ここに聖女はいない

こもろう

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 その夜、見張りの番になったアルヴィンは、聖女がテントを出て一人夜空を見上げているのに気づいた。
 雪豹が見つかった夜とは違い、今夜はよく晴れている。空気は恐ろしいほど冷たいが、満天の星空が美しい。ここが魔王のいる大陸だということを忘れてしまいそうだ。

「どうした? 聖女サマ」

「あ、何でもありません。ただ、もうすぐ旅が終わるのかと思うと眠れなくなってしまいました」

 目深に被った帽子をさらに深く被り、聖女は己の顔を隠す。どうやら感傷的になっているところを見られて、恥ずかしいらしい。

 アルヴィンはフンと鼻を鳴らす。

「旅が終わるのはいいことじゃねぇか。魔王を倒したってことだからな」

「え、ええ、もちろんそうですね。とても良いコトデス」

「なんで片言になってんだよ」

「そんなことナイデスヨー。あ、お茶でも淹れましょうか!」

「やめろ。俺がやる」

 またたき火を消されては堪らない。
 茶器にすら触らせない勢いで、アルヴィンは香草茶の準備をする。

 聖女はちらちらと、チェルシーが寝ている方を気にしている。

「私は本当にダメですね。またチェルシーさんを怒らせてしまいました」

「ああ、あれは完全にお前が悪い。まるで魔王を倒したらそれで俺たちとの関係は終わりだって言っているみたいだったからな」

「そうでしたか……」

「そりゃあ聖女サマは、俺たちとは立場が違うのかもしれないけどよ」

 アルヴィンは出立前のことを思い出していた。彼らは凄腕だと推薦されて王城に呼ばれたが、集められたのは彼らだけではなかった。他の冒険者や騎士たちと競い合い、勝ち抜いた者だけが魔王討伐パーティーのメンバーとなったのだ。
 しかし、聖女は違った。国王や国の上層部、そして神官長らが、既に決めていたのだ。この聖女様は必ず行かせると。神官はその付き添いという扱いだった。

 茶をカップに注ぎながら、アルヴィンは聖女を見た。探るような目つきになっていたかもしれない。
 どうしてこんな魔力量の少ない弱っちい聖女を、必ずメンバーに加えなければならなかったのか。
 それはずっとアルヴィンの頭にまとわりついていた疑問だった。

「お前、どうして聖女なんかになったんだ?」

 それは、メンバーには投げかけない質問だった。人には様々な事情がある。それを聴きだすのはマナー違反だ。
 それを破ってでも、知りたくなった。

 そもそも聖女とはどういう存在なのだ?
 治癒魔法をよく使う者は希少だが、いない訳ではない。回復術師という職業すらある。
 それなのに聖女に対しては、国も神殿も膝を折って敬う。国王は尊大なのに、聖女に対してだけは違う。
 魔力量も少ない、この女にそんな価値があるというのか。だとしたら、聖女とは何なのだ?
 聖女でなかったら、この女はただの平凡な娘ではないか。こんな危険な旅に同行なんてしないで、素朴で温かい家庭を作り繕い物でもしながら夫の帰りを待っていればいい――

(って、俺は何を考えてるんだ!?)

 アルヴィンは妄想を振り払うようにかぶりを振った。

「どうして……ですかぁ」

 困ったように聖女は小首を傾げる。

「聖女になった……なった訳ではないんです。もともと聖女として在るんです。そういうことになっている。クリスさんにもそう教えられたことがあります」

 まだ頑是ない幼い頃に。そんな理解しがたいことを言う聖女に、アルヴィンは苛立った。

「力の弱いお前が、この討伐メンバーに加わる必要はなかったんじゃねぇのか? お前はおとなしく神殿の奥で祈っていればよかったんじゃないのか? お前だって後悔してんだろ?」

「後悔はしてません。みなさんにはいつもご迷惑をおかけしてしまってますが……それでも私は、みなさんと旅ができて、とても嬉しい。幸せです」

 聖女にしては珍しく強い口調で言い切る。

「私は、ここに来て良かった。本当に良かったです」

 聖女の瞳に、何か強いものが宿っていた。
 強く純粋な何か。

「……ああ、そうか。ほら、茶を飲んだらテントに戻れ。今度ぶっ倒れたら許さねぇぞ」

「はい。アルヴィンさんは優しいですね」

 せっかく怖い表情を作って脅したのに、聖女はアルヴィンの顔を見てニコニコしている。これでは拍子抜けだ。

「はあ? お前って変な奴だな」

「変でしょうか? アルヴィンさんはいつも「寝ろ」とか「食べろ」とか、言ってくれます。私の体調を考えてくださっているからですよね? 有難うございます」

 なんのてらいもなく嬉しいと告げる聖女に、アルヴィンは自分の耳が熱くなるのを感じた。

「うるせえ! 寝ろ!」

「はい!」




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