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2:ダグラスは筋肉に乗っ取られている!
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騎士団長の息子ダグラスは、赤銅色の髪をツンツンと立てた体格のいい偉丈夫だ。目つきは少し悪いが、顔立ちは精悍でワイルド系のイケメンとも言える。
だから女子学園生にはキャーキャー騒がれ、男子学園生には恐れられた。
実際に剣術の腕はぴか一なので、最初は歯向かってきた者も力でねじ伏せた。ちょうどその頃、アレクシス王子の側近候補に名前があがるようになった。誰も自分には敵わないのだから、側近になるのも当たり前だろう。
フローラと話すようになったのも、己の実力を見せたからだった。
見るからに可憐な彼女に、強引に言い寄っていた愚かな下級貴族の男。躱しきれなくて心底困り果てていたフローラの涙を見たとき、ダグラスはためらわず男を排除した。
そのことに非常に感謝して、フローラは何度も手作りのクッキーを持ってきてくれた。自分だけ食べるのは気が引けると、柄にもないことを言って彼女と共に食べるようになるのに大した時間はかからなかった。
どんどんお互いに惹かれあっていった。邪魔する奴は全て力で粉砕していった。
そして手に入れた、共にある穏やかな日々。世界はこんなに鮮やかなのだと初めて知った。
しかしフローラは聖女だと認定され、アレクシス王子と婚約することになった。
手に届きそうで届かない。でも、彼女を護れるのは自分だけだ。自分が彼女の騎士となろう。これからも邪魔者は全て薙ぎ払ってやろう。
そう心に決めたダグラスは――
「畜生っ! ふざけやがって……っ!」
悪辣な女ユーフェミアによって、妙な空間に転移させられ、走っていた。
おそらくここは、廊下。だが窓も教室の扉も全て石積みで封じられている。だからただひたすら長い空間になっている。
床は、何故か泥水の中にスライムが泳ぐプールになっている。その中に、自分の脚くらいの太さの石柱が飛び石のように立っている。ところどころでは石柱の代わりに斜めの壁があったり、足場が途切れた場所の上には雲梯があったり。落ちたらスライムに服を溶かされたうえに泥まみれ確実という、悪意満載なアスレチックだ。
そんな場所をわざわざ自分から行くつもりはなかったのだが、背後から巨大な岩が転がってきて、それから逃げるために走ることとなってしまったのだ。
「なめんじゃねぇぞ、クソがぁぁ!」
ダグラスの身体能力は高い。岩が背後から迫っている危機的状況でも、安定した体さばきで石柱の間を跳び、壁を走り、雲梯を進む。いやらしいことに、壁にパカッと穴が開いたかと思えば、砲弾のように石が飛んでくる。それを躱さないと、服を溶かされるどころか体に穴が開きそうだ。
「うおおおおっ!」
もうプールに下りてスライムを蹴散らしながら走ってしまえばいいのに、意地になったのかダグラスは次々と難所をクリアしていく。体が慣れたのか、横から飛んでくる石を蹴り返したりする余裕も出てきた。
泥水には汚れていないが、汗まみれ。心なしか筋肉が膨れ上がって、制服がちょっとはちきれそうだ。
「こんな小細工なんざ屁でもねぇぜっ!」
とうとう全てをクリアして、ダグラスは目の前の扉をブチ破る。
扉の先にあったのは――
そこは、ただの教室だった。
階段式の大教室。机も椅子も、全ていつものままだ。
「けっ、もう終わりか。他愛ねぇ――」
「いいえ、もう一ラウンドありますわ」
反対側の扉から現れたのは、栗色の髪をおさげにした大人しそうな少女。
黒板の前に立ったのは、リンジー伯爵令嬢。ダグラスの婚約者だった。
「リンジー、お前……」
「気安く呼ばないでくださいませ」
リンジーの青灰色の瞳に、怒りの光が宿る。
ライバルを潰している頃、ダグラスはリンジーを殴り飛ばしたことがあるのだ。それ以来、初めて顔を合わせたことになる。
さすがに騎士団長と伯爵家の間でかなり揉めた。しかし家同士のしがらみのせいか、婚約はズルズルと続いている。
「さあ、剣をどうぞ」
リンジーが練習用の模造剣を投げた。それは風の魔術でダグラスのもとまで運ばれる。
少女の手にも、もう一振りの模造剣が握られている。
「お前……」
「わたくしを倒したら、ここから出して差し上げます」
伯爵令嬢には似合わない長剣を正眼に構えるリンジーに、ダグラスは視線を鋭くさせる。
いつも目を伏せ、控えめでつまらない女だと思っていた。そんな女が、自分に剣を向けるとは。
「お前は、自分が何を言っているのかわかってんのか? ああ?」
「あら、怖気づきましたの? まさか聖女の守護騎士を妄想する男が、このような非力な女一人に勝てないのですか? わたくしが素手だった時はためらわず殴ってきたじゃないですか。とんだハリボテ騎士ですこと」
「テメエっ、その言葉ぁ、後悔すんなよ!?」
「ええ、しませんわ」
ダグラスは駆けた。
相手は黒板の前で、自分は教室の後ろ。こっちの立ち位置の方が明らかに高い。
階段を駆け下りる勢いも合わせて、疾風のごとくリンジーに襲い掛かる。
「安心しろっ、半殺しにとどめて――」
突然、教室が半分に折りたたまれた。
いや、正確にはダグラスの駆ける両脇の机が、己を潰すように立ち上がり、倒れこんできたのだ。
ダグラスは避けようとするが、失敗。
「ぶべえっ!?」
机と机にプチっと押しつぶされて、変な悲鳴だけ出た。
何とかその机の下から這い出しても、また次の机が倒れてくる。まるで巨大なドミノ倒しだ。
「ぐえっ、がふっ……つ、机は床に固定されてんじゃねぇのか……?」
立て続けに潰されながらも、何とか階段の一番したまでたどり着いたダグラス。その手に握られていた剣が、リンジーの一振りで弾き飛ばされる。
そして自分は、少女がためらいもなく繰り出した上段蹴りで吹き飛んだ。
倒れ伏したダグラスの首に、ピタリと剣先がつきつけられる。
「はい、貴方の負けです。何の訓練も受けていない女に負けた気分はいかがですか? まあ、この舞台には色々と仕込ませてもらいましたが」
「……っ、テメエ、卑怯だぞっ」
「あら、これはお行儀のいい騎士の試合じゃございませんのよ? それとも騎士団長の息子さんは、ガチガチにルールで縛られた試合でないと勝てないのでしょうか?」
まさかねぇ、とリンジーは笑う。
ダグラスは真っ赤になって言葉を詰まらせる。リンジーの言う通り、カッとなって周囲を警戒もしないで突っ込んでいったのが下策だったのだ。
倒れたまま、床の冷たさをダグラスは感じていた。
鼻の下がカピカピする。どうやら鼻血を噴いていたらしい。
鼻血を垂らしたダグラスの顔を、リンジーは静かに見下ろして――
「これからはダメ犬の調教の日々の始まりですわね」
やれやれとわざとらしく肩をすくめる婚約者に、ダグラスは言葉を失った。
だから女子学園生にはキャーキャー騒がれ、男子学園生には恐れられた。
実際に剣術の腕はぴか一なので、最初は歯向かってきた者も力でねじ伏せた。ちょうどその頃、アレクシス王子の側近候補に名前があがるようになった。誰も自分には敵わないのだから、側近になるのも当たり前だろう。
フローラと話すようになったのも、己の実力を見せたからだった。
見るからに可憐な彼女に、強引に言い寄っていた愚かな下級貴族の男。躱しきれなくて心底困り果てていたフローラの涙を見たとき、ダグラスはためらわず男を排除した。
そのことに非常に感謝して、フローラは何度も手作りのクッキーを持ってきてくれた。自分だけ食べるのは気が引けると、柄にもないことを言って彼女と共に食べるようになるのに大した時間はかからなかった。
どんどんお互いに惹かれあっていった。邪魔する奴は全て力で粉砕していった。
そして手に入れた、共にある穏やかな日々。世界はこんなに鮮やかなのだと初めて知った。
しかしフローラは聖女だと認定され、アレクシス王子と婚約することになった。
手に届きそうで届かない。でも、彼女を護れるのは自分だけだ。自分が彼女の騎士となろう。これからも邪魔者は全て薙ぎ払ってやろう。
そう心に決めたダグラスは――
「畜生っ! ふざけやがって……っ!」
悪辣な女ユーフェミアによって、妙な空間に転移させられ、走っていた。
おそらくここは、廊下。だが窓も教室の扉も全て石積みで封じられている。だからただひたすら長い空間になっている。
床は、何故か泥水の中にスライムが泳ぐプールになっている。その中に、自分の脚くらいの太さの石柱が飛び石のように立っている。ところどころでは石柱の代わりに斜めの壁があったり、足場が途切れた場所の上には雲梯があったり。落ちたらスライムに服を溶かされたうえに泥まみれ確実という、悪意満載なアスレチックだ。
そんな場所をわざわざ自分から行くつもりはなかったのだが、背後から巨大な岩が転がってきて、それから逃げるために走ることとなってしまったのだ。
「なめんじゃねぇぞ、クソがぁぁ!」
ダグラスの身体能力は高い。岩が背後から迫っている危機的状況でも、安定した体さばきで石柱の間を跳び、壁を走り、雲梯を進む。いやらしいことに、壁にパカッと穴が開いたかと思えば、砲弾のように石が飛んでくる。それを躱さないと、服を溶かされるどころか体に穴が開きそうだ。
「うおおおおっ!」
もうプールに下りてスライムを蹴散らしながら走ってしまえばいいのに、意地になったのかダグラスは次々と難所をクリアしていく。体が慣れたのか、横から飛んでくる石を蹴り返したりする余裕も出てきた。
泥水には汚れていないが、汗まみれ。心なしか筋肉が膨れ上がって、制服がちょっとはちきれそうだ。
「こんな小細工なんざ屁でもねぇぜっ!」
とうとう全てをクリアして、ダグラスは目の前の扉をブチ破る。
扉の先にあったのは――
そこは、ただの教室だった。
階段式の大教室。机も椅子も、全ていつものままだ。
「けっ、もう終わりか。他愛ねぇ――」
「いいえ、もう一ラウンドありますわ」
反対側の扉から現れたのは、栗色の髪をおさげにした大人しそうな少女。
黒板の前に立ったのは、リンジー伯爵令嬢。ダグラスの婚約者だった。
「リンジー、お前……」
「気安く呼ばないでくださいませ」
リンジーの青灰色の瞳に、怒りの光が宿る。
ライバルを潰している頃、ダグラスはリンジーを殴り飛ばしたことがあるのだ。それ以来、初めて顔を合わせたことになる。
さすがに騎士団長と伯爵家の間でかなり揉めた。しかし家同士のしがらみのせいか、婚約はズルズルと続いている。
「さあ、剣をどうぞ」
リンジーが練習用の模造剣を投げた。それは風の魔術でダグラスのもとまで運ばれる。
少女の手にも、もう一振りの模造剣が握られている。
「お前……」
「わたくしを倒したら、ここから出して差し上げます」
伯爵令嬢には似合わない長剣を正眼に構えるリンジーに、ダグラスは視線を鋭くさせる。
いつも目を伏せ、控えめでつまらない女だと思っていた。そんな女が、自分に剣を向けるとは。
「お前は、自分が何を言っているのかわかってんのか? ああ?」
「あら、怖気づきましたの? まさか聖女の守護騎士を妄想する男が、このような非力な女一人に勝てないのですか? わたくしが素手だった時はためらわず殴ってきたじゃないですか。とんだハリボテ騎士ですこと」
「テメエっ、その言葉ぁ、後悔すんなよ!?」
「ええ、しませんわ」
ダグラスは駆けた。
相手は黒板の前で、自分は教室の後ろ。こっちの立ち位置の方が明らかに高い。
階段を駆け下りる勢いも合わせて、疾風のごとくリンジーに襲い掛かる。
「安心しろっ、半殺しにとどめて――」
突然、教室が半分に折りたたまれた。
いや、正確にはダグラスの駆ける両脇の机が、己を潰すように立ち上がり、倒れこんできたのだ。
ダグラスは避けようとするが、失敗。
「ぶべえっ!?」
机と机にプチっと押しつぶされて、変な悲鳴だけ出た。
何とかその机の下から這い出しても、また次の机が倒れてくる。まるで巨大なドミノ倒しだ。
「ぐえっ、がふっ……つ、机は床に固定されてんじゃねぇのか……?」
立て続けに潰されながらも、何とか階段の一番したまでたどり着いたダグラス。その手に握られていた剣が、リンジーの一振りで弾き飛ばされる。
そして自分は、少女がためらいもなく繰り出した上段蹴りで吹き飛んだ。
倒れ伏したダグラスの首に、ピタリと剣先がつきつけられる。
「はい、貴方の負けです。何の訓練も受けていない女に負けた気分はいかがですか? まあ、この舞台には色々と仕込ませてもらいましたが」
「……っ、テメエ、卑怯だぞっ」
「あら、これはお行儀のいい騎士の試合じゃございませんのよ? それとも騎士団長の息子さんは、ガチガチにルールで縛られた試合でないと勝てないのでしょうか?」
まさかねぇ、とリンジーは笑う。
ダグラスは真っ赤になって言葉を詰まらせる。リンジーの言う通り、カッとなって周囲を警戒もしないで突っ込んでいったのが下策だったのだ。
倒れたまま、床の冷たさをダグラスは感じていた。
鼻の下がカピカピする。どうやら鼻血を噴いていたらしい。
鼻血を垂らしたダグラスの顔を、リンジーは静かに見下ろして――
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