、口の中だけで呟く。
からかってくる妹を眺めて安心する。唯花のこんな顔を見たのはいつぶりだろう?
あたしと唯花の姉妹関係は、良くも悪くもや……比呂先輩のおかげであっさり修復されていったのだった。
【後書き】
ここから2章です。ヒロイン視点が増えるのでよろしくお願いします(次回は松雪さん)
ステージに立つあたしに向けられた目、目、目、目、目目目目目目目目……。
ステージ以外は照明が落とされた体育館で、観客の好奇心に輝いた目だけはハッキリと認識できてしまっていた。
様々な感情があたしに向けられている。
そのほとんどが、あたしには恐ろしいもので……。喉だけじゃなく身体中が萎縮してしまうだけの重圧があった。
「……」
知らない男の人に何か言われている。それがよくないものだとは理解できるのに、何も反論できなかった。
唇が震えていて、今にも膝から崩れ落ちそうで……。立っているのがやっとなのに、追及がやむことはなかった。
「ち、違うんだYoー!」
心がどうにかなってしまいそうになったあたしに、先輩の震えた声が届いた。
誰も味方がいない。そんな時に声を上げてもらえて、それがどんなに嬉しかったことか……。きっと、口下手なあたしじゃあ、この嬉しさは言葉で表現しきれない。
◇ ◇ ◇
文化祭が終わって、あたしは久しぶりに家に帰った。
唯花とのわだかまりが消えて、距離を置く必要がなくなったのだ。近いうちに住んでいたアパートを引き払うことになって、嬉しくて泣いてしまいそうになるのを我慢するので精一杯だった。
お母さんがご馳走を作ってくれて、唯花とも久しぶりにいっぱい話をした。
「たぬきのお兄さんカッコ良かったね!」
興奮する唯花の話題は矢沢先輩のことばかりだった。
「うん。本当にカッコ良かった……」
あの時のことを思い出すだけで胸がドキドキする……。
矢沢先輩がいなかったら、あたしはまたトラウマを抱えていただろう。
それどころか学校にも行けなくなっていたかもしれない。振り返ってみてもそう思うほどに怖かったから。
そんな状況を矢沢先輩がひっくり返してくれた。
先輩の勇気がなかったら、唯花だってとても声を上げられなかったと思う。
あたしも人前でしゃべるのが苦手だからわかる。矢沢先輩がどれだけ勇気を振り絞ってくれたかということを。
「ねえねえお姉ちゃん。あのたぬきのお兄さんのお名前はなんていうの?」
「え? 矢沢先輩だけど」
「じゃなくて下の名前だよ。お姉ちゃんの恩人なんだから、アタシはフルネームを知りたいの」
唯花が鼻息荒く前のめりになる。
唯花ってこんなにも圧が強い子だったっけ?
まだ小さいから成長が早いのかも。そんなことを考えながら、あたしは口を開いた。
「矢沢比呂……先輩」
「比呂……。うん、比呂さんかぁ……。名前もカッコ良いんだね♪」
あれ……?
唯花が恋する乙女のような顔をしている?
「……」
いや、これは「ような」ではない。
唯花は恋に落ちてしまったのだ。よりにもよって矢沢先輩に!
「あ、あの……唯花?」
「何かなお姉ちゃん?」
「あのー……」
こ、こういう時どんな言葉をかければいいの!?
普段しゃべらないあたしが、ずっと関係を断絶していた妹をどうやって言い聞かせるの?
「せ、先輩のこと……気に入ったの?」
「うん! 男子なんてバカばっかりかと思ってたけど、比呂さんだけは違ってたよね。アタシ……将来は比呂さんのお嫁さんになりたい!」
「おっ!?」
お、お嫁さん!?
表情を輝かせている唯花に、冗談や嘘といったものは感じられない。
男の先生や義理の父親に対して「好き」と言ったことは何度もあったけれど、明確に「お嫁さんになりたい」なんて聞いたのは初めてだ。
唯花の初恋……。それを素直に祝福できない自分がいることに驚いた。
「そ、それはどうかな?」
「え?」
ずっとはしゃいでいた唯花が、きょとんとした顔をあたしに向ける。
「ゆ、唯花は……矢沢先輩と年が離れているから」
「大丈夫。男は若い子が好きってテレビで言ってたから。それにアタシ可愛いし」
若い子? 幼いの間違いでは……。
「そ、それにほら、ああ見えて先輩モテるから……たぶん」
「カッコ良いから当然だよね。大丈夫。アタシの可愛さでメロメロにしてみせるから。他の女のことなんて忘れさせてあげるよ」
唯花は自信満々にウインクした。か、可愛い……っ。
じゃなくて! このままじゃあ唯花が矢沢先輩に何をしでかすかわからない。止められるのは姉であるあたしだけ……。
「そ、それにえっと……えっとー……」
「もしかして、お姉ちゃんって比呂さんのことが好きなの?」
「むぐっ!?」
突然の唯花の言葉に、舌を噛みそうになった。
「それならそう言ってよー」
「え、いや、そ、それは……」
ケラケラと笑う唯花に、あたしはしどろもどろになる。
しかし、唯花はすっと笑顔を引っ込めて、小さな拳を突き出してきた。
「だったら、お姉ちゃんはライバルだね」
「……」
唯花は一切退く気がなかった。年が離れている妹とは思えないほど、戦う女の目をしていた。
唯花ってもっとこう……あたしが守ってあげなきゃいけない子じゃなかったっけ?
唯花の瞳からは意志の強さを感じさせる。あたしが何を言おうとも、気持ちが変わらないだろうと予感させるほどに。
「……」
矢沢先輩……。純真無垢だったはずの妹をその気にさせて、罪な人……。
「で、お姉ちゃん」
「な、何?」
「距離を詰めたいと思ってるなら、『矢沢先輩』じゃいけないと思うなー」
「なっ!?」
意味ありげな微笑みを向ける唯花。
妹の言いたいことが伝わってきて、コントロールできない感情が顔を熱くさせる。
「今日はいっぱいお話ししようね。お姉ちゃん♪」
矢沢先輩のことを根掘り葉掘り聞かれるのだろうと、熱くなった頭でも察せられた。
「比呂、先輩……」
こっそりと、口の中だけで呟く。
からかってくる妹を眺めて安心する。唯花のこんな顔を見たのはいつぶりだろう?
あたしと唯花の姉妹関係は、良くも悪くもや……比呂先輩のおかげであっさり修復されていったのだった。
【後書き】
ここから2章です。ヒロイン視点が増えるのでよろしくお願いします(次回は松雪さん)
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